第22話 異世界人と転校生

 翌日。

 陽ざしに春の終わりを感じながら、シロウはスツーカと足を並べて学園へと向かう通い路を歩いていた。


「え? ぼ、冒険者になったんですか?」

「うん。キサラに案内してもらってね。ちょうど何かしたいと思ってた所だし丁度良いかなと思ってさ」

「そうですか……。で、でも危険じゃないですか?」

「危ない依頼は受けないから安心して。あ、何ならスツーカも一緒にやらない? 二人でやった方が楽しいよ、きっと」

「あ、あぅ……。わ、私はその、足を引っ張ってしまうので……。そ、それに目立つのは苦手ですし……」


 彼女とはクラスが違うのでシロウとしては本人からの話で聞いた事しか無いが、どうやらスツーカはあまり魔術の実技が得意ではないらしい。

 無論、魔術が出来ないと冒険者が務まらないという事はないが。彼女の様子を見るに、あまり気乗りしていなさそうだ。それにシロウと組むと目立つのも確かだろう。


 結局、無理に誘う事もないかとシロウは話を変える事にした。


「そっか。ま、無理にって事じゃないから気にしないで」

「ご、ごめんなさい」

「だから気にしなくていいって。 それよりさ、さっきから気になってたんだけど……」

「なんですか?」

「いや、今日はなんだか皆浮ついてない?」


 シロウがきょろきょろと周囲を見回す。

 こちらの様子をちらちらと窺っていた女生徒達と偶然に視線がかち合うと、彼女達はきゃあきゃあと黄色い歓声を上げて楽しそうに騒ぎだす。これは普段通りだ。


 しかし今日はそれだけではない。どこか全体的に生徒達がそわそわしているように見えるのだ。今日は学園で何かがあるというのだろうか。

 訊ねてみると、どうやらスツーカには心当たりがあるようだ。


「あ、ああ。それは多分――」

「転校生が来るんだよ、シーたん!」


 スツーカの歩く右隣の反対側から聞き覚えのある明るい声が聞こえてくる。

 声に遅れて左腕にもっちりとした感触。


「おわっ、ナツキ。急にくっついて来るなって!」

「にゃはは。おはようシーたん」


 苦情の声にも悪びれず、ナツキは緩く着崩した制服の胸元にシロウの左腕を抱き込んで得意げに笑う。

 日々距離を詰めてくる彼女のコミュニケーションにシロウは表面上こそ注意しているが、実のところ全く悪い気はしていないのが思春期男子の悲しいところだ。


「ナっちゃん、待ってよぉ」


 向こうからコペがよたよたと走ってくる。

 彼女達はいつも二人で通学しているようだが、今日はシロウを見つけたナツキに置いていかれたといった所か。朝から走るのは疲れるようで、少女はふらふらと足取りも頼りない。


「おはよう、ナツキ。コペも」

「はあ、はあ、はあ。お、おはようクサカ君。スツーカさんも」

「お、おはようございます……」


 少年が挨拶すると、コペは荒い息を整えながらもどうにかといった様子で応じた。

 先ほどから少年の陰で息を潜めていたスツーカも小声に早口でぼそぼそと挨拶を返す。


「まったく、コペは運動不足だな~」

「もう、ナっちゃんが急に走り出すからでしょ! それに、クサカ君にくっつき過ぎだってば!」

「ふふん、別にシーたん怒ってないからいーのいーの。ね?」

「え? ま、まあね」


 シロウを挟んできゃいきゃいとやり合う二人。しかし、シロウの興味はそのやり取りには無かった。


「なあ、ナツキ。転校生って?」

「シーたん知らなかったん? なんか、また転校生が来るんだってさ」

「つい一ヵ月くらい前にクサカ君が来たばかりなのにね」

「へえ、そうなんだ。でも、それだけで学園全体が盛り上がるもんか?」


 転校生なんて、せいぜい同学年の生徒が気にするくらいのもんだと思うが。そんな疑問が伝わったのか、ナツキ達は苦笑いを浮かべた。


「だって前に転校生っつってやってきたのがシーたんだよ? 男の人。だからもしかして今回も、ってみんなうっすら期待してるんだよ」

「ああ、なるほど。俺のせいだったか」

「別にクサカ君のせいって訳じゃないけどね。みんな男の人が増えるかもって浮足立ってるんだと思うな」


 そう聞けば納得である。

 シロウはこのところ自分に際限なく向けられる好意の量から、この世界の女性達がどれだけ男性を求めているのか、おぼろげに理解し始めていた。

 身近で更に男性が増える可能性。しかもシロウの事を考えれば新たにやってくるのも自分達に好意的な男性かもしれないと妄想して、各々勝手に朝からテンションを高めているという訳だ。


「でも、何か男性が来るって根拠でもあるの?」

「ううん、特にないよ? でもせっかくならワンチャン賭けたいんだよ皆。もし男の人が来たら自分が真っ先に唾付けて、あわよくばその子みたいなポジションに収まりたいってさぁ」


 ナツキが意味深な視線をスツーカに向ける。

 いきなり水を向けられた当の本人は「え? え?」と困惑した表情で挙動不審気味におろおろとしていた。シロウは彼女の代わりにナツキに聞き返す。


「それってどういう意味?」

「スツーカちゃんだっけ。その子、こないだの一件以来みんなから一目置かれてるんだよ。学園から去ろうとしてるシーたんを引き留めた『英雄』ってね。それに、毎日いっしょに登下校するような間柄だし? 憧れちゃうよね~、そういうの」

「英雄って……」


 別に、学園を去ろうとした事なんてシロウには一度として無いのだが。しかし、スツーカの学園での立場が改善されるならそれはそれで良いような気もして、シロウは否定するのを辞めた。


「そんな事になってたんだ、なるほどねえ。俺としても、もし男の転校生だったら嬉しいかもな。同性の話し相手って最近だと貴重だし」

「地上には男の人なんてほぼ居ないもんね。私も、クサカ君が学園に来るまでは王都に男の人が居るなんて思ってなかったよ」

「あ、あはは」


 まさか突然異世界から現れたと説明できるはずも無く、シロウは笑って誤魔化した。


(転校生か。もし本当に男だったら嬉しいな。俺も何だか楽しみになってきた)







「皆様ッ! わたくし、フィーナと申しますわ! 詳細は故あって明かせませんが、とても由緒ある高貴なる家の出ですのよ! 今後は私と同じ学び舎で過ごせる事、どうぞ光栄に思ってくださいましね!!」

「ちょ、ちょっとフィーナさん」


 冷え冷えとした空気が支配する教室で。

 転校生の少女が高らかに声を張り上げていた。


「私はとある大願を抱いてこの学園にやって参りました。是非、皆様と仲良くなって、夢を叶える一助にできればと思っておりますわ。差し当たり、学園唯一の男性であられるクサカ・シロウ様とは是非とも懇意にしたい所ですの!」


 そう言うと、転校生はウインクして露骨なアピールを送ってくる。

 だが残念ながら今教室の空気は冷え切っていて、せっかくの元気も空滑りだ。転校生も雰囲気に気付いたようで、不思議そうにきょろきょろと教室中を見回している。


「……? それにしても皆様、どうしてそのように元気がありませんの? 私、転校生は興味津々のクラスメイトに囲まれるものとばあやに教わりましたのに」


 それは少女たちが勝手に膨らませていた期待が裏切られたからだが、そうと知らない転校生は訝しげに首を捻っている。


「はい。それでは自己紹介も済んだところで、フィーナさんはあちらの席に座ってくださいね」

「分かりましたわ! それではシロウ様に他の皆様も、これからよろしくお願いいたしますわぁ~!」


 転校生のフィーナは最後に勢いよく頭を下げると、セリナの言葉に従って着席する。

 こうして、シロウ達の教室に新たな学友が増えたのだった。


 それがシロウを巻き込んだ新たな騒動の始まりである事を、彼らはまだ知らない。

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