第20話 異世界人は群がられる

「じゃーん! という訳で! ここが王都でも有数の名所、冒険者ギルド本部でーす!」

「おおー!」


 人通りの多い街道を進み、まるで観光地でも紹介するかのようなノリで紹介されたのは数多の冒険者たちが利用する冒険者ギルドの本部だった。

 シロウとしても異世界ファンタジー物の創作物で幾度となく触れた、聞き馴染みのある施設である。勿論、実際に見たのは今日が初めてだが。



 ギルドの入口に目を向けると、普段の街中ではあまり見かけない様々な恰好をした女性達が出入りしている。

 大剣を背負い重そうな鎧に身を包んだ大柄の女戦士と魔法使いの帽子を被ったローブの少女の二人組。東方風の和装に身を包み大弓を背負うのは狩人だろうか。

 その脇をすり抜けてギルドから出てきたウェイトレスの制服を着た少女が、道をぱたぱたと駆けていく。きっと何かの用事を済ませて店に戻るのだろう。


「すげえ、ファンタジーだ!」


 シロウは異世界に来て何度目かの感動を味わう。身の回りの魔術には流石に慣れてきたが、いかにも戦闘職といった装いの人々を見たのは天上の人々を除けば初めての事だ。ワクワクした気持ちが抑えられない。


「ここには色んなお仕事が集まってくるの。中には日雇いの簡単なクエストもあるから、あたしと一緒に何か探してみない?」

「おお! それは助かるよ!」

「そうと決まれば、まずは受付ね。申請すれば誰でも冒険者として登録できるんだよ。ほら、こっち! 付いて来て!」


 そう言って少女が先導してギルドの戸を開き、中に入っていく。

 ごくりと喉を鳴らしてシロウが後に続くと、そこは草木で飾られた清潔そうな受付ロビーだった。多数設置されているふかふかとした上質のソファに、先ほどの二人組や大弓の女性を含めた様々な冒険者と思われる女性たちが静かに腰掛けている。


(あれ、思ったよりお役所っぽいな。冒険者ギルドってもっとこう、荒くれ者が集まる雑然とした場所ってイメージだったんだけど)


 これまで抱いていた印象と異なるきっちりとした雰囲気に一瞬呑まれていたシロウだが、受付前でキサラが手招きしているのを見ると慌てて進み出る。

 すると、それまでソファに腰掛けて大人しく順番待ちをしていた冒険者たちがにわかに騒めきだした。


「え、男の人……!?」

「まさか、今日天上人の方が来訪されるなんて聞いてないわよ……!」

「あ、もしかしてあの子、あれじゃない? 近頃エリュシア魔導学園に転入したって話題の……」

「え。あれってただの噂じゃなかったの!?」


 周囲がざわざわと自分の噂をしている。シロウは頬を少し赤く染めながら、なるべく気にしないように努めた。

 その様子を見ていた受付嬢が立ち上がると、焦ったように声を上げる。


「皆様! 男性の方に不躾な視線を向けるのは不敬です! これ以上騒ぐようですと当ギルドとしましても対処せざるを得ませんので、どうか慎んでください!」


 厳しい警告の声にそれまで騒がしかった声がぴたりと止む。

 どうやら冒険者たちも自分達の振る舞いがまずいと思い至ったようだ。

 その様子を確認して、受付嬢は深々と頭を下げた。


「お騒がせして大変申し訳ございませんでした。ご不快であれば、すぐに人払いを致しますのでどうぞお命じ下さい」

「あ、いえいえ! 大丈夫です! お願いですから気にしないでください!」

「は、はあ……。寛大なご配慮に痛み入ります」


 シロウは慌ててぶんぶんと手を振って、気分を害していないと猛アピールする。

 受付嬢はほっと胸を撫で下ろすと、襟を正すと席に座り直した。


「え、えっと。それでは、本日の御用件を伺ってもよろしいでしょうか」

「あ。その、えーっと」

「あたし達、仕事がしたいんです。危険が少なくて、出来れば一日で済ませられるようなクエストありませんか?」


 キサラの言葉でまたしても場の空気がざわめく。

 流石に先の今で騒ぐような者はいなかったが、代わりにひそひそとやり取りする光景があちこちで見られた。


「だ、男性の方がお仕事を……ですか? 貴女一人ではなく」

「はい。あたし達二人でやれるクエストを紹介してもらいたいなって」

「は、はい。承りました。少々お待ちください」


 そう言い終わると、受付嬢は足早に席を立ち奥に引っ込んでいった。

 唐突に訪れた男性の対応に慌てているその姿を見ていると、何か申し訳ない気持ちになってくる。


「俺、ここに来てよかったのかな。迷惑になってるような……」

「冒険者ギルドは別に男の人が来ちゃいけない場所じゃないよ。お兄ちゃんは気にしなくても大丈夫だから。ね?」

「そ、そう?」


 普段からたまにギルドを利用しているというキサラは堂々としている。

 シロウはすっかりと静まってしまった場の空気に居た堪れなさを覚え、周囲を振り向いて苦笑いを浮かべながら冒険者たちに手を振ると、一番近くでちらちらとこちらの様子を窺っていた髪の長い戦士風の女性に声をかける。


「な、なんか俺のせいで空気変にしちゃってすみません」

「え!? あ、いえいえいえ! そんな私達の方こそ不躾な視線を向けちゃって、申し訳ございません!」


 慌ててぺこぺこと何度も頭を下げる女性に対して、シロウはまあまあと手で制する。


「気にしなくていいですよ、勝手に来たのはこっちだし。それに俺、冒険者の人って憧れなんです。魔物とかとバリバリ戦うんですよね。そういうの、俺には出来ないんで。だからそんな風に畏まられると逆に恐れ多いって言うか」


 そう言って照れ臭そうに頭を掻くシロウ。様子を遠巻きに見守っていた周囲の観察眼に優れた冒険者達から見ても、その言葉に嘘は無いように思える。


「出来たら皆さんと仲良くしたいと思ってるので、どうか気軽に接してもらえると嬉しいっす」

「お、おお……」


 その言葉に、聞き耳を立てていた周囲の冒険者たちがどよめく。

 彼女達の中には、幸運にも地上に舞い降りた天上人の護衛を務めた経験がある者も少数ながら存在する。誰に話しても羨ましがられるだろう夢のような職務だ。しかし、そんな光栄に与かる彼女達にかけられた言葉は、例外なく辛辣極まるものだった。


 ”地上人如きが戦士の真似事をするなどおこがましい”

 ”魔力とも呼べぬ絞り滓すらまともに操れない分際で護衛とは笑わせる”


 そうして大小様々な罵倒を受けた彼女達は、それ以来男性にろくな印象が無かった。それまでに心の何処かで抱いていた淡い夢を粉々に打ち砕かれた彼女達にとって、男性とは傲慢でありながら途方も無い力を持った怪物である。


 しかし。

 今、彼女達の目の前にいる人物はどうか。

 物腰は柔らかく、失礼を働いた自分達にも躊躇なく頭を下げるその態度。

 あまつさえ冒険者達の消沈した心を安らげるために言葉を尽くして気を配ってくれた。そんな彼が照れながら、此処に集まった皆と仲良くしたいと語っている。


 結果として、彼女達の脳が沸騰するのに僅かな時間もかからなかった。



「はい! はいはい! 私、私も仲良くしたい!」

「私も! お仕事探してるんだって!? もし良かったらお姉さん達と一緒にどうかな!?」

「都合が合えばうちのパーティにお試し参加してみない!? 僕らと一緒にトレジャーハントを楽しもうよ!」

「ばっか、アンタの所は薄暗くて汚い洞窟ばっか潜ってるんだから、そんなの男の人が参加したい訳ないでしょ! それより良かったらこれからアタシらとお話しない? 美味しいお店知ってんだよねアタシ!」

「お前達は男性とお喋りがしたいだけだろうが! そんな事より我が団は腕自慢が揃っている。仕事中の護衛なら是非とも任せてくれ。無論金など取らぬぞ!」



 怒涛の勢いでわらわらと冒険者達が詰め寄ってくる。

 さすがに日頃冒険者として精力的に活動している面々という事もあって、その積極性はシロウが異世界に来てから初めて味わう迫力だった。


「わ、わ。みんな、ちょっと待って!」

「わー、お兄ちゃん!?」

「ちょっと。何の騒ぎですか!?」


 シロウの声は気勢を上げる冒険者達の声によって、哀れにも掻き消された。

 突然表が騒々しくなった事で、先ほど奥に引っ込んだ受付嬢が慌てて現れる。そこには冒険者達にもみくちゃにされている(ように見える)シロウの姿。


 目を離した僅かな間で起きたとんでもない事態に受付嬢はしばし青ざめて呆然とすると、はっと正気を取り戻して大声を張り上げた。


「皆さん、落ち着いてくださああああい!!」


 何の変哲もない昼下がりの午後。

 冒険者ギルド本部は、天地がひっくり返るような大騒ぎに見舞われていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る