DAY1 日繰蒼、美少女になる。


「え__?」


 気付けば緑の香りが漂う森の中に佇んでいた。あれ、? 今古典の授業してたよね……あ、わかった。寝ぼけてるんや、うち。昨日は昔からの友達と夜通し通話しとったからなぁ。


「えいっ、って痛ぁ!」


 頬を抓ってみると、しっかりと痛い。どうやらこの森の中に佇んでいる現状は夢ではないらしい。となると……どういうこと?


 とりあえずうちは歩いてみることにした。古典の授業受けてたら森の中立ってましたぁ、なんてうちの家族に言ったら信じてくれるやろか。


 ようわからん植物ばっかりや。テレビで見るような南国っぽい葉っぱとか……ほんまにここはどこなんやろか。


 あてもなく歩き回っていると、大きな声がどこかから汚い悲鳴が響いてきた。


__いやぁぁぁぁあ!!!??? 犯されるゥゥゥゥゥ!!?__


 な、なに!? 人の声!? 悲鳴やん! そんな危ないところなんかここ、どないしよ、やっぱ助けに入った方がええんやろか!? でもうちに何かできるかって言われたら、なんもできへんし……


「ほんまに、うちどないしたら__」

「人の声! やっぱ居るのか! 他のユーザーが! って、日操?」


 ん、あぁ……確かに感じる……と小さく呟くその男。


 叫び声とは反対の方向から飛び出してきたのは同じクラスの鳥宮航君の姿だった。見慣れた赤茶の髪色に安心感を感じる。


「__あっ、えと、こんにちは?」

「……っはは。こんな状況にいきなりこんにちはて……日繰って変わってるよな」

「そんなことないよ! もう、ひどいよ鳥宮くん」

「何もないようでよかったぜ。っそうだ。そんなことより……スマホはあるか?」

「う、うん。多分? ほら、これ」


 探してみるとあったスマホをポケットから取り出し、鳥宮くんに見せる。


「その反応を見るにまだ弄ってないな、よし。ごめん、一回スマホ貸してもらうわ」

「えっ」

「いや、マジで必要なことなんだって! 俺に任せとけば大丈夫だからさ!」


 そこまで言うなら仕方がない。二人っきりの状況で下手に関係悪くなっても、うちが困るだけやろうし……。うちはおずおずとスマホを鳥宮くんに手渡す。


「っうし、ここら辺は共通なのか。後々合流することを考えると……いや、くそ。時間ねーのがきついな」


 何やらブツブツと呟きながらスマホを操作する鳥宮くん。


《日繰蒼》

《ジョブ:未選択》

《レベル:なし》

《スキル:選択不可》

《称号:なし》

《スキルポイント:1》

《無人島ポイント:100》


 のぞき込むとこの画面がどんどんと操作されていく。


《選択可能ジョブ:学生、写真家、人気者、山菜採り、帰宅部、美少女、料理家、専業主婦、方言使い、セラピスト、田舎者、アルバイター、居酒屋店員、カフェ店員、コンビニ店員、モデル、シスコン、陽キャ、倹約家、乙女、転校生、ダンサー》


「っ多過ぎだろ……び、びしょう……!? ……これでいこう」


 鳥宮くんはなぜか、うちには見えないようにスマホの画面を隠しつつ操作した。なしてそないなことするん。身長的に見えなくなってしまった。


《ジョブ:美少女》

《称号:始まりの美少女 の獲得。おめでとうございます! あなたは全てのユーザーの中で初めて美少女になりました!》


 何やらとんでもない操作が行われている気がする。何かのゲームなんかな? でも今、切羽詰まってやることちゃうやろ。ほんまに何しとるん鳥宮くん。


 どこか体調に変化が訪れたような……気のせいやろか、?


「ねぇ、なにしてるの?」

「今ちょっと余裕ねー。後で説明するから」


《スキルポイント:1》

《選択可能スキル:メイク 化粧 ダイエット 魅力 美貌 流麗 マナー 体型維持 演技 美声 人付き合い 人間観察 危機察知 毒耐性 熟睡 快眠 入眠 料理 アレンジ ダンス》


 ぽちぽちと操作が続く。


《危機察知 を獲得しますか?》

《YES/NO》


「これがあれば……よし」

「っは、ぁぅ……ん」


 背筋がピンとなる。


 な、なに? 頭ん中に変な感覚が……。思わず変な声が漏れてしまう。恥ずかしくて顔が赤くなってしまううちを、鳥宮くんは鼻の下を伸ばして眺めていた。キッと睨むと何事もなかったようにスマホに目を落とした。


 絶対、こうなること知ってる反応や。うちに何したん鳥宮くん。


《日繰蒼》

《ジョブ:美少女》

《レベル:0》

《スキル:危機察知》

《称号:始まりの美少女》

《スキルポイント:0》

《無人島ポイント:100》


「こんなもんだな。てんきゅ、蒼」

「……あ、うん。何したの?」


 電源を落とされ、スマホを返される。


 うち、あんまそういうゲームわからんからなぁ。妹と少しはマ○オカートとかはやるんやけど……。にしてもさっきの変な感覚はなんやったんやろか。鳥宮くんは教えてくれへんし……。もう。


「んー……ま、気にすんなって。それより、俺は勇輝と寧を探しにいく」

「気にすんなって……そもそも木原くんたちの居場所はわかるの? 一緒に飛ばされてるかもわからないのに……」


 うちの疑問も当然のものやった。どうしてこんな急に飛ばされた森の中で人の場所がわかるんやろか。はっ、もしかして……!


 思い当たった可能性に鳥宮くんとゆっくり距離を取る。急に距離を取られた鳥宮くんは不思議そうな顔だ。


「えw? どしたん」

「……ここに連れてきたの、鳥宮くんなのかなって」


 うちらをここに連れてきた本人なら場所もわかってて当然や! 気付かずに一緒に動いてたらどうなってたことか。妹と推理もの見てたお陰やな!


 どうにか隙を見つけて逃げなあかん。でも、隙ってなんや? どういうときなら隙って言えるん!?


「え__あ、あぁ! 違う違う! さっき説明省いたけど、スマホでスキルがもらえるんだって!」

「スキル?」

「そう! 特殊能力みたいなやつな! だから俺はそれを使って、勇輝たちの場所がわかるんだって!」


 スマホで特殊能力が貰える……?


「本気で言ってるの?」

「本気、マジのマジ! 本当だって! ほら、さっき危機察知ってスキルを取ってあげたから、危機がわかるはず!」


 そう言って鳥宮くんは近場の木の枝を手折り、うちの方に駆け寄って殴りかかってきた! ばかなん!? やっぱり口封じやんか! それっぽいこと言って、結局__


 危機察知が発動する。小さく嫌な感覚が鳥宮くんの木の枝から感じられて、うちの一番嫌な位置からしゃがむと、手からすっぽ抜けた木の枝がその位置を通り過ぎる。


 うちの頭の上を枝が飛んでいく。うちはそれを呆然と感じ取っていた。


「おお! すげぇ! な!? だから言ったろうが!」

「……ほんまなんか……んん、確かに本当だけど、女の子にいきなり物投げるのは良くないと思うな」


 伝えたいことはわかったが、決して女の子にやる行為ではない。いつも思ってたけど、鳥宮くんは気遣いのできない男、すなわちノンデリ男の気がある。


 ぎっと睨むと罰のわるそうな顔をして、


「ま、まぁいいじゃん別に。ほら、これでわかったろ? 俺のスキルならあいつらの場所がわかる。さっさと合流しようぜ」

「……うん」


 このすぐ誤魔化して、曖昧にしようとする性格がうちはどうにも苦手だった。都合の良い男はモテないことを知らないらしい。うちもそこまで詳しいわけちゃうけどっ。


 そうして走る鳥宮くんに軽々と付いていく十数分、既に合流していた木原勇輝くんと四十物寧さん。


 再会の挨拶を交わし、情報を交換し合う。


「みんな。僕はこの現状が、アニメで見たような状況だと感じている。航に日繰さん、スマホはもう見たか?」

「私は鳥宮くんに設定してもらったよ」

「あー、全部わぁーってるさ! そっちはスマホの設定はもうしてんの?」

「判断が早いな……いや、慎重に当たるべきだと考えてまだ弄っていない」

「ばっか! 他の人間より早く設定すると特典みたいなもんが貰えるんだぞ!」


 その事実は初耳だったようで、木原くんや四十物さんが急いでスマホの設定をしている。今更ながら、うち自分のスマホのことすらちゃんとわかってないんやけど……確認しよか。


《日繰蒼》

《ジョブ:美少女》

《レベル:0》

《スキル:危機察知》

《称号:始まりの美少女》


「なっ__!?」


 声が上がるのを抑えることができない。なんなんこのジョブとかいう項目!? うちが美少女!? これ最初設定されてへんかったよな!


「どうした? 日繰」

「……鳥宮くん。人に相談しないで、どうしてこんなことしたの?」

「あー、えーっと……許してくれよぉ! 俺のお陰で特典貰えただろ!?」

「なになに? どうかした?」


 気まずい表情の鳥宮に、無表情のうち。スマホの設定を終えた木原くんと四十物さんが気になった様子で口を挟む。


「ジョブ、みんなは何にした?」

「僕は生徒会長にしたよ」

「私は保健委員!」

「お、俺はムードメーカー……」


 普通のジョブでうらやましいことこの上ないんだけど。なしてうちだけ……。


 ほんと、どうしてこうなったんやろか。

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