第12話 厨二病、更にチートになる。




「……っふぅ……これで10か。レアモンスターが出やすくなってるらしいが……中々出ないものだな」


 両断した角うさぎの身体に背を向け、剣をブンッと振る大河。血が空中で黒い霧に変わり、黒い煙が弧を描く。


 大河は出る敵全てを一撃で葬っていた。初見では獣特有の動きに惑わされていたが、2週目となると流石に対応できるようだ。


 角うさぎたちが飛び出したことで土煙が舞い、服が汚れている。まぁ汚れると言っても麻の服なので、そこまで抵抗がある訳でもない。これが制服だったら嫌だったな。


 大河は服についた土を落とし、洞窟の最深部へと目を向けた。


「さすがに二週目となると余裕だな。すべてが透き通って見えるわ! くははははは! さぁ、休憩は要らんな? 相棒。往くぞ」


 高笑いを挟みつつ、大河は黒き剣を片手に、意気揚々とボス部屋まで侵入する。


 一週目のボスは巨大な角が生えたうさぎだった。巨体ながらに素早く動くが、行動自体は普通の角うさぎと変わらないので、動きを見切られ倒されてしまった。大河は今回もボコボコにしてやろうと余裕を見せている。


「__? いないだと?」


 ボスが居ない。巨大な土のドームである戦闘空間を見渡しても、ボスとなる巨大うさぎの姿がない。怪訝に思った大河は無貌の旋律プロテウスを握りしめ、ボス部屋を注意深く徘徊しようとする。


 何が起こっている? 角うさぎとかの通常モンスターは湧いていたことから、おそらくダンジョンが初期化されず、倒されたままであるということはないはず。


 考えながら、土の壁を軽く叩いたりして隠し部屋がないか探ってみる。天井を眺めてみるも特に何もない。気配も感じ取れないようだ。


 うーむ。やはり居ない。これではダンジョンをクリアできそうにないな。一旦帰って、もう一度入りなおしてみるか? もしかしたらボスモンスターが復活するかもしれない。バグのようなものだと見た。


 大河はそう結論付け、ボス部屋に背を向ける。地面を見つめつつ悠々と歩き始めた大河はあることに気付いた。


「……にしても足元が妙に暗い。ダンジョン内は明るかった気がするが」


 瞬間、大河の脳裏に走ったイメージ。それはモンスターをハントするゲームの紹介ムービーだった。こういうときに隙を見せる小型モンスターは気づけば近づいていた大型に狩られ__


 即座に無駄に素早く回避を繰り出す大河。日頃の無意味な厨二病行動。


 ドゴンッ!


 小太りの身体がぽよんと避けたスペースにまん丸と大きな影が土煙を上げ、着弾した。無意味な習慣はしかし、今回だけは意味があったようだ。


「ぬぉぉぁ!? まさか本当にッ!? ふ、ふふ。我が勘はすべてを見通すッ!」


 土のドームの天井から降り注いだ巨大な存在の正体を見破る。土煙が晴れるとともに、一気に突っ込んでくるそれ。


「きゅぁぁッ!」

「ゴールデンラビッツッ!? まさか、ボスがレアモンスターなんてことが有り得るんか!?」


 黄金の毛皮。捻じれた角がピカピカに輝き、鋭利な先端が大河を狙う。今までの角うさぎとは一線を画したその速度に、剣による弾きが間に合わず頬を角がかすめる。


 余裕がなくなると言葉のキャラ付けが間に合わなくなる大河。


 ぎりぎりのところで回避した大河だったが、わずかに頬を切り裂かれた。少し血が垂れた顔で、大河は冷や汗を流す。


 馬鹿速いんだけどマジで言ってる? というかさっき俺天井確認したよな?


 剣を構え、先ほどの速度で突進されても大丈夫なように黄金の角うさぎの仕草を観察する。突進の勢いで舞い上がった土埃が鬱陶しい。


「__は? ……マジで言っとるん……?」


 目の前の異様な光景に、思わず大河は顔が引き攣るのを抑えることができなかった。


 ゆらり。


 巨大な黄金の影が揺れ動き、その姿が舞い上がった土埃に消える。数秒ほどでついに黄金のボスうさぎの姿が掻き消えてしまった。ボス部屋に残るのは舞う土埃に小デブスの姿のみ。


 かなり嫌な予感がしてきた大河。


「貴様……先に姿が見えなかった理由はその力が故かッ!」


 先ほどの天井からの不可視の奇襲。それはこの黄金うさぎの持つ擬態能力によるものだったようだ。


 接頭辞付きレアボスモンスター:土隠れの角金兎つのかなうさぎ。その特筆すべき能力は土が存在する空間にて、高度な擬態能力を持つことである。突進により巻き上げた土埃に紛れ、背後から一撃必殺の黄金の角刃にて敵を屠る。


 不味い、不味いぞ? 正直透明化なんて、そんなファンタジー丸出しな能力はもうちょっと後の方に出てくるもんだと思ってた。どうする?


 警戒するも、その存在の痕跡を掴むことはできない。ここはすでに狩場と化しているのだ。戦場の有利は、環境の熟知は相手が俺より勝っている。


 考えろ。


 こういうとき、不可視の敵の痕跡を見つける方法は__


 注意深く観察すると、揺れ動く土煙の存在に気付いた。何かに掻き分けられるように蠢いているのがわかる。鈍く、小さいが微かに足音も聞こえる気がする。


「……見えぬ敵にどうすれば良いか。それは数々の先達によって議論され、対策されてきた。ふっ、黄金兎よ。貴様の透明化インビジブルの攻略法は既に思いついているッ!」


 まだ。


 まだだ。


 まだ来ない。


 まだ__膨張する敵意。来るッ!


 気配に応じて転がり、突進を避けた後に巨大な風圧が遅れてやってくるのを感じる。


 大河は土塗れになりつつも、己の読みが当たっていることを確信した。


 微かな土煙の揺らぎ。注意深く耳を澄ましてようやく聞こえるか聞こえないか、その狭間の足音。


 とてもじゃないが反応しきれない。己の周囲への感覚や戦闘への慣れが足りていない。集中して、黄金兎の痕跡を感じ取れた頃には俺は串刺しになっている。


 だから大河はそれらの情報を気にしないことにした。


「ふッ、ふはははははッ!!!! やはりか! 貴様、透明化インビジブルはそのままだが、攻撃の瞬間だけ気配遮断が途切れるようだなァ!」


 周囲の環境に溶け込む気配。大河が先ほど、頭上からの奇襲に気付けたのは偶然ではなかった。透明なのはそのままだが、一瞬漏れ出た敵意に掌の万象ジ・オールが反応していたのだ。


 故に大河が取ったのはカウンター戦術。攻撃の瞬間だけ露わになる黄金兎の気配を感じ取り、そこに迎撃を放つ目論見だ。


 掌の万象ジ・オールが反応する。


「ッ、ここだな!?」


 背後からの攻撃をまたしても大河は回避する。


 静寂の狩場に、適応したノイズが現れた。


 だが依然、状況は好転したとは言い切れない。発生する気配に、角うさぎの攻撃パターンを当てはめて辛うじて回避している現状。


 透明化がここまで厄介とは思わなんだ。大河はそう思わざるを得なかった。


 攻撃の瞬間がわかったとして、どんな攻撃が来るのか山勘を張るしかないのだ。仮に大河の体力が無限だったとしても、負けもしないし勝てもしない。カウンター戦術するにもリスクが高すぎる。


 転がり、ぎりぎりを回避しながら大河は悔やんでいた。


 ここに来る前に気配察知のレベルを上げておくべきだった。2レベルも上げれば、きっと気配の輪郭を捉えられたはずだったのに。


 攻撃の範囲から逃れることで今は生き延びているが、姿がわかれば攻撃への対応も変わってくる。弾くこともできたはずだ。厄介な透明化さえなければなァ!


 必死に避け続けているが、事態が好転することはない。このままじわじわ体力を削られ、一瞬足取りが鈍ればそのまま即死。何ともクソゲーだ。ボスモンスターがレア化するとこうなるのか。


 迫る死の間際に、気付けば大河の頬は引きあがっていた。つい数日前には考えることもしなかった、命の獲り合いの感覚。明らかに異常な攻撃手段に、興奮する心が抑えられない。


「__どうせ、このままいけば嬲り殺されるのが目に見えている。なれば、たまを掛けた大博打と行こうではないかッ!」


 吹き出るアドレナリン。生命の危機に適応せんと、大河という生命に眠った本能が蠢く。


 地面を転がり、汚れた顔面で宣言する。己以外が見えぬ静寂を大河の叫びが侵食する。


 微かな攻撃の予兆。幾度となく避けてきた不可視の攻撃を、震える身体を無視して待ち構える。もう間に合わない。攻撃の範囲外へ逃れることはできなくなった。


 これでいい。薄く汗が滲むテカテカの顔で笑みを浮かべ、大河はこれまでの角兎の攻撃手段を思い返す。


 突進により急接近したのち、確実に殺すために軽く跳躍して頭部の貫通を狙うんだろう?


 土煙が揺れ、大河の耳にも届くほどの踏み込む音が鳴る。


 勝負を決めに来たのはそっちも同じか。


「秘剣__」


 妙に落ち着いた思考で大河は気配の方向へ剣を振り上げ、そのまま静止する。


 大河の白く染まった頭の中には何も残っていない。脳内に響くのは、命の律動を刻む心臓の音のみだった。開いた瞳孔は宙を捉え、透明と化した黄金うさぎが迫る。


 静寂を踏破するひときわ強い踏み込みの音。食らえばミンチが確定する爆発的威力が生み出され、


「因幡墜としッ!!!」


 倒れ込むように振るわれた黒き剣は弧を描く。大河の中に眠る劔の導きが明滅する。


 砲弾と化し、迫る不可視の巨体を大河の剣が切り裂いた。


 ドゴンッ!


 大河の頭上を角金兎が凄まじい勢いで通り過ぎる。


 透明な液体が大河に一瞬降り注ぎ、そしてそのまま土壁から大きな音が鳴り響いた。濡れた手元を見ると、透明な色が徐々に赤く色付いていく。


 血液の透明化が解けた。ということは……


 黄金うさぎの突進の方向を見ると、土壁に突き刺さった黄金のうさぎの巨大が見えた。


「……ふぅ。勝った。勝ったぞ。勝ってやった。不可視の化け兎相手に、俺がッ! ふは、ふははははははははッ!!!! 天上天下、この俺のみが頂点よッ! ちょいとひやっとしたが、その恐怖すら俺は乗り越えたのだッ!」


 静寂を大河の高笑いが支配する。どくどくと唸り声をあげる心臓を抑え、不敵な笑みを浮かべる。油ギッシュなデブの調子に乗っている姿はどうにも腹立たしい。


 しかし、またしても大河は格上を打倒した。


 レア化したモンスターのランクは大幅に上昇し、GランクならばEランクに繰り上がる。ボスはダンジョンランクの一つ上のモンスターなので、土隠れの角金兎はDランクのモンスターとなる。まともに戦闘が成立するレベルの下限は20と言ったところか。


 本来、角兎に完全に透明化する能力はない。しかし、レア化に加えて、土隠れという接頭辞がついていることで土への擬態能力に大きな補正が掛かったのだ。


 角兎系統のモンスターの耐久力が低いことに加え、レア化による黄金化で耐久力の低下の重複。更にプラスして土隠れの接頭辞がついたことで、更に耐久力が低下した結果が合わさった奇跡の豆腐防御のおかげで大河は勝つことができた。


 レア化の一つである黄金化は攻撃と速度に大きな補正を掛け、更に隠密に補正を掛ける。また気配にも敏感になり、バカげた攻撃力を携えて高速で襲い掛かる悪夢となるのだ。


 膨大な量の称号による補正、《神童》《劔の導き》、無貌の旋律プロテウス、天才的戦闘センス、そして狂気の賭けを正気で行う大河のぶっ飛んだ頭が呼び寄せた奇跡の勝利だった。


「……感謝しよう、ゴールデンラビッツ。貴様のおかげで、俺はもう一つ上の領域へと踏み込めた」


 肩で息をしながら、大河はスマホをおもむろに取り出した。


 シュワッ。


 こびりついた血液が黒い煙となって消え、壁に突き刺さったままの巨体も消えてしまった。



《レベルが上がりました!》

《スキルポイントを3獲得しました!》

《初期ジョブのクラスアップが可能になりました!》

《レベルが上がりました!》

《レベルが上がりました!》

《レベルが上がりました!》

《レベルが上がりました!》

《レベルが上がりました!》

《スキルポイントを3獲得しました!》

《レベル:9→15》

《称号:希少種狩りレアモノ・ハンター を獲得。おめでとうございます! あなたは全てのユーザーの中で初めてレアモンスターを討伐しました!》

《称号:動じぬ者 を獲得! おめでとうございます! あなたは全てのユーザーの中で初めてレアボスモンスターを討伐しました!》

《称号:噂のあの人 を獲得。おめでとうございます! あなたは全てのユーザーの中で初めて接頭辞付きモンスターを討伐しました!》

《称号:オオモノを狩る者 おめでとうございます! あなたは全てのユーザーの中で初めて接頭辞付きボスモンスターを討伐しました!》

《称号:奇跡の不運アンビリーバブル を獲得。おめでとうございます! あなたは奇跡的な確率で、接頭辞付きレアボスモンスターと遭遇しました!》

《称号:奇想天外の征伐者 を獲得。おめでとうございます! あなたは見事死の運命を覆し、接頭辞付きレアボスモンスターを討伐しました!》



 によによする顔を、大河は抑えることができなかった。


「接頭辞付き……? レアに加えて、何か特別なモンスターだったのか。……接頭辞付きレアボスには、初めて討伐の称号は無いんだな……くそぅっ」


 大河は強欲だった。

 


 

 


 


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