第11話 迷い子と祝福

 実習場にて。


 シロウは、的に向かって両手を広げていた。

 背後で二人組の男性が興味深そうに眺めている。


「それじゃ、やりますよ! ……ふぬぬぬぬ!」


 気の抜けた掛け声と同時に空想イメージするのは空気の大砲。

 掌の先で圧縮し、射出し、そして標的を粉々に破砕する。

 そんな光景を脳裏で思い描きながら、体内に循環する魔力を両の手に込める。


 やがて集った魔力が手のひらから放たれ――る事はなく。

 代わりにシロウの身体がふわりと宙に浮いた。


「え? あ、うわ!?――ぐえッ」


 そのまま的まで一直線に飛んでいくシロウ。

 あろうことか、空気どころか本人が弾として的に直撃した。


「…………」

「あははははは! だ、大丈夫か~い? 生きてる?」


 無表情で一部始終を見届ける青年と、隣で笑い転げながら声をかける少年。

 その対照的な反応を視界に収めながら、シロウはふらふらと立ち上がる。


「だ、大丈夫。何か最近、不思議と身体が頑丈になった気がするから」


 身体を確認し、傷一つない事を確かめるとシロウは元の位置に戻った。

 結構な勢いで木の板にぶつかったので少しくらい怪我しているかと思ったが。どうにも異世界に来てからというもの、怪我の類とは無縁である。


「ああ、それはね。身体から自然に漏れる魔力が層になって身を護っているんだ。地上の民と違って、僕らの扱う魔力は濃度が強いからね。早々怪我なんてしないよ」


 シロウの疑問に対して少年が解説する。

 彼の言う「僕ら」にはどうやらシロウも含まれているようだ。


「……やはりな」


 隣で腕を組み押し黙っていた黒髪の青年が口を開く。

 どうやら、黙って観察している間にシロウの何かを確認したようだ。


「えっと、どうですか? 魔術、使えるようになりそうですか?」


 シロウは恐る恐る訊ねる。

 どうにも、シロウはこの威圧感たっぷりの青年が苦手だった。


「ああ。造作もない事だ」


 予想に反して、青年は簡潔にはっきりと断言した。

 その眼は確信を帯びている。


「え?」


 シロウは驚く。てっきり、手厳しい事を言われるかと身構えていたからだ。

 一瞬の気の緩み。その隙を突くように、青年の右手が素早く伸びてシロウの額に触れた。


「な、ちょ、ちょっとなんすか!?」

「落ち着き給え」


 一言だけ告げると、青年は目を瞑り、集中し始める。

 周囲に青々とした魔力のうねりが舞い上がる。やがて、青年とシロウを中心とした魔力の渦が二人を覆い隠した。


「天と地を創造せし我らが父よ。願わくば尊き御名が天に謳われ、地に轟かんことを。孤独な迷い子に慈悲を分け与え給え。父の敬虔な従者たるこの善き人に、一欠けらの祝福を与え給え――」


 動くにも動けずシロウが硬直していると、青年は目を閉じたまま祈りの言葉を唱えた。

 よく分からないが、有無を言わさないオーラを感じる。

 諦めてシロウが身を任せていると、やがて周囲を揺蕩う魔力の波動がゆっくりと大気に溶けて消えていく。


 数秒の後。

 青年は目を静かに開くと、手を離してシロウを解放した。


「……な、なんだったんですか? 今の」

「もう一度、先ほどの魔導を試してみるがいい」

「え、あの……」


 青年はそう言うと、腕を組んでむっつりと押し黙ってしまった。

 疑問は残るが、特に反抗する理由も無かったシロウは言われた通り的に向き直る。


「え、えっと。……じゃあ、やりますね」


 両手を前方に広げ、空想する。

 空気を圧縮し、手のひらに留めて、そして射出する。

 脳裏に想像を終えて、体内の魔力を両手に流し込む。


「てやー!」


 本人なりの威勢が良い掛け声と共にズドン、と大砲が放たれるような音がして。

 手のひらの先から放たれた圧縮弾が一直線に的を粉砕。そのまま直進して実習場の壁に激突した。


 実習場の内壁は万が一魔力が暴発したとしても耐えられるように講師陣が何重にも重ね掛けした防護魔術でコーティングされている。

 しかし、あっさりと防護を貫通した圧縮弾は内壁と衝突し、みしりと大きく歪ませた。

 幸いにも貫通するまでには至らず圧縮弾は霧散したが、今後補強が終わるまでしばらく実習場は使えないだろう。



「……えー」


 シロウは呆然と固まる。つい先ほどまでは思う通りに扱えなかった魔術が、突然思い描くままに発動した。

 それどころか。明らかに想像以上の破壊力が秘められている。

 どう考えても先ほどの青年が何かしたとしか思えない。


「これが、クサカ殿に本来備わっている魔力だ。我々は魔術を扱うに際して初めに儀式を行う。地上の民とは違ってな。主に祈りを捧げ、世界に認められて初めて魔力を十全に扱えるようになるのだ」


 天上の人々の扱う魔力は地上の民とは比べ物にならない。

 故に、地上に伝わるやり方では天上の魔力を扱う事はできないのだと青年は語った。


「我々は、天上よりクサカ殿を見ていた。間違った努力を続ける必要はない。それを教えるのが目的の一つだ」

「え、俺の事ずっと見てたんですか」

「? そうだ」


 堂々と本人を前にしてストーキング宣言をぶち上げる青年。

 シロウは心の中で若干距離を取りつつも話を続けた。


「えっと。つまり、俺がこの学園で学んだ事は……」

「無意味だ。単なる時間の浪費に過ぎない。……我々が危惧しているのはまさにそれだ。である君が、余人の思惑に翻弄されて穢れた地で徒労に苦しむのを放っておくのは意に反する」

「……?」

「まあまあ。今はその辺にしておいてさ」


 いい加減、訳が分からなくなってきた。

 そんな表情で頭を傾げるシロウを見た少年が、横合いから口を挟んだ。


「まずは、彼に僕らの世界を案内しようよ。話はそれからでも遅くないよね?」

「……良いだろう。クサカ・シロウ。悪いが君にはもう一か所、付いて来てもらいたい場所がある」


 そう言うと、黒髪の青年は歩き出した。

 思わず付いて行こうとしたところで、シロウは少し考える。


「……あー、それって学園の外ですよね? 時間かかります?」

「そうだ。心配せずとも、今日中に帰そう」

「別に取って食ったりしないからさ。安心して付いておいでよ」


 少年がちょいちょいと手招きする。

 しかし、シロウには先に事情を伝えておくべき相手がいた。


「すんませんけど、ちょっと正門前で待っててもらえますか。身内に先帰っててって伝えてくるんで」





 数分後。


「もう良いのか」

「はい。一言伝えるだけなんで」


 シロウは正門前で二人組と合流する。


 駆け寄ると、二人の傍で老齢の女性が頭を下げているのが目に入る。顔は見えなかったが、シロウにはピンと来るものがあった。学園パンフレット等で見覚えがある。学園長だ。


「本日は、わざわざお越し下さって誠に有難う御座いました」

「これ以上の見送りは不要だ。我々の用件は済んだ。日常に戻るが良い」

「はい。お心配り、有難く頂戴致します」


 そう言って、学園長は姿勢を正すと静々と去ろうとする。

 しかし、後ろ姿が見えなくなる前に少年が呼び止めた。


「あ。君、ちょっと待って」

「はい。何用でしょうか?」


 ゆるりと振り返り、軽く頭を下げる学園長。

 少年はふん、と軽く鼻を鳴らして声をかけた。


「主の誘い子に対して、随分と勝手をしたものだね。この事は覚えておく。そう、エルジナの指導者に伝えておいてよ。それじゃね」

「…………」


 学園長がその場で深々と頭を下げた。振り返る事なく、二人組は学園を離れていく。

 シロウは訳も分からずに後を付いて行った。



「ええと。それで、何処に行くんですか? なんか、僕らの世界を案内するとか言ってましたけど」

「ふふ。言葉の通りさ。僕らが住んでいる世界……地上の民に『天上の園』と呼ばれる場所だよ」


 何となく、そんな気はしていた。

 だが、実際にそう言われると尻込みする。なにしろ、聞くところが事実ならば。


「で、でもそこって雲の上にあるんですよね? 俺、飛べませんけど」


 魔術の暴発ですっ飛んだ事なら何度かあるが。

 意図的に飛ぼうとした事はまだ無いのだ。

 シロウの懸念を他所に、黒髪の青年は何事もないように首を振った。


「問題ない。先ほど鍵は外した。今の君は、自由に思うがまま魔力を扱えるはずだ」

「自由に空を飛ぶところを想像してみなよ。ほら、手を引いてあげるから」


 少年はふわりと空中に浮き上がると、シロウの手を引っ張って持ち上げようとする。

 半信半疑で目を閉じたシロウは、空飛ぶ鳥を空想する。


 ばさり、ばさり。翼を羽ばたく。

 空気に逆らうことなく、風に乗って。上へ。空へ。



 そんな風に空想の翼をはためかせて、次に目を開いた瞬間。

 シロウの身体は大空に浮かんでいた。

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