第30話 子ねずみ達とお買い物デート
休憩を済ませたシロウたちは目的の服飾店を探してデパート内を歩いていた。
「スツーカさん、もう人混みは大丈夫ですの?」
「は、はい。少しだけ慣れてきたので」
「それは良かったですわ。せっかくのお友達とのお出かけ、楽しめなくては勿体ないですもの!」
「わ、私もそう思います」
にこり。
心配そうに気遣いの声をかけるフィーナを安心させようと、慣れない笑顔を浮かべてスツーカが頷く。普段なら、誰かに話しかけられると気遅れしてすぐにシロウの陰に隠れてしまうのだが。
どうやら先ほどの喫茶店で騒いでいる内に、二人はずいぶんと意気投合したようだ。
返事に安心した様子のフィーナは、隣を歩くシロウとスツーカの顔を交互に眺めて不思議そうに呟いた。
「それにしても、お二人ともどうしましたの? 先ほどからお顔が真っ赤ですわよ」
「いや、そりゃそうだよ。さっきはまさか、あんなに注目を集めてたなんて……」
「あ、あう……」
思い出しただけでもシロウは顔が熱くなるのを感じた。
自分でも、流されて人前で恥ずかしい行動を取っていた自覚がある。
スツーカと戯れている内に何やら浮ついた心地になっていたせいか、人目を気にせず衆目の眼前でイチャイチャと遊ぶ三人を興味深そうに見守る周囲の人だかりに気付くのが遅れたのだ。
正気に返った後、シロウとスツーカは慌てて支払いを済ませると視線から逃げるように喫茶店を飛び出してきた。
「あんな物珍しいものに向けるような目で見られるとはなあ」
「それはそうですわよ。学園の皆様と違って、ここにいる方々は殿方を目にした事なんて殆ど無いはずですもの。ましてその殿方があろうことか、女性と親密そうに振る舞っているのですから。そんなの、今時は創作物の中でも滅多に見ませんわ」
「し、親密……」
言葉を拾って顔をますます紅潮させるスツーカを尻目に、シロウは溜息を吐いた。
「俺、街中でバカップルを見かけたらイラっとするもんだと思ってたんだけど。皆、目を輝かせて俺たちの事を見てるんだもんなあ。さすがに驚いたよ」
「バカップル? ですの?」
「ん、ああ。特に仲が良い男女、って事かな? 別に異性同士に限らないかもしれないけど」
顎をさすりながらシロウは答える。
そういえば、この世界には男女の交流なんて殆ど存在しないのだ。もしかするとカップルという言葉は存在しないのかもしれない。
「な、仲の良い男女……」
「スツーカさん。先ほどから一人で顔を隠して、どうかなさいましたの?」
「な、なんでもありません」
会話しながら三人が歩く。
デパートには多くの女性がいるので当然のようにシロウに注目が集まるが、少年に動じた様子は無い。
彼はここしばらくの異世界暮らしで、すれ違いざまに見つめられる程度ならさして気にならないように成長していた。
先ほど視線から逃げ出したのは、あくまで油断して恥ずかしい真似をしていた事に気付き動揺したからに過ぎない。
「あ、メイド長に聞いたのはここですわね」
フィーナが指を向けたのは、上流階級の御用達と言わんばかりの高級そうな服飾店。
その店構えはとてもではないが、学生が利用するような店には見えない。
「ちょ、ちょっとフィーナさん? 俺たち、そんなに予算は……」
「まあまあ、お気になさらずに! さ、入りますわよ!」
思わず尻込みするシロウ達の背中をぐいぐいと押して、三人は店内に入った。
整理整頓が行き届いた店内はシンプルな内装でありながら、温かみのある間接照明が高級そうな空間を演出している。
「いらっしゃいませ」
場違いそうな雰囲気に気圧されて、シロウが落ち着かなさげに周囲を見回していると、奥からスタッフが出迎える。
流石は高級店の店員というべきか。彼女は一瞬だけシロウを見て目を見開いたものの、すぐに表情を戻してにこりと微笑んだ。
「本日はどのような服をお求めでしょうか」
「こちらのお二人にパーティ用の衣装を見繕っていただけます?」
「畏まりました。では御二方はこちらにどうぞ」
「は、はい」
慣れない高級店でカチコチに緊張するシロウは、言われるがまま店員について行く。
その背に隠れながらスツーカが続いた。
「続きましてはこちら、天上人の方々をイメージして職人が丹精込めて仕上げた特別なタキシードとなっております。本来は女性が着る事を想定したものですが、少し手直しのお時間をいただければ十分お客様に合わせた調整が可能です。如何でしょうか?」
「まあ、これも素敵! シロウ様の魅力がますます惹き立てられますわ!」
「…………」
遠い目で明後日の方向を見つめるシロウを放って、先ほどから店員とフィーナがきゃいきゃいと盛り上がっていた。
次々にあれやこれやと店員が持ってくる服をあてがわれて、気分はすっかり着せ替え人形だ。
早々に自分用の服が決まったスツーカは椅子に座って興味深そうにシロウを眺めている。羨ましい。出来る事ならシロウも自分の服などさっさと選んで他人のファッションショーをのんきに見物していたかった。今からでも交代してほしい。
(そもそも、ホームパーティにこんな正装が必要なのかな……?)
内心でふつふつと沸いてくる疑問。しかし、残念ながらシロウはパーティという催しに参加した経験が無かった。まして此処は異世界である。どのような格好で参加するべきなのかさっぱり分からない。
結果として挟むべき言葉も見当たらないままに、ひたすら店員とフィーナに弄ばれるシロウであった。
「本日はご多忙の中のご来店、誠にありがとうございます」
「こちらこそ、良いお買い物をさせていただきましたわ!」
「またのご利用をお待ちしております!」
妙につやつやとした顔付きで頭を下げる店員の挨拶を受けて、シロウたちは店を出た。
イキイキと歩くフィーナとは対象的に、シロウは魂が抜けたように口を半開きにしている。
「シ、シロウさん。大丈夫?」
「ああ、大丈夫……。ちょっと、ファッションドールの気持ちが理解できただけだから……」
「お、お疲れ様です」
店を出てしばらくはふらふらと足取りの覚束ないシロウだったが、やがて気を取り直すと少し前を歩くフィーナに声をかけた。
「にしても、本当に良かったの? 俺達の服なのに代わりに払ってもらっちゃって。 高かったろ?」
「いいえ、この程度どうという事はありませんわ。シロウ様と休日のお買い物デートに出かける経費と考えたら、むしろ破格すぎるほどですわね」
当たり前のように言ってのけるフィーナに、シロウは困った様子で首を捻る。
「いや、でもやっぱり悪いよ。今度ちゃんと代金は返すから」
「どうか遠慮しないで下さいまし。それに、男性からお金をいただく方が心が痛むというものですわ。スツーカさんの分も含めて、どうか受け取って下さいませ」
「んー、そんなもんなのかなあ……」
確かに、この世界に来てからシロウには何度も覚えがあった。
お店で商品を買う時、何故かどこの店員もシロウが代金を支払おうとすると受け取りを妙に渋るのだ。
結局は強引に押し付けるようにして店を出る事が多いのだが、もしかするとその行為は逆に迷惑だったのだろうか。
(とはいっても、物を貰っといてお金を払わないってのもなあ)
なんて事のない凡人の自分がこうも特別扱いされるのは良心が咎める。
今更のようだが異世界ならではの意外な生きづらさを感じて、シロウは内心で溜息を漏らした。
シロウが物思いに気を取られていると、代わりにおずおずとスツーカが口を開いた。
「わ、私の分までごめんなさい」
「いいえ。スツーカさんもシロウ様と同じく、もうわたくしのお友達ですもの! これはお近づきのプレゼントというものですわ!」
「……! あ、ありがとう、ございます」
「これからはちみっこい同士、仲良くいたしましょう!」
もじもじとするスツーカに抱き着いてフィーナは親愛の情を示す。
小柄な少女たちが仲良さげにくっついている姿は端から見ていても癒される光景だ。
(ま、結果的に二人が仲良くなって良かったって事でいいか)
スツーカに仲の良い友達と呼べる相手が居ない事を勝手ながら密かに心配していたシロウだったが、どうやら無事に気の合う友人が出来たようで。
シロウはもやもやとした気持ちを投げ捨てると、二人を眺めて満足げに頷くのだった。
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