第13話 厨二病、大森林を発見する。




《ダンジョン攻略報酬:水入りペットボトル500ml、スキル:土隠れ を獲得しますか?》

《YES/NO》


「NOと言える日本人に、俺はなりたい」



 大河はそう言い、高まった心の状態を落ち着けようと深呼吸する。じっとりと、頬から流れていた血の存在に今更気が付いた。


 8回のレベルアップにより溢れ出る力の感覚。今の大河は片手で軽々と無貌の旋律プロテウスを振り回す事ができるようになった。


「……っふぅ。今しばらくは、ここで休憩するとしよう」


 大河は土の壁にもたれ座り、目を閉じた。






★■★■★■★■★





 数分後。


 地面を踏み締め、元気にラジオ体操を踊る小デブの姿があった。踊り跳ねる脂肪の疾走感はいつも通りだが、しかし明らかに垂直跳びが高い。


 息一つ切らさず踊り切り、ニヤついた顔でレベルアップの恩恵をひしひしと感じている大河だった。


 今しばらく休憩するという言葉は何だったのか。やはり聖大河という生き物はダチョウとタメを張れる高度な脳みそを持っているらしい。


「いち、にー、さん、しー……ふぅ。さて、帰るか。拠点にて報酬を受け取らねばな」


 本当はもう少し休もうと思いはしたが……如何せん、数分休めば体力が持ち直してしまった。我ながら化け物じみたスタミナ回復速度だ。称号による疲労回復速度の向上がここまで効果を発揮するとは、嬉しい誤算である。


 大河はレベルアップで膨大な痛みが生まれることを空っぽの脳みそで忘却し、意気揚々と白い空間の裂け目に手を伸ばした。





★■★■★■★■★





「……ほう」


 さっさと帰還した大河。時間もそこそこ経過しており、お昼すぎくらいの時間帯になっていた。


 燦々と輝く太陽を忌々しげに睨みつけ、「光の王を僭称するか、"太陽"。だが今に見ているがいい。この俺が〜〜〜!」とぺちゃくちゃ喋りながら歩いていたが、それも己の拠点を目撃したことで終わる。


 無表情になった大河はゆっくりと鳥籠拠点に近づき、注意深く観察した。


 屋根となる大きな葉の数が増えている。それに微かに何者かに踏まれたように凹んだ草……


 誰かがここにやってきたな? それも屋根の葉が増えているということは……おそらく触ってバラバラに崩れでもしたか? それを直そうとして外観を整えたと。


 大河は初めての拠点作りで、既にこの鳥籠拠点に愛着が湧いていた。使った葉の種類と数など朝飯前に答えられる。


 中の焚き火を確認すると、特に問題はない。葉っぱを掛け、隠したダンボール箱も以前の記憶とそのままだ。これはまだ漁られていないな。良かった。


 とりあえず鳥籠拠点の中に座り込み、焚き火を維持する。茹だりそうになった思考を落ち着かせ、今後どうすべきか大河は考え始めた。


 おそらく俺の拠点を見つけたのは俺の飲み水やカロリーファイトを奪った人間ではない。今の俺の拠点に残された痕跡からは日本人らしい遠慮を感じる。中を軽く探せばダンボールの箱も見つかるが、見つかった形跡がない。ということはこの拠点を見つけた人間は鳥籠拠点の中に入っていないということ。


 良かったぜマジで。もう1回集めた物資を盗まれたら俺はもう人間ぶっ殺してたかもしれねぇ。


 ダンボールの中には俺がコツコツと集めていた3本の水入りペットボトル500mlに、250mlの空のペットボトルが存在する。


 そこにダンジョン攻略報酬の500mlが2本追加されるわけだ。うほほ、水富豪にまた1歩近付いたな。


 サバイバルでの生活は如何に水を常備できるかに掛かっている。多分。そんな気がする。


 現状、一方的に何者かに場所が割れてしまっているわけだが……初日にして物資をいけしゃあしゃあと盗む輩も居る。


 今は日本人らしい遠慮を持った心を保っている人間も、そのうち余裕がなくなるか、もしくは周りに感化されて盗人猛々しくなるはずだ。


 数々の経験から、大河は基本的に他人を信用しないことに決めている。


 「二日目にして愉快なお引っ越しパーティと行くか? だが水源はどうする……確か、小川の上流には分岐前の大きな川があると聞いたことがあったような……あの小川の上流を探ってみるか」


 どんどん脳内でやることが形を成していく。海岸の上空を眺めれば、あげられた煙がか細く存在していることがわかる。まだ来もしない救援を待っている愚か者が多く居るようだ。


 力には責任が伴う。


 きっと俺の力を知れば、有りもしない責任を追及してくることだろう。強いんだから助けるのが当たり前。自分にとって都合の良い願望を押しつける馬鹿が世の中たくさんだ。


《ダンジョン攻略報酬:水入りペットボトル500ml、スキル:うさぎ飛び を受け取りますか?》

《ダンジョン攻略報酬:水入りペットボトル500ml、スキル:土隠れ を獲得しますか?》


 全部イエスで。


 青白い光と共に物資が出現する。空中で軽くキャッチし、大河はいそいそとダンボールの中に2本の500mlペットボトルを隠した。


 身体に宿ったのはうさぎ飛びスキルと土隠れスキル。ダンジョンを攻略するとスキルが手に入るのか? うーむ。まだ三つしか攻略していないから推測にしかならないな。それに称号効果で攻略報酬の質が上がっていることもあるし、比較もできそうにない。


 まぁいいか。


 宿った力を確かめるべく、大河は小さいお肉ボールのように身体を縮め、うさぎ飛びを実行した。


「__ほぁッ!?」


 盛大にビビりながらも、大河は自分の身長の3倍は跳躍した。跳躍方向にある樹木にギリギリ足から着地し、そのままへばりつくことで重力による地面との衝突をキャンセルした。


 ゆっくりと、コアラが木から下りるように元の場所に戻る。


 こ、これが玉ひゅんというやつか……にしても圧倒的跳躍力だ。普通にジャンプしてもああはならない。うさぎ飛びという限定された行為だからこそ、あそこまで効果が高いのかもしれない。


 とりあえず怖くなった大河はあまり使わないようにしようとダチョウ並みの頭脳で決意した。


 続いては土隠れ。


 スキル発動の感覚は既につかんでいる。才能値+20の恩恵は凄まじい。


 発動すると、大河が薄く透けていく。しかし一定のラインで透明化が止まり、微妙に透ける小デブスがそこに存在した。きっと生前何かやり残したことがあるキモ霊の一種だろう。南無阿弥陀仏。


「……ほう。面白い。一般的に土と判別できる物質が存在する場所であれば、どこでもスキルを発動できるというわけか。地味に有用なスキルだな」


 大地と溶け込むように大河の気配が色を変える。無敵インビジブルのスキルセットに一つ追加と行こうではないか。くく、空気スキルにより大気と一体化し、土隠れスキルで地面とも一体化する。


 もはや俺の存在は自然と合一したと言っても過言ではない。


 この俺を捉えられると思うなよ? 世の凡夫ども。ふははは!


 実際強力なスキルコンボだ。現在、ユーザーの中でここまでスキルの扱いに熟達したものは大河を除いて2人くらいしか存在しない。


 スキルの確認を終えた大河は小川の上流を探索してみることにした。俺が生きやすい環境であれば良いのだが。






★■★■★■★■★






 邪魔な枝葉を切り落とし、颯爽と進み続ける大河。鬱蒼とした森をひたすらに小川を追いかけ進んでいく。


 奇妙な色合いのキノコや、リスなどの小動物。ほかにも数多くの命の鼓動を、大河は掌の万象ジ・オールにて感じ取っていた。なぜか嬉しい気持ちで息を吸う。


 子供の頃をどうにも思い出すな。あの頃は人間社会の厳しさを知らず、ある意味で最も純粋に生きていた時代だった。偏見や価値観に縛られない、等身大の1人の人間として遊び回っていた記憶。


 ざ……ぁ………ざぁ……。


「ほう? この音は……俺の読みが当たったかッ! く、くはははは!!」


 耳に入り込んできた清らかなせせらぎに、思わず駆け出す大河。小川をたどっていくと、そこには大きな川が流れていた。


 水面に光が反射し、自然の持つ素朴な美しさが静かに流れ続けていた。


 川中を覗くと、大きな魚や小さな魚。ザリガニのような生き物に明らかにやばそうな顔をしたデカい魚が居る。


 あ、こっち見た。やっほ__


「ぬぉぉぉぉッ!!???」


 水面から飛び出してきた水の槍を、どうにか避ける。飛んできた方を見ると、あのやばそうな紫の魚が水面から顔を出してこちらを眺めていた。


 絶対にあいつ。もうわかる。俺にふざけたファンタジー丸出しの攻撃を仕掛けてきやがったのはあいつだ。くく、だが種が割れてしまえば……遠距離攻撃手段ないんだった。川中に潜ったところで対抗するのは不可能。


 くそが。世の中なめ腐った顔した魚相手に、この俺が引かざるを得ないとはな。


 じっくりと目を合わす。


「ふん。自らのフィールドから出ずに、冷静に、一方的に狩りを全うしようとするその精神は気に入った。ウォータースピアフィッシュ__いや、スピッシュと名付けよう。貴様はそのうち俺の晩飯にしてやる。せいぜいそれまで生きるんだな」


 ニヒルに笑い、またしても飛んできた水の槍を剣で打ち払う。


 べしゃぁッ!


 べしょべしょになった大河は薄く笑い、なぜか清々しい気分で更に上流へ向かった。強く生きる生物の力強さを感じ、浴びた水のお陰で涼しくなった大河の足取りは軽い。 


 ちなみにめちゃくちゃ粘着され、度々水の槍が飛んでくる。しかし大河は全て避けるか、暑くなったら剣で打ち払い涼を取って利用していた。


 軽々と十数キロも移動しきった大河は、大きな川の更に上流を辿っている。すると見えたのは、明らかに巨大になっている樹木の姿だった。レベルアップの恩恵を強く感じる。


 線が引かれたように、そこを境に植生がガラリと姿を変えている。巨大な木に、巨大な植物。木と木の間にかなり間隔が空いている。大きな川はそのままのようだが、何か人為的な要素を感じる。


 掌の万象ジ・オールを意識すると、膨大な数のモンスターがこの先に犇めいているのが感じ取れた。


「……なるほど。これまでのエリアはチュートリアル。ここから先が本番というわけだな? それにこの木と木の間隔……おそらく巨大モンスターがこのさき現れるための環境設定と見た。名付けるなら、そうさな……大森林ザ・フォレストと言ったところか」


 ボスの巨大ウサギなんかも余裕で移動できるこの距離感。


 とりあえず引き返し、大森林エリアから1キロほど前の地点を探索する。この辺りなら植生も前の拠点とほぼ変わらないし、上手いこと作れそうだ。


 問題は周囲に湧くモンスターか。大森林とまでは行かずとも、ここもそれなりにモンスターの気配が存在する。寝込みを襲われては困るが、まぁそこは罠か何か用意して……。


 いや、違うな。半径1、いや2キロ。大きな川と大森林を除く範囲の全てのモンスターを軒並み駆除してやる。一方的に場所がわかっているんだ。こちらから出向いてやるぞ、モンスターども。


 まだぶさいくな豚さんが、凶悪な笑みを浮かべていた。


「全てはこの俺の快適な無人島生活のために」


 大河はスマホを弄りたい欲を抑えながら、早速引っ越しの準備を開始した。


 

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