第21話 異世界人と初めてのクエスト

「はあ、はあ……。大変失礼致しました。改めまして、お仕事の御紹介をさせていただければと思います」

「は、はい」

「お願いしまーす」


 あわや暴徒と化す寸前だった冒険者達をどうにか鎮めた後、受付嬢は息を切らしながら席へと戻った。

 自分の軽率な発言が招いた事態にシロウが申し訳なく思う中、彼女は取りつくろうようにこほんと咳払いを一つ吐いて資料を開き説明を始める。


「それでは。お仕事の御紹介をさせていただく前にまずはギルド登録をお願いしたいと思いますが、よろしいでしょうか」

「はい」

「あたしはもう登録してるんで、この人の分だけお願いします」

「承りました。では、まずはこちらをお読み下さい」


 そうして差し出された書類を読み進めていく。

 概ねギルドの一員としての責任ある行動を求める内容だ。ギルドを通さない依頼の受注禁止や、反社会的活動が見られた場合は事前通告無しにギルドの登録を抹消できる旨等が記載されている。


(こういう規約とかの内容って異世界でも大差ないんだなあ)


 シロウが読み終えると、受付嬢は続けて石で出来た板を取り出した。


「これは?」

「こちらは魔導板という魔道具です。この中央にある窪みに手を添えて魔力を通していただくと、お客様の魔力の波形がこのギルド本部にある石碑に刻まれます。するとそれ以降はいつ、どの地域の支部からでも魔導板を通じてお客様がギルドの一員であるという事が確認できるようになります」

「へぇ~」


 説明を聞き終えて、シロウはさっそく魔導板に手をかざしてみる。

 石で出来ているだけあって、ひんやりとした触り心地だ。


「はい、そこに触れていただいて。魔力を少しずつ板に流し込むようなイメージでお願いします」

「むぬぬぬぬ……」


 シロウは言われた通りに魔力を流し込む。

 すると魔導板がガタガタとひとりでに震動し始めたかと思いきや、すぐに収まった。


「わあ。普通は魔導板がこんなに大きく反応する事はないんですけど。やはり男性は魔力が強いという噂は本当なんですね!」


 普段は見ないような光景に、にわかに高揚した様子の受付嬢。

 しかし、元々の魔力量からすると現在は出涸らしのような状態だと自覚しているシロウとしては褒められても微妙な心地だ。


「これで良いんですかね?」

「ただいま確認いたします。……はい。結構です。無事、お客様の情報がギルドに登録されました」

「つまり、これで俺も冒険者ってことですか!?」


 シロウが期待を込めて訊ねると、受付嬢はすまなそうに次の用紙を差し出した。


「申し訳ありませんが、もう少しだけお時間をいただけますと幸いです。続いてこちらの用紙に氏名と現住所の記載を――」




「――はい。これで必要書類は以上となります。これでクサカ・シロウ様は冒険者ギルド所属の冒険者という事になります。おめでとうございます」

「ありがとうございます……」


 書類ラッシュを乗り切り、精神的な疲労にくたびれながらもシロウは無事に登録を完了した。

 これで、シロウも異世界で冒険者として一歩踏み出した事になる。

 だからといって特に何をしたいか決まっている訳ではないが、少しでも自立できるようになるならそれに越したことはないだろう。


「あ。大変申し訳ありませんが、最後にもう一枚だけよろしいでしょうか」

「え。まだあるんですか?」


 ようやく終わったとシロウが伸びをしていると、申し訳なさそうに受付嬢が白紙を見せてきた。


「あれ、白紙?」

「大変申し訳ないのですが、もしよろしければ一筆いただけないかとギルド上層部からのお願いでして……。何しろ、男性の方がギルドに所属するというのは前例がありませんので。もし他の天上人の方にギルド側が無理やり男性に契約を強いた等と誤解されるような事があった場合に備えて、本人の意志で登録した旨を明記した一文をいただければと……」

「ああ、なるほど。勿論いいですよ」

「ありがとうございます!」


 自分の都合でギルドに迷惑をかけるのは忍びない。

 受付嬢が深々と頭を下げるのを尻目に、シロウは簡潔にしたためた。




 無事に受付でのやり取りを終えて、シロウ達はクエストボードの前に立っていた。

 ボード上にいくつかの依頼書を張り付けてから受付嬢が一歩下がる。


「それでは、本日ご紹介させていただくのはこちらのクエストとなります。なるべくクサカ様方の御要望に沿うように私どもで選別しておりますので、この中からどうぞお好きな依頼をお選び下さい」

「ありがとうございます。えっと……『一角兎の角の納品』に、『街道沿いに設置された古い看板の撤去』。こっちは『清掃スタッフの募集』か。確かに俺でも出来そうだけど……」


(これって冒険者の仕事なのかな? まあ、未経験の俺でもできる簡単な依頼を頼んだしこんなもんか)


 シロウは掲示された依頼書を一枚ずつじっくりと眺めていく。

 しかし中々ぴんと来るものは見当たらない。せっかく初めての依頼なので、何か新鮮な事がしたいと思ったのが高望みだったのだろうか?

 そんな事を考えていると、一枚の依頼書が目を引いた。


「『泡割り人募集』? あの、これ何ですか?」


 シロウが指差したのは、依頼名に『泡割り人募集』と簡潔な一文だけが書かれた依頼書だった。

 依頼の内容を読むとどうやら街の外で行うようだが、これだけでは何の事だかさっぱり分からない。


「こちらは役所から出されている依頼ですね。毎年今くらいの時期になると、王都近郊に泡吐きクラゲの群れが出没します。別段害は無いのですが、彼らが吐く泡には僅かに魔力が含まれていて自然に割れる事がなく、放置しておくといずれは王都が泡まみれになってしまうのです」


「へえ~。だから泡を割る人が必要ってことですか。でも、クラゲの討伐依頼ではないんですか?」


「泡吐きクラゲはもう少し時期を待てば丸々と太って食べ頃になるので、狩猟の依頼を出すのはそれを待ってから、という事になりますね。中々の珍味で王都では重宝されているんですよ? なので、なるべくクラゲ本体には手を出さないで泡だけを処理していただけると助かります」


 受付嬢の説明を聞きながら、シロウは依頼書をじっくりと眺める。

 場所は王都の外とはいえあまり遠くないので、距離でいえば陽が落ちる前に帰ってこられるはずだ。仕事内容は実際に見てみないとよく分からないが、こうして並べられているという事はさして難しくもないのだろう。


 ちらりと隣のキサラに視線を向けると、彼女はにっこりと笑顔で応えた。


「お兄ちゃんが受けたい物を選んだらいいよ! ギルドの先輩として、あたしが何でも教えてあげるから!」

「おし。じゃあ、これにします」


 シロウは依頼書を剥がすと受付嬢に差し出した。


「『泡割り人募集』の依頼ですね。ありがとうございます。これからすぐに向かわれますか?」

「はい!」

「承知いたしました。では、お帰りをお待ちしております。現地までの案内はキサラちゃん、お願いできますか?」

「任せてよ、カーラさん。あたしは去年もこの依頼受けたから大丈夫!」


 キサラが自信ありげに胸をドンと叩く。

 口振りからして、どうやら二人は知り合いだったらしい。考えてみれば、キサラは普段からギルドを利用しているのだから当然の話だろう。


「だから、別に道案内とか護衛とか要らないからね! ほら散った散った!」


 振り返ってキサラがパンパンと手を叩く。

 実は先ほどから、シロウ達の背後で冒険者たちが遠巻きに集まっていたのだ。


 先だって受付嬢のカーラに釘を刺されたばかりなので、彼女たちも積極的に声をかけてこそ来なない。しかし各々が武装を掲げては謎のポージングを取っていたり、斜め45度でキメ顔を作ってシロウに何かをアピールしてきたりと妙に忙しなかった。


 彼女たちの奇行をてっきり新人を迎える儀礼か何かかと思っていたシロウだったが。キサラが言うにはどうやらシロウの目に留まるのを期待していたらしい。


「ぶーぶー! キサラ、横暴だぞ!」

「わ、私なら近道を案内できるぞ! 時短なら任せろ!」

「せめてアタシ達にも彼と同じ空気を吸わせてくれ! 頼む空気だけでいいから!」

「迷惑かけないからお願いだよキサラちゃーん!」


 キサラの言葉を受けてブーイングが巻き起こる。

 しかし当のキサラも聞く耳を持つ気はないようだ。


「知りませんよ、もう! ほら行こ、お兄ちゃん!」


 シロウの手をはっしと掴むと、少女はずんずんと足音を立てながら外に向けて歩き出す。


「わ、わ。それじゃ、行ってきます。皆さん、次の機会に色々お喋りさせてくださいね。それでは~」


 引きずられるようにしながら、シロウは集った冒険者達に向けて微笑みながら手を振った。

 シロウにとって、彼女達は憧れのファンタジーな職業の人々だ。もし望めるのなら是非とも色んな話を聞いてみたい。そんな下心込みで愛想を振りまいていたシロウだったが、どうやらその威力は本人が思っているより何倍も強かったらしく。


「はぐっ」

「あ、ああ……我が生涯に、悔いなし……」

「ちょ、ちょっと! タンクのあんたが最初に倒れてどうすんのよ!? メディック、メディーーック!」


 次々と倒れ伏す冒険者たち。

 そんな阿鼻叫喚の騒ぎを置き去りに、シロウ達はギルドを出て行ったのだった。




 ちなみに。

 クラゲの泡割りとは文字通りの意味だった。


 地上にも関わらずぷかぷかと大挙して現れた泡吐きクラゲが次々と吐き出す泡を、ひたすらに木の棒でつんつんと破壊していくだけの作業。

 その単調極まる時間に、当初好奇心に瞳を輝かせていたシロウの期待感は泡ごと粉々に打ち砕かれるのであった。


「どう? お兄ちゃん。初めてのクエストは」

「……次はもうちょっと、楽しめるやつにしようか」

「あはは」


 休日に兄を独り占めできた妹分だけが、終始楽しそうに笑っていた。

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