第31話 異世界人と社交パーティ

 そして時は過ぎ、パーティの当日。

 陽の沈む頃、着飾ったシロウ達は会場となるマノンの邸宅を訪れていた。


「御三方、ようこそお越しくださいました」

「えっと、本日はお招きいただきまして有り難うございます」


 カチコチに緊張したシロウの硬い挨拶の言葉が面白かったのか。

 玄関まで彼らを出迎えたマノンはくすくすと上品に口に手を当てて笑った。


「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。どうぞ普段のような自然体で過ごしてください」

「い、いや……。そう言われてもなあ……」


 シロウはここに来るまでの事を思い出す。


 見上げるほど立派な正門をくぐった先に待ち受けていたのは巨大な庭園。職人の手でよく仕立てられた美しい庭の向こう側に巨大な屋敷がそびえ立つ。

 辺りではパーティ参加者の上流階級と思われる煌びやかな装いの人々が、次々と到着してはメイド達に案内されている。

 シロウ達もメイドの先導に従って庭園の中を歩き邸宅に辿り着いた。


 近寄ってみると、お屋敷もまた途轍もなく立派だ。


「スツーカ、マノンさんって何者?」

「え、えと……。私もよく知らないんですけど、噂ではお貴族様の家系だそうです」

「へぇ。お貴族様ね……」


 先ほどから周囲で興味深そうにシロウをちらちらと盗み見ている招待客らしき人々。

 彼女達も明らかに一般人とは言い難い裕福そうな衣装に身を包んでいる。

 どう考えても明らかに、これからシロウの思い描いていたホームパーティをやろうという格好ではない。


(パ、パーティってそういう……!?)


 よく考えると、ホームパーティというのはシロウが勝手に想像したことに過ぎない。

 もしかすると本日招かれたのは、政治家とか資産家とか大富豪とか、とにかくセレブリティな人々が集まる種類のパーティだったのではなかろうか。気軽な気持ちで来ていい場所では無かったかもしれないと気付き、シロウの顔が蒼褪める。


「ふ、二人ともどうしよう。俺達ひょっとしなくても場違いなんじゃ」

「そ、そうですよね。うちに帰りましょうか」

「んもう。ここまで来てお二人とも何を仰いますの?」


 あわあわと慌てふためく小市民の二人に、腰に手を当てたフィーナがジト目を向ける。

 二人とは違い、その堂々とした振る舞いに慌てた様子は伺えない。


「そっか、フィーナも良い所のお嬢さんなんだもんな」

「ええ、わたくしは慣れております。それにお二人とも心配は不要ですわ。今日は招かれて来たのですもの。多少の無作法があっても咎められはしませんわ」

「そ、そうだよな」


 少女の言葉にシロウは気を取り直す。


「……それに、今後の為にこのような場には慣れていただきませんとわたくしも困りますもの」

「ん、どういう意味?」

「今は結構ですわ。それより参りましょうか」

「ああ、そうだな。行こうか」


 諭されてどうにか落ち着いたシロウはメイドの案内に従って玄関をくぐり、その先に待ち構えていたマノンによる出迎えを受けたのである。



「まさか、マノンさんがこんなに大きな家に住んでるとは思わなくて。もっと小規模な集まりだと思ってたよ」

「それは申し訳ありません。私の説明不足でしたね。普段はあまり一般の方を招待する事が無いもので、配慮が欠けていました。……でも、それにしては服装はしっかりとしていますね?」


 マノンは失礼にならない程度にシロウ達の服装を眺めると、不思議そうに首を傾げた。シロウは着慣れないタキシードの裾をひらひらと揺らすと、背後に顔を向ける。


「ああ、それは彼女に頼んだんだ」

「彼女?」


 マノンがシロウが示す先に目を向けると、そこに居たのはぺこりと頭を下げた美しい少女。水色を基調にした上品で愛らしいドレスに身を包んでいる。


「お初にお目にかかります。わたくし、フィーナと申しますわ。本日はお友達のお二人についてまいりましたの」

「服を選ぶ時に助けてもらったんだ。急な話で迷惑かもしれないけど、良ければ彼女も参加させてもらえないかな」

「フィーナさんというと……、ああ。この間の転校生の方ですね。ええ、勿論構いません」

「やった! ありがとうマノンさん!」


 寛大な言葉にわぁいと喜ぶシロウたち。


「それでは、宅内は私がご案内します。どうぞ」

「お邪魔しまーす」


 シロウ達はマノンの背についていく。

 外から見ても大きな屋敷だったが、中を見回せばそこら中に高級そうな調度品が置いてある。

 シロウのような富とは無縁の一学生からすると、以前訪れた『天上の園』とは別の意味で雲の上の世界のようで。歩くだけでも緊張で息が詰まりそうだ。


(すごい豪邸だなあ)


 この日の為に服を買いに行ったのは正解だった。もしも普段通りの服装だったら畏縮してしまい、今頃パーティどころでは無かったかもしれない。

 慣れない礼服が、まるで身を護る鎧のように感じる。


「さあ、こちらです」

「おお~……!」


 そしてシロウ達が案内された先に広がっていたのは。

 立派な屋敷の中でも、一際大きなフロアに用意されたパーティ会場だった。

 ざわざわと先客達の交流する声が騒がしい。恰幅の良い淑女に豪華なドレスを着た壮年の女性など立派な身なりの人間が軽く数えても数十人は居るだろうか。


 シロウが会場に足を踏み入れると、それまで各々グラスを片手にお喋りに興じていた招待客たちが一斉に注目した。

 彼女達の視線は主催者の娘であるマノンではなく、明らかにシロウの顔へと向けられている。


 ざわり、と波紋が広がる。

 彼女達もまさかこの場に男性が現れるとは想像もしていなかったに違いない。


 遠慮がちに、しかしあちこちから向けられる視線にシロウが居心地悪く感じていると、中央奥に用意されたステージ上に派手なドレスに身を包んだ美しく優雅な女性が立った。

 彼女はマイクを手に持つと、会場に集まった人々に向けて話し始める。


「皆様、本日は我が招待に応じていただき誠に有難うございます。日々お忙しい皆様の社交の場として僭越ながら我が家を提供したく思い、こうして夜会を開いた次第であります。どうか皆様におかれましては存分にお楽しみいただきますよう」


 ぱちぱちと会場に拍手の音が響く。

 壇上の女性は深々と礼をすると、マイクを置いてステージを降りる。

 そして、そのまま一直線にシロウの元に歩み寄って来た。


「もし。失礼ながら、貴方は娘と同じ学園に通われるクサカ・シロウ殿でいらっしゃいますな?」

「え? あ。は、はい」


 突然の言葉にシロウが面食らっていると、女性は喜色満面とばかりに表情を輝かせた。


「おお、おお! 噂に聞く通りの美男子であられますな! 本日はわざわざ足を運んでいただき誠に光栄の至りに存じます! 嗚呼、我が家に男性をお招きできる日が来ようとは。今日はなんと素晴らしき日であろうか! 天よ、感謝いたします!」


 感極まったように女性は大きく両腕を掲げて天を仰ぐ。


「ちょっと、お母様! いきなり詰め寄ってはシロウ様に失礼でしょう!?」

「あ、ああ、ごめんよマノン。ママはちょっと感動しちゃってね。シロウ殿、どうかお許し下さい」

「い、いえ。俺は全然気にしませんので」

「おお、なんとお優しい……。やはり娘に聞いた通りのお方だ」


 勢いに圧されたシロウがどうにか言葉を告げると、マノンの母は感動に身を震わせながらしみじみと頷いた。


「聞いた通り、ですか?」

「ええ、ええ。それはもう。娘が言うには『かの御方は万人に優しく、物腰は穏やか。ご尊顔は凛々しく覇気に満ち、日々活き活きと過ごす様はまるで物語に描かれる空想上の理想の男性そのもの』だと……」

「お。お、お母様! 今すぐにその口を閉じてください! 永久に!」

「わ、わ。ママの首を絞めるのはよしておくれマノン。彼の前ではしたな……ぐぇ」


 強引に母親の口を塞いだマノンは、ぜえぜえと肩で息をしながらかろうじて表情を取り繕うと、シロウの方を振り返った。


「お、おほほ。どうか母の妄言は忘れてください。そ、それでは私達はちょっと他の招待客に挨拶をしてきますね」

「あ、はい」


 ずるずると母親の身体を引きずって足早に離れていくマノンを見送る。

 あれでは挨拶どころではない気もするが、深く考えても仕方がない。

 シロウは世話役のメイドからジュースの入ったグラスを受け取ると、誤魔化すように口を付けた。


「なんていうか、勢いがすごい人だったな」

「そ、そうですね……」

「でも、開幕の挨拶を終えてからすぐ俺達のところに来るなんてさ、よっぽど娘の友達の顔が見たかったのかな」

「え、えっと。そうではないような……」

「ええ、このような集まりに恐れ多くも男性の方がいらしたのですもの。主催者としては、真っ先に挨拶に来るのは当然のことですわ」

「そんなもん?」

「そんなものですわ」


 当然とばかりにフィーナが断言する。

 なるほど、と分かったような分からないような顔でシロウは頷いた。

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