第29話 子ねずみ達は人目を集める
「パーティー?」
「は、はい。マノンさんに誘われていて……。出来たら、シロウさんもご一緒にと」
夕食を済ませてリビングでだらけていたシロウの元に、珍しくスツーカが相談事を持ちかけてきた。
(ホームパーティみたいなもんかな? 元の世界でも海外の人はそういうのやるって聞いたな。俺はやったことないけど)
「そりゃ光栄だけど、俺パーティに着ていく服とか持ってないよ?」
冒険者となって多少は収入を得たシロウであるが、元々着る物に頓着しない性格だった事もあり、今のところ必要最小限の私服しか用意していなかった。
ドレスコードを求められるような場に出られる気はしない。
「わ、私も……。そんな機会なんて無かった、ので」
「あら。じゃあ二人で新しい服を買ってきたらいいんじゃないかしら?」
夕食の後片付けを済ませて通りすがったエリスがにこにこと口を挟む。
その表情は何やら楽し気だ。
「お、お母さん」
「まあ、それもそっすよね。この辺でオススメの店とかあります?」
「そういう事なら、普段の道を少し歩いた先に大きなデパートがあるのよ。今度のお休みに二人で行ってらっしゃいな」
「了解です。スツーカもそれでいいかな?」
「は、はい」
そうして、二人は休日に買い物に行く事になったのだが。
次なる疑問が二人には残っていた。
「で、服を買いに行くのは良いとして。パーティって一体どんな服着て行けばいいんだろ?」
「さ、さあ……?」
二人して考え込んでしまう。
果たしてパーティとは何を着て行けばいいのだろうか。
昔テレビで見たようなホームパーティなら気軽な恰好で良いだろうとは思うものの、全くの未体験なので流石に尻込みする。
自分だけならともかく、スツーカに恥をかかせるわけにはいかないだろう。
「明日マノンさんに直接聞いてみようか」
「そうですね」
「え。マノンさん今日は学園に来てないんですか?」
「そうなの。ちょっと体調を崩しちゃったみたいでね。大した事はないみたいだけど、家の行事が近いから大事を取ってお休みするそうよ」
「そうなんですか……。分かりました。ありがとうございます」
「良いのよ。これからも何でも聞いてね」
ひらひらと手を振って去って行く教師を見送って、シロウは天を仰いだ。
まさかこんな時に限って体調不良で不在とは。
(まさか、俺が精神的に負担をかけたせいじゃない、よな?)
シロウは昨日聞かされた話を思い出す。勘違いで距離を取っていた事を深く反省した彼は、用事もかねて謝罪しようと思っていたのだが。
「ど、どうしますか?」
「一旦教室に戻るよ。それじゃ、また後でね」
「はい」
止むを得ずシロウは自分の教室に戻る。
教室に入って辺りを見回すと、ナツキとコペが離れた場所で友達と談笑していた。
シロウは机に座って頬杖を突き、どうしたものかと思い悩んだ。
「シロウ様。どうかいたしましたの? 何か悩み事ですか?」
「ああ、フィーナ。いや、大した事じゃないんだけどさ。今度パーティに招かれたんだけど、着ていく服をどうしようかなってね」
シロウの姿を見つけてフィーナが真っ直ぐに駆けよってきたので、物は試しと相談してみる事にする。
「まあ、パーティですの!? わたくしも是非シロウ様とご一緒したいですわ!」
「え? ああ、まあ良いんじゃないかな」
「きゃあ! やりましたわ~~~!!」
喜びを表現しようとぴょんぴょん飛び跳ねるフィーナ。
その喜びようを見ると、思わずシロウまで嬉しくなってしまう。
(ホームパーティってそんなに堅苦しい雰囲気じゃないだろうし、友達が友達呼んでも大丈夫だろ多分)
「でも服がなあ。どうすっかなあ」
「そういう事でしたら、わたくしにお任せくださいませ!」
「え?」
フィーナが得意げにどんと胸を叩く。
「わたくし、これでも由緒正しいお家の生まれですのよ。パーティなんて小さい頃から慣れっこですわ! どうか服選びはこのわたくしにお任せくださいまし!」
「おお、マジか。実は今度の休日、パーティに着ていく服を買いに行こうって話してたんだよ。良かったらフィーナも一緒に来てくれないかな?」
「まあ! よろしいんですの!?」
キラキラとした表情で前のめりに迫ってくるフィーナを押し戻しながら、シロウは話を進めた。
「ああ、頼んだ」
「わたくしにお任せ! ですわぁ~~~!!」
シロウから頼られたのがよほど嬉しいのだろう。
先ほどよりも大袈裟にはしゃぐフィーナの姿に人知れず癒されるシロウだった。
そして、休日。
高級そうな送迎車が大きなデパートの前に停車した。
中から三人の少年少女が出てくると、運転手が車を降りて見送りの姿勢を取る。
「行ってらっしゃいませ。皆様」
「送ってもらっちゃって、ありがとうございます」
「あ、ありがとうございます」
「それでは行ってまいりますわ!」
ぺこりと頭を下げる運転手を尻目に、一行はデパートの中に入った。
中には大勢の人でごった返している。休日という事もあり、学園生らしき若い少女の姿もちらほらと窺えた。
「うわ、人多いなぁ。スツーカ、大丈夫?」
「だ、大丈夫、です。で、でも、少しだけこうしてていいですか……?」
シロウが気遣うと、スツーカは若干青白くなった顔色を伏せて、遠慮がちにシロウの服の裾を摘まんだ。
「まあ! 気分が悪いなら無理しちゃダメですわ! 服を見る前に、どこか休める場所を探しましょう!」
「そうだね。どこか喫茶店とかあるといいんだけど」
「わ、私なら大丈夫です」
「無理するなって。あ、あそこに案内板があるぞ」
そうして案内板で見つけた喫茶店に入った三人は、スツーカが落ち着くまでの間しばし腰を落ち着ける事にする。
「ご、ごめんなさい。迷惑かけて……」
「いいのいいの。気にするなって」
「そうですわ! わたくしなんて、普段から皆様に迷惑かけてばっかりですわよ!」
「自覚があるなら暴走するのは控えようね」
「それもこれも、シロウ様が魅力的過ぎるのがいけないのですわ」
「俺のせいなの!?」
やいのやいのと騒ぐ二人を眺めて、顔色の少し落ち着いてきたスツーカが呟いた。
「ふ、二人とも、仲良しなんですね」
「え、そうかな」
「わたくしとシロウ様は毎日共に汗を流す仲。言うならば一心同体といっても過言ではありませんわ!!」
「過言じゃない?」
胸を張って適当な事を言うフィーナにシロウが冷静な突っ込みを入れる。
息が合った二人のやり取りを前に、スツーカは何か言おうとした言葉を飲み込んだ。
しかし、フィーナは黙り込んだスツーカを見逃さなかった。
「あら、スツーカさん。我慢はダメですわよ!」
「え……?」
「わたくしの見たところ、スツーカさんもシロウ様に甘えたいと見ました!
ですわよね?」
「え、あ。あの、私は」
慌てふためくスツーカの目の前に手の平をぴしゃりと差し出して。
フィーナは彼女の言葉を遮った。
「皆まで言わなくてもよろしいですわ! わたくし、同類には鼻が利きますの」
「ど、同類……」
「シロウ様の一挙一動も見逃すまいというその熱い眼差し! わたくし、感じ入りましたわ~!」
「あ、あう……」
青白かった少女の顔が徐々に赤く染まっていく。
端で聞いているシロウとしても段々と気恥ずかしい気持ちになってくる。
「とは言っても、見たところスツーカさんは奥手なご様子。中々欲求を発散できないのではないですか?」
「え、ええと」
「そこで! ここは一つ、シロウ様にお願いがありますわ!」
「え、俺?」
怒涛の勢いで進んで行く話に付いていけない二人を差し置いて、フィーナが指を立てて一つの提案をした。
「今ここで、スツーカさんの頭を撫でてあげてくださいまし!」
「は?」
「え!?」
衝撃の台詞に驚きの声を上げる二人。
スツーカの混乱をよそに、フィーナは続ける。
「こんなにシロウ様の近くにいるのに、上手に甘えられないなんて勿体ないですわ! スツーカさんも、たまには甘えさせてもらうべきですわ~!」
「あ、あ、あの」
「というわけでシロウ様。是非ともお願いいたしますわ!」
そう言うと、席を立ちシロウの肩をぐいぐいと押すフィーナの勢いに負けて、シロウがスツーカの方に椅子を寄せた。
「え、ええと。何かよく分からないけど、スツーカはそれでいいの?」
「え!? あ、あの。…………はい」
少女は時間をかけてこくりと頷くと、真っ赤な顔を俯けて撫でやすいように頭を差し出した。妙な緊張感が辺りに漂う。
「じゃ、じゃあ……」
撫でり、撫でり。
シロウは恐る恐る頭に手を乗せると、ゆっくりと慎重に動かした。
「…………」
「…………」
撫で撫で、撫で撫で。
お互いに無言のまま、時間だけがゆっくりと過ぎていく。
隣できらきらとした目を浮かべているフィーナの存在がやけに遠く感じる。
(俺は公衆の面前でいったい何をしているんだろう……)
普段キサラを撫でる時とは違い、何故だか妙に緊張する。
不思議と喉が渇き、どきどきと鼓動が跳ねる。
一体どうしたというのだろうか。
何となく、顔が熱くなってくるような気もしてきた。
今、スツーカはどんな顔をしているのだろう。無性に彼女の顔が見たくなったシロウだったが、残念ながら俯いているその表情はシロウからは伺えない。
ふわふわといつまでも続くかと思われたその時間を打ち破ったのはフィーナだった。
「さあ、たっぷりと甘えられましたわね! では、次はわたくしの番ですわ~~~!!」
彼女は嬉しそうにそう宣言すると、強引にシロウの手を自分の頭の上に引っ張る。
「わたくしも撫でていただきたいですわ! さあ! さあさあ!」
「はいはい分かったよ、お嬢様」
結局、シロウはフィーナが満足するまで延々と撫で続けた。
その間スツーカは耳まで赤く染め上げて俯いたままで。
こうして時おりフィーナに振り回されつつも、彼らは甘酸っぱく楽しい時間を満喫した。
ところで。彼らが戯れているのは絶賛営業中の喫茶店内である。
当然、周囲にはたくさんの客がいるわけで。
「……あの、私達は一体何を見せられているの?」
「ああ、男の子が女といちゃついてるなんて。昼なのに夢でも見てるのかしら……」
「これは現実……? まさか私は知らない内に天上の世界に旅立っていた……?」
「おーい、帰ってこーい」
少年たちがのんきに過ごしている間、味わったことのない青春の空気感に晒された周囲の人々はひたすらに悶え続ける羽目になるのだった。
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