DAY1 日操蒼、命を奪う瞬間を目にする。




「私、美少女なの」

「……? 確かに日繰さんは、その…か、かわいいと僕は思うよ」

「私もー! たまにすっごい綺麗に見えるときあるし!」


 怪訝な顔をする木原くんと四十物さん。さりげなくうちのナルシスト発言もフォローしてくれた。


「違うの。私のジョブが美少女になってるんだよね。誰かさんのせいで。ねぇ、これはどういうことなのかな? 鳥宮くん」

「なんだって? あぁ、そういえばさっき……まさか、鳥宮お前」


 集まる視線にタジタジになる鳥宮くん。


「許してくれよぉ! つい魔が差しちゃったんだって! 今のままでもかわいいのに、もっとかわいくなっちゃうのかなーってさぁ!」

「……褒めてもだめなことしたのは変わらないんだからね? 全く……少しくらい、説明があれば私だって考えたかもしれないのに、ひどいよ。もう遅いけどさ」


 軽い謝罪を受け、近場で途方に暮れていた赤い髪が特徴的な西村さんと合流してから本格的に何をすべきか木原くんは考え始めた。


「まず、状況を整理しようか。時系列としてはこうだ。6月12日木曜の5時間目、1時頃の古典の授業を僕たちは受けていた。そして授業中現れた謎の光が輝いたと思えば、スマホには無人島と表示されるこの場所に立っていたわけだ」


 ここまではいいね? と確認する木原くん。一同は静かに首を振る。まとめ役がいるって凄い安心感あんなぁ。勝手に決める鳥村くんとは大違いやで。


「スマホに表示された時間はどう考えても日を跨いでいるし、そもそもこの無人島の植生は見たことがないものばかり。少なくとも日本ではないことは確定している。そしてその中で使えるようになったスキルという特殊な力……まるでアニメの世界に迷い込んでしまったようだ」


 その通りだ。肌をチクチクと刺すような危険が、実はずっと感じられていた。何かが起こる気配がするけど、そう大きい反応でもない。


「僕たちはこれからこの謎の島で生き残らなくちゃいけない。そのためには、ここに連れてきたものが意図している通りならばスキルやジョブを上手く活用することが必要になってくるはずだ」


 うんうん。みんな首を振る。ということはうちの生命線は鳥宮くんに勝手に決められてしまったということや。ほんまに腹立つやつ。くっそー。


「ここでみんなのジョブとスキルを確認__っ、なんだ?」


 ピコン!


《緊急集団クエスト発生!》

《緊急集団クエスト:戦わなければ、生き残れない》

《クエスト内容:はぐれゴブリンの群れを全滅させる》

《討伐数 0/5》

《クエスト報酬:クエストアプリの開放、無人島ショップアプリの解放、5本の水入りペットボトル500ml、経験値:小》


 通知を見ると、身に覚えのない画面が表示されていた。


「みっ、みんな! 木原くんの後ろから危ない感じがする!」


 木原くんの後ろの茂みから、嫌な予感がひしひしと感じられる。鳥宮くんの木の枝なんて比べものにならないくらいに大きな危険。


 間違いなく、敵や!


「ぎゃぎゃぁ! ギャギャギャギャギャ!!!!」

「ギャギャァ!」

「ギャーッギャギャギャ」


 急いで後ろに振り向き、絶句する木原くん。現れたのは緑色の体色をした小さな子供のような生物。その顔はどこまでも邪悪で、特に女の子を見つめる様子は情欲に満ちあふれている。


 それが5体も現れた。


「なッ、く、くそ、なんなんだこいつは!? とりあえず僕と航が相手する! 女の子たちは下がって!」


 悲鳴のように避難を指示する木原くん。


「げぇ! 実際のゴブリンキモすぎだろ! ちょ、これ相手にしないといけないのかよ!?」

「仕方ないだろう!? ここまで近づかれたら、逃げるのなんて不可能だ! 戦うぞッ!」


「ぎゃぎゃぁ!」


 悲鳴を上げるのを必死にこらえて、後ろに下がる。イノシシみたいなもんなんかな!? うちに何かできることないやろか!


 そうして数分が経つ頃には、息も絶え絶えな木原くんと鳥宮くんがそこに存在した。


 倒れ伏したゴブリンは、痛みに耐えるようにうめき声をあげながらこちらを睨んでいる。


「……なんというか、僕の思っていたよりもゴブリンという生き物は危険ではないのかもしれない」

「何いってんだよ。俺たちならともかく、女の子相手ならこいつらもそこそこ脅威だろーが」


 彼ら2人のコンビは強かった。迫るゴブリンを下手くそながらに蹴り飛ばし、木の枝で顔を叩いて蹴ったりした。殴ったりしないのは触りたくないからだろう。慣れない暴力に顔色が良くない。


 うちを含めた女の子3人は生々しい暴力の光景を見て、密かに気持ち悪くなっていた。


「そ、その、そこまでやらなくてもさ? いいんじゃないかなーって、うち思うんだけど」


 西村さんが声を上げる。いつもの威勢の良い声も今はその威勢の良さを失っている。無理もない。目の前に居る2人はここでは対抗しようもない暴力を持った存在なんだから。


「なに言ってんだよ。まだこいつら、死んでねーんだぞ? クエストを達成するにはこいつらを殺さなくちゃいけない」

「こ、殺すって! 一応そいつらだって生きてるんだしさ! かわいそうじゃん!」


 必死な様子で言葉を続けている。うちと四十物さんは顔を青くして声を上げる余裕もない。彼らとゴブリンが戦う様子はまるで虐めだった。


「んなこと言ったって、こいつらは俺らを殺しに棍棒振り回してんだぞ!? 俺が守らなきゃお前らだって死んでた! ッいって、はぁ!? くそ、しねよ!」


 弁解する鳥宮くんの足下に倒れるゴブリンが、弱々しい力で制服の上から足に噛みつく。急いで振り払い、顔に蹴りを入れる鳥宮くん。


「……きっと、このさきこういう場面がたくさん出てくる。もしここで生き抜かないといけないなら、僕たちは何かの命を奪って生きなきゃいけないんだ」


 静かに語る。妙なカリスマ性が周りの人間に耳を傾けさせる。


「__僕がやるよ。言っておくけど、僕だって殺したいわけじゃない。今も呼吸をして、心臓を動かして、こっちを見つめてる生き物を、僕たちは生きるために殺さなくちゃいけないんだ」


 よく見れば木原くんの腕が震えている。顔も真っ白だ。生々しい肉を蹴る感触。本気で命を奪いに来る外敵との戦闘。見てるだけのうちらとは違って、ダイレクトに命を奪う感覚に苛まれたことだろう。


 優しい木原くんは、それでも歯を食いしばって殺す決意を持とうとしている。


「今すぐにわかってくれとは言わない。僕だって飲み込みきれてない。でも、現実は待ってくれないんだ。僕が先陣を切る。みんなの心の準備ができるまで、僕がみんなを守るよ」


 そう言って木原くんは、震える身体に力を入れて、近場の石を拾う。


 人として、現代社会に生きる倫理観が生き物を殺めることを制止する。小中高、ずっと習ってきたことだ。生き物を殺すことは良くないという固定観念がその手付きを鈍らせる。


 そして、石をゴブリンの頭に__


ギャギャやめてギャギャギャァころさないで


 ぴたり。


 木原の動きが止まる。


 ゴブリンの言葉がわからない木原たちにとっては、意味を成さないただの鳴き声のはずだった。だが、なぜか木原たちの耳には不思議と命乞いをする哀れな言葉として聞こえてしまった。


 止まってしまって当然なのだ。16年間染み付き続けた殺しのブレーキ。


 人としての良識。この無人島を生きる第一の壁が木原勇輝という人間を試す。


 浮かび上がった汗に、震える体。それでも木原くんは呼吸を早め、


「う、ぅぁ、うぅぁぁぁあああ!!!???」


 止まってしまった振り上げた腕を、絶叫とともに振り下ろす。


 ぐちゃぁッ!


「き、きゃぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 隣で悲鳴が上がる。西村さんだろう。うちはというと、実は真っ青になりながらもどこか冷静になっていく自分を感じていた。うち、なんでこんな気持ちになってるんやろ。


 昔見たことある気がすんねんけど、何で……あぁ、そや。おじいちゃんと山とか、海に行ったときや。釣り上げた魚を、締めるのと同じなんや。この光景は。


 過呼吸になって、自分の手を見つめて気持ち悪くなって、その場で吐いている木村くん。人のために、そこまで決意を持てるところにひどく感心する。


 やっぱ生き物を嬉々として殺せる人間なんて居らんねん。そんな人間は頭のどこかが壊れてる。


「うぇ、何吐いてんだよー……くそ、俺だって気持ち悪いけど、やってやる! う、うおおおお!」


 そして、男の中で自分だけビビってるのが嫌というだけで安易に殺す決断をする鳥村。ある意味で、鳥村という男は今頃ゴブリンを尾行しているチビデブスと似たような性質を持っているのかもしれない。


 即ち、殺せる側の人間ということ。


 ごしゃ。


 飛び散る脳髄。汁が飛び散り、そして黒い霧に変わる。


 え__?


 木原くんと鳥宮くんの殺した死体が黒い霧へと変わり、そして消えた。


「なん、だと、? う、ぉえッ、はぁ、はぁ……」

「___黒い霧に、なった……!」


 ピコン! 2人のスマホが通知を鳴らす。


 無人島生活は始まったばかりだった。


 



 



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