第10話 厨二病、イージーモードを自覚する。



 夜闇の中、生い茂る樹木の枝葉を払い進む大河。静まり返った森はどこか不気味な雰囲気を醸し出している。たまに聞こえる何かが動く音や、鳥の鳴き声がする。


「……さむいな」


 零れ出た弱音をそのままに、大河は拠点へと帰還を果たそうとする。


 暗き森の中に、輝く月光の糸が幾つも点在している。薄闇に蒼く燐光を放つ蝶々が飛んでいるのを見て、大河は疲労困憊ながらも感動していた。


「……我が眷属に相応しい美しさよ」


 厨二心が刺激され、魅了された危ない目付きで蝶々を眺める大河。豚に真珠とは正にこのことである。


 大河に相応しいペットはきっとダンボールで作られたチャウチャウか、ペットボトルくらいなものだろう。


 歩きつつも、枝葉の隙間から差し込む月の光を見ていると思い出すことがある。


 大河は夜空が好きだった。


 ある夏の日。祖母の家に泊まり込みで遊びに行ったとき、幼き大河は初めて見る膨大な星の光の数々に目を焼かれた。夜空を輝かせる星々のヴェールがどうしようもなく美しかったのだ。


 かと言って星座を覚えるわけでもないのが所詮大河という男の限界だった。


 まだ夜空すら満足に見れていない。拠点に辿り着くことができれば、木々が開けていることもあり、満天の星空を見ることができる。


 大河は薄く浮かんだ考えに微かに笑みを浮かべ、更に歩むペースを早くした。







★■★■★■★■★







「……こ、れは……さしもの俺も予想外だな」


 夜空の星が輝く。宙より星光が降り注ぎ、辺りはかなり明るくなっている。


 拠点に辿り着いた大河は空を見上げ、頬を引き攣らせていた。


「知らぬ星、知らぬ星座、知らぬ月__ふっ……良いだろう。ただの無人島ではないということだな? 異世ことよに存在する謎の島……悪くない」


 蒼白く輝く大きな月。なんか月光青くね? と薄々思っていたが、まさか本当に月が蒼いとは大河も思ってはいなかった。星座もまともに覚えない大河はノリで言っているが、それは核心を突いていた。


 引き攣った表情をそのまま、大河はその瞳に天の川銀河すら越える量の星の輝きを写す。


 スケールの違いだ。


 地球上のどこかにある謎の無人島に居るのだと思っていたが、実際はどこの宇宙にあるかもわからない謎の無人島だったのだ。


 何故か見覚えのある北極星っぽいやつもあるが……というかここが謎の惑星だとすれば、なぜ俺は死んでいないのか。


 大気の組成が数パーセント違うだけで生物には劇毒になることもあるらしい。SFもので見た。


 ご都合主義はあまり好かんが……スマホをちらりと見る。今更か。


 作り上げた拠点の位置を確認すると、消えかけてはいるものの、しっかりと燻っている焚き火に草でカモフラージュしたダンボールの箱が確認できた。


 今回は誰に奪われなかったようだ。重畳だな。


 大河は無貌の旋律プロテウスを上手くそこら辺の草葉で包み、火の番をしつつ寝ることにした。草が生えた地面にそのまま倒れ込む。


 静寂を聴く。


「毛布ほしいな……そう思わぬか? 相棒よ」


 黒き剣は薄闇に輝くのみだった。








★■★■★■★■★







 大河が寝始めて数時間しない頃。


「すぅ、ふがっ……すぅ____カッ、はぁ、フッは、ぁぁぁあ!? なにッ!? い、痛い痛い痛い! 何マジでぇぇぇぇえ!!!!??」


 極度の疲労に、夢を見ることすら許さぬ熟睡を謳歌していた大河。可愛くないチャウチャウの寝顔はどうにも見苦しい。涎も垂れている。体勢が悪いのか自然と口呼吸にもなっている。


 しかし、突如発生した全身に走る激しい痛みにより、大河は微睡む意識を叩き起された。


 目やにが溜まった目を無理やり開くも、そこにはパチパチと爆ぜる焚き火に暗闇があるだけ。


 身体の中の筋肉が、骨がうねるように動き、賦活し、形を変えていく。


 ばぎ、ごぎ、ぼぎん。がぎゃごぎぃぃ。


「あ、あかん! 人の身体から出てもうたらあかん音でとるぅぅぅ!! 何が起こってッ、ふぐうぁぁぁぁ!!! イテェェェ!!!」


 深い闇に大河の汚い悲鳴が響き渡る。鳥が騒めき、夜に舞う鹿は「きも……」とでも言いたげな微妙な表情でどこかへ消え去った。


「あぎゃぁぁぁぁ!!! 何でぇぇぇぇ!!?? あの白い虫か、あの虫のせいなのか!? ほッ、ほぉぉぉお?! くッ、殺せぇぇ!」


 くっコロデブが汗を垂らし、うねうねと蠢いている。くねり、必死な形相だ。見苦しい。


 マジで痛ぇ。この俺に一体何が起こっている!?


 どこが痛いとかじゃない。どこかしこも、全身全てが痛い。まるで全身を細胞から、一から作り変えているような圧倒的痛みッ!


「ぬぉぉぉぉぉぁぁぁぁ!!!! 負けぬぅ、負けんぞ俺はァッ!」


 現在、この無人島において最も大きな痛みを感じているおデブが泣き叫ぶ。負けないらしい。


 く、くぅぅ、肉離れレベル100万のような痛みよッ!!!


 この痛みの原因は断じて白い芋虫を食したことによるものではない。


 大河が不具合グリッチにより獲得した称号:進化の胎動セフィロト・ウォーカー。この効果により大河はレベルアップの際に生物としてより上位の存在へと進化する。


 1時間以内のスタートダッシュクエストをクリアした者は、称号:進化する者フロントライン・ウォーカーを獲得する。この効果も生物として進化するものであるが、大河の称号よりは変化の度合いが低い。


 知る由もないが、大河を除いたユーザーの最高レベルは3である。


 現在の大河のレベルは7。


 初日に都度7回に渡るレベルアップを重ねた大河は、生命の樹になぞらえて作られた称号により7回分、身体が一から作り替えられる苦痛を味わっているのだ。


 がぎゃぼぎぃん!


「ぎゃぁぁぁぁッ!!!! 顔から、今ぁ! 顔から音出たってェッ!!! どないなってんねんマジでェッ!」


 より痛みが強まる。


「ぃぎゃぁぁぁぁぁ!!!!!__ァ゜」


 ものの数分で大河はあまりの痛みに気を失った。白目を向き、鼻水まみれで涙のあとが残る太ましい顔はかなり悲惨である。


 麻のズボンに染みができているのはきっと夜の闇による錯覚だろう。








★■★■★■★■★








 翌朝。


「……ッは! 痛っ__く、ない、? ふ、ふははははッ! 痛くない、痛くないぞ! なんだ、夢だったのか……!」


 気絶から回復した大河は飛び起き、自分の身体を確認する。どうやらどこにも異常は見当たらないようだ。


 あれだけの苦痛を味わっておきながら夢オチにできる精神を人類は見習うべきかもしれない。ただアホなだけとも言えるが。


 流れるように大河は水500mlをゴキュゴキュと飲み干し、スマホを手にする。


《聖大河》

《ジョブ:ぼっち》

《レベル:7》

《スキル:毒耐性[+1] 気配遮断[+1] 空気[+1] 声真似[+1] 剣術[+2]》

特殊スペリオルスキル:劍の導き[+2] 神童[+2]》

《称号:スマホ中毒 先駆者 始まりのぼっち 始まりのスキルホルダー 始まりの狩人ファースト・ハント 必殺仕事人 買い物初心者 限定商品ポチリスト 闘争の夜明け 進化の胎動セフィロト・ウォーカー 特別な人スペリオル・ワン 迷宮発掘人ダンジョン・マイナー 始まりの蛮勇ファースト・ブレイブ 迷宮攻略の第一歩ダンジョン・イン・ウォーク 始まりの討伐者スレイヤーズ・ワン 孤高の攻略者ぼっち・イン・ダンジョン 孤独の戦士ぼっちスレイヤー 逆転の兆しリバース・ラウンド

《スキルポイント:3》

《無人島ポイント:50》


「いち、にー、さん、し……じゅうご、じゅう……はち? 18もの称号を俺は手に入れてしまったのか……っふ、ふははは__あ?」


 ここでようやく大河は己の身体の変調に気が付いた。やけに声が通っている。


 かろうじてアニメ声優を張れそうな声にまで、大河は声の質が向上していた。


「あー、あー! ……何が起こっているんだ(吐息イケボ)……あっ、声真似スキル貰ったんだった……もしかしてこのせいか?」


 やることが非モテ陰キャのそれである。肉体の変調に気付いてすぐやることでは間違いなくない。


 とりあえず目やにを擦ると、


「……ん? ニキビが……?」


 ニキビが消えていることに気付いた。急いで全身を確認するべく、無貌の旋律プロテウスを手に取り小川へと直行する大河。


 そこで大河は変わってしまった己の肉体を目にした。


「__ぇぇぇぇええええ!!!! ふ、ふはははははははは!!!! 世界よッ! まさかこの俺を、全盛期の真の姿へと近づけているのかッ! 誠に褒めて遣わすッ!」


 大河の身体は大河の望む方向に、より上位の生物として進化していた。脂肪が薄くなり、ニキビが消え、長くすることで誤魔化していた毛量が増え、顔がボンレツハムから肉まん程度に痩せ、何より少しだけ身長が伸びている。


 レベルアップを7回重ねてちょいマシになっただけだが、それでもウルトラブスがかなりブスに変わった変化は大河にとって大きなものだったようだ。


 ほろりと涙が零れ出る。


 思い出すのは幾ら洗顔に化粧水や乳液、パックをしても変わらなかったニキビパーティの中学生時代。


 大河の外見的コンプレックスは中学生の時より熟成されてきた。


 一時期健康を意識しまくり、昼と夜しかご飯を食べなかったが、特に改善は見られなかったため怒りの夜中のポテチコーラを実行した思い出。


 勿論悪化した。大河はダメなやつだった。


「……ふっ、なんかイケてるな、今日の俺」


 一瞬で調子に乗ってしまった。これだから陰キャナルシストぼっちは困る。


 とりあえず大河は身に溢れる活力を胸に、身体を洗い、ついでに服も洗うことにした。


「我が能力の一覧も作らねばな……正直どれがどれだかわからなくなってきた」


 というわけでさっさと拠点へと帰還を果たした大河。しっかり飲み干した500mlにも水を補充している。抜け目ないデブだ。


 焚き火の番をしつつ、大河はあらゆるバフの効果を全て地面に書き出した。


「凄まじいぞ、これは……!」




獲得スキルポイント+2

スキルポイントを消費せずにスキルを獲得できることがある

獲得経験値500%増加

全てのスキル効果が+1

特殊スキル効果が+1

モンスターへの与ダメ50%アップ

モンスターの大まかな位置の把握

クエスト報酬の品質向上

クエストの挑戦回数の底上げ

無人島ポイント消費が50%オフ

ショップへ特殊な店舗の追加

固有武装の性能50%アップ

レベルアップのときの能力値上昇幅の向上×2。

レベルアップのとき、生物として進化する

自然治癒力の向上×2

ダンジョン内での疲労回復×2、全能力値補正

ソロのとき疲労軽減×2

ランダムダンジョンの位置の把握と位階の調整

ダンジョンの攻略報酬の品質向上

ダンジョンの挑戦回数の底上げ

ボスモンスターと戦うときの全能力値補正と補正:大

格上と戦うときの全能力値補正:微と機転補正

未知の可能性×2



「俺だけ無人島生活イージーモードな件。ふんッ……無粋だが悪くない。これは俺が成し遂げてきた功績への対価でもあるがゆえ、な……」


 最高に脳汁が吹き出た大河は、そのまま興奮を保持しつつ生活の維持をすることに決めた。


 獲得経験値500%、獲得スキルポイント+2、レベルアップのときの能力値の上がり幅の底上げ……。


 他者の5倍の速度でレベルアップし、3倍のスキルポイントを貰い、尚且つ能力値の上昇もする。勝ったな、ガハハ。


 あっ、そういえば森の中歩き回ったクエストの報酬受け取るの忘れてた。


 大河はアホだった。

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る