第18話 うり坊王女とお母さん女王
神聖エルジナ王国とは、世界最大の陸域リファリス大陸において頂点に君臨する巨大国家である。
遥か昔、当時戦争に明け暮れていた大陸の国々を統一した英雄によって建国され、のちに天上人の承認を受けて大陸の覇権を認められたというその系譜は今もなお途切れる事なく代々の王室に受け継がれている。
中でも今代のエルジナ王国を統治する女王エルメリア・サンパーニュは厳格にして慈愛に溢れた名君として周辺諸国にまで名が轟いており。その三人の娘も皆、深い教養と知性を備えた麗しく聡明な姫君であると人々に噂されていた。
「まあ! まあまあまあ! ついに、ですのね!」
王都の中心部にそびえ立つ王宮の一室にて。
きらめく銀色の髪をふわふわと浮き上がらせて喜びを爆発させた幼げな少女が、上質な絨毯の上をぴょんぴょんと跳ねる。
少女の手に握られているのは、とある学園への入学証書だ。
「ええ。少し時間がかかったけれど、無事に手続きを済ませられたわ。これであなたもエリュシア魔導学園の生徒よ」
「有難うございます、お母様!」
喜びを表現しようとその場で舞い踊る少女の様子を心配そうに眺める女性。
彼女こそ神聖エルジナ王国の主権を担う君主にして民の尊敬を一身に集める女傑。
女王エルメリアその人である。
しかし、今は普段の威厳を纏った外面を投げ捨てて娘の前でおろおろとしていた。
女王の不安げな眼差しの先で軽やかに舞う少女の名はエルフィーナ・サンパーニュ。
王家の由緒正しき血を受け継いだ第三王女にして、自分を溺愛する母親の愛を利用して特大の我儘を押し通した、とびっきりの猪突猛進少女でもあった。
「うふ。うふふふふふ。ぐふふぇふぇふぇへへへ」
踊り疲れて足を止めたエルフィーナは、妖精と見まごうような可憐なその容姿からは想像も付かないほど不気味な笑い声を上げる。彼女は両の足でがっしりと床を踏みしめると、右腕を高らかに頭上へと振り上げて吼えた。
「くぅう、ふうぅぉおおおお! 来た来た! ようやく
「落ち着きなさい、フィーナ」
「いいえ、落ち着いてる場合ではありません! 私、とっても滾ってまいりましたわお母様! 必ずや、この私が! 地上に舞い降りたと噂の殿方を虜にして、我が王家に連れ帰って御覧にいれますわぁ~!」
証書を握り締め、鼻息荒くぶんぶんと腕を振って王女は気合を表現する。
興奮するあまり淑女としてあるまじき振る舞いを見せる娘を前に、エルメリアはしばし黙って天井を見上げた。
「はあ……。お願いだから、あちらでは慎重にね? いつもみたいに我を失わず、誇り高き王族としての振舞いを決して忘れないように。 今回ばかりは洒落にならないの。頼むから、本当に、お願いね?」
溜息を一つこぼして。とても、とても大事な事だと強調するように、女王エルメリアは一言ずつ区切って言い含めた。しかし、念を押された当の本人は何を心配しているのかと言いたげな表情であっけらかんとしている。
「んもう、お母様ったら心配性ですね。大丈夫ですよ、万事このフィーナにお任せを! 王女として受けてきた最高峰の教育の成果を活かして、見事! かの御方をメロメロにしてみせますわ!」
「いえ、王族として無難に顔合わせしてきてくれればそれで良いのだけど」
「くふふ……まずは王女として挨拶する名目で近づき、あわよくばその隙に……ついでに是非とも臭いも嗅がせていただいて……ぐふふふふ」
「はあ……。お願いだから、この母に男性への不敬の罪で娘を裁かせないでちょうだいね……」
再度の溜息が女王の口から吐き出されるも、少女に聞こえた様子は無い。
エルフィーナの頭の中では、既に学園へと向かってしまっているのだろう。
「ああ、本当に、本当にお願いだから。何も起きませんように。
決してこの子に悪気は無いのです。天上人様、どうかお怒りになられませぬように……」
女王である前に一人の母親として、エルメリアは天に切実な祈りを捧げるのだった。
-----------
『天上の園』から帰ってきて、半月ほどが過ぎていた。
その間。特に変わった事もなく。
シロウは今日も元気に学園へと通っていた。
「とーう!」
気の抜けた声を上げながらシロウが念じると、彼を取り囲むように空中に六つの火球が生じた。
火球はシロウの腕の動きに合わせて自在に移動すると、続けざまに放たれた号令に合わせて次々と飛んでいき、設置されていた目標へと一斉に的中した。
「おお~!」
「シロウ君、すごーい!」
「かっこいいよ!シロウくーん!」
周囲で見守っていた同級生達からぱちぱちと拍手が飛ぶ。
時間が経つにつれてシロウとの距離感が近づいて行った彼女達は、今では何かにつけてはシロウの周囲を取り囲んできゃいきゃいと盛り上がっていた。
「こら、実習中よあなた達。さっさと自分の場所に戻りなさい」
「は~い」
「シロウ君、またね~」
教師が近づいてくると、蜘蛛の子を散らすように少女達は離れていく。
代わりに教師がシロウに話しかける。
「ふぅ」
「とても素晴らしいわ、クサカ君。これほど短期間で魔力を安定させるなんて。火力に安定性、操作の技術も満点と言っていいわ。教える私の方が驚いてしまうほどよ。やっぱり男性は違うのね」
感嘆した様子で教師は息を吐いた。彼女としてもこれほど急激に上達するとは想定していなかったのだろう。
しかし、シロウとしては手放しの賞賛を受けても何とも言い難い。
何しろ、これほど魔力を扱う術が上達したのは以前に天上人の青年から受けた指導によるものだ。詳細は不明だが、あの時彼によって一瞬で魔力を自由自在に扱う術を身に着けたシロウ。その時の感覚は魔力の大半を失った今でも失われておらず、こうして授業程度なら簡単にこなせるようになった。
(魔力も大半は魔導生物にぶち込んだけど、残った分だけでも困ることないんだよなあ)
天上人からすると出涸らしとなったシロウだが、地上人の基準でいえば未だに大きな魔力を備えている。それだけ元から内包していた魔力が膨大であった故に。
かくして、こうして実習程度なら楽々とこなせるようになってしまったのだ。
「これだけ出来ると、情けない話だけど教えるのが私でいいのかしらと思ってしまうわね」
「先生の教え方ってとっても分かりやすくてすごく助かってますよ。俺魔力の扱い以外はまだ全然なんで」
「クサカ君……」
自信なさそうにしていた教師はシロウの言葉に嬉しそうな笑顔を浮かべる。
そもそも努力によって身に付いた能力でもないのだ。そのように自分を責められてもシロウとしても困る。
「ちょっとせんせー。シロウ君独り占めしないでよね」
「ずるーい」
シロウに次いで実習を済ませた生徒達が続々と集まってきた。
彼女達はシロウと二人きりで会話していた教師が不満らしくぶーぶーと文句を垂れた。
「ちょ、ちょっとあなた達。クサカ君、私ちょっと他の生徒を見てくるわね。慰めてくれてありがとう。それじゃあね」
そう言い残して、教師はぱたぱたと走って行った。
みんな慌ただしい限りだ。入れ違いのようにやってくる少女達の相手をしながら、人気者の大変さをシロウは実感するのであった。
「はあ~」
「おつかれーん。シーたん、最近前にもまして大人気だねえ」
教室の席に戻って息を吐いたシロウを前の席に座るナツキが出迎える。
彼女はひらひらと手を振ると少年を労わる言葉をかけた。その表情は揶揄いの色に染まっている。
「からかうなっつーの。いい加減男ってだけでチヤホヤされるのも照れるんだからな?」
「しゃーないしゃーない。男の人なんて他に居なくてみんな興味津々だし」
「そろそろ慣れてくれてもいいと思うんだけどなあ」
「無理無理。オトコ相手に免疫なんてできないって」
「そんなもん?」
「そんなもんっす」
そっすかー、と投げやりに言い捨てるとシロウは背もたれにだらりと身体を預け、次の授業に意識を切り替える。
実技は感覚でどうにかなっても、座学は別だ。未だシロウにとっては知らない事ばかりで、集中して覚えていかなければすぐについていけなくなってしまう。
「分かんなくなったら誰かに教えてもらうか」
「ん? 授業の話? だったらこのナっちゃんが何でも教えたげるよー、ふふん」
「あ、あのクサカ君。私もいるからね。分からない事があったらいつでも聞いてね」
ぼそりと呟くと、耳聡く拾ったナツキとコペがそれぞれアピールしてくる。
優しく目端の利く彼女達にはいつもそうして助けられているのだ。シロウは日頃の感謝の気持ちを込めて答えた。
「ああ。ありがとうナツキ。コペもいつもありがとな。今後も頼らせてもらうよ」
少年の言葉に、二人の少女は照れながらも嬉しそうに頷くのだった。
そのようにして、少年の何気ない昼下がりは過ぎていく。
穏やかな平穏を打ち破る嵐が学園に向かおうとしている事に気付く者はいなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます