第27話 昼下がりの少年少女
「へえ、じゃあここ最近は放課後にフィーナちゃんと一緒に魔術の特訓してるんだ」
「そうなのですわ! シロウ様はわたくしに付き合ってくださっていますの。ね?」
昼下がりの教室でお弁当を広げながら、シロウたちは会話を楽しんでいた。
「ああ。できれば俺も魔術をちゃんと扱えるようになりたいからさ」
「そっか。クサカ君は頑張り屋だね」
「別にそんな事ないって。フィーナの方がよっぽど頑張ってるよ、俺はついで」
コペの賞賛を受けてシロウが気恥ずかしそうに頭を掻く。
「あ、でも……。そしたら、放課後はいつもフィーナちゃんと一緒なんだよね? それって、その。良いの?」
「ん? どういう事?」
何か言いづらそうな様子に疑問符を浮かべながら、シロウは続きを促した。
「えーっと、その……。シロウ君、放課後はいつもスツーカさんと一緒だったから。フィーナちゃんにばかり構ってていいのかな、って」
「ああ、その事なら大丈夫。スツーカにはしばらくの間フィーナに付き合うから先に帰ってて良いよって伝えてあるから」
「え、それって……ううん、何でもない。気にしないで」
シロウがそう伝えた時、スツーカは「分かりました」と素直に受け入れたので、何も問題はないだろうとシロウはそれ以上気にする事も無く。
コペはなおも何かを言い募ろうかと迷った様子だったが、結局言葉を飲み込んだ。
購買のパンをかじりながら会話を眺めていたナツキが不思議そうに口を挟む。
「でもさ、シーたんはもう十分できてない? 実技の点数もアタシらより上じゃん」
「いや、俺は感覚で何となくやれてるだけって言うか……。オニキスが言うには、俺の魔力はナツキ達地上の民が扱うものとは違うんだって。実は俺もよく分かってないんだけどね」
正確な事は当人も理解していないが。オニキス曰く、所持する魔力量の差だけでは説明のつかない何らかの違いがあるという。
「ふーん。よく分かんないけど。ねね、オニキスってあん時の黒髪ロンゲの方だよね? 今も連絡取り合ってんの?」
「連絡ってほどでもないけど、時々家に近況報告の手紙が届くよ。窓を開けてたら、ある日突然空からひらりと舞い込んでくるんだ。こっちから送り返す手段は無いから読むだけなんだけどね」
最初、換気のために開けておいた窓から封書が飛び込んできた時は驚いたものだ。
シロウは仏頂面をした不器用そうな美青年の顔を思い出して苦笑する。
「え、何それ不思議」
「な。魔術って手紙運んだり空を飛べたり、何かと便利だよなあ」
何気ない感想としてシロウがこぼすと、ナツキは何を言っているのかと顔の前で手を振って否定した。
「いやいや、そんな便利そうな魔術使える人なんて一握りだって。近くの物を動かすくらいならともかく、そんなに離れた距離まで自由自在に送り届けるなんて簡単に出来たら大陸中の運送業者が廃業しちゃうじゃん。まして空を飛ぶなんて高等魔術、アタシらにとってはおとぎ話だよ」
言い聞かせるようなナツキの言葉。シロウとしては、天上人という魔術において頂点とも呼べる存在を間近で見ていたが為に、あまり実感が無かった。
「そんなもん? あの時は二人の言う通りにしてたらあっさり飛べたからなあ」
「はー。そういう話を聞いちゃうと、やっぱシーたんも天上人なんだなって感じるよねえ。アタシから見ると雲の上の人かもぉ」
若干拗ねたように口を尖らせるナツキ。
その様子を見たシロウは、心外だと言わんばかりに否定の言葉を投げかけた。
「そんな寂しい事言うなよ。俺とナツキの仲だろ」
「シーたん……! んもう、嬉しい事言ってくれんじゃん! ひしっ」
「ナ、ナツキ?」
シロウの言葉に感激した様子のナツキがぎゅうと密着するように抱き着いてくる。
以前フィーナが教室で暴走した一件以来、一部の女子生徒たちの間でシロウに対する遠慮が大きく取り払われていたのだった。
彼女たちは、シロウが許容するコミュニケーションの範囲が自分達の思っていたよりもずいぶんと広いという真実に気付いてしまったのだ。
目の前にぶら下げられた甘く芳醇な果実を無視できるほど、彼女達の精神力は強靭ではなかった。
「ちょ、ちょっとナっちゃん」
「まあまあ! 仲良しさんで羨ましいですわ! わたくしも混ぜてくださいまし!」
「今はアタシの時間だからダメ~」
二人を見たフィーナが間に割り込もうとしてナツキにぺしっと弾かれる。
あっさりと追い払われたフィーナは悔し気に地団駄を踏んだ。
「んなあ! わたくしを誰だと思っていますの! 悔しいですわぁ~~~!!」
「はいはい、どうどう。落ち着いて」
「シロウ様! 次はわたくしともハグしてくださいませ!」
「あー、えっと。まあ、そのうち?」
「乗り気じゃありませんわ~~~!!!」
フィーナは不満げに手足をばたつかせるが、シロウは正直それどころではなかった。
幼げな容姿で無邪気なフィーナに抱き着かれても、その変態的な言動も合わさって、そこまで動揺せずに済んでいたシロウだったが。
それに影響されたのか、最近では一部の他の少女もこれまでより積極的なコミュニケーションを取るようになってきたのだ。
その中には、ナツキのように女性的な魅力に溢れた少女も存在するとなれば。
思春期の少年にとっては大変酷な事態なのだった。
「も、もう! その辺にして、ご飯食べちゃわないと次に間に合わないよ!」
「はーい」
顔を朱く染めながらお説教の声を上げるコペに従って、ナツキはシロウから離れる。
解放された少年がほうと息を吐くと、コペはこちらもじろりと半目で睨んだ。
「クサカ君も。ああいうのはちゃんと断った方がいいんだからね?」
「あ、はい。すいません」
彼女の言う通り、真正面から断れば彼女達はきちんと正しく距離を取り直すだろう。しかし、それはそれで、色々と真っ盛りな少年としては悩ましいことなのだが。
何故かぷりぷりと怒るコペに頭を下げながら、少年は食事を再開するのだった。
「羨ましいなら、コペも混ざればいいのに」
「……ナっちゃん、うるさい」
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