第8話 厨二病、ボス部屋に辿り着く。



「……ここから先を進んでいけば良い、というわけだな?」


 仄かに発光する洞窟の苔を後目に、大河は続いている洞窟の先を見つめる。背後を見ると、そこには白い壁のようなものが洞窟の入口を塞いでいた。


 無貌の旋律プロテウスで触ってみると、波紋のように波が広がっていく。おそらくここに入れば脱出は可能と見た。


「行くか、相棒」


 大河は愛剣を握りしめ、傍から見ると可哀想なほどプルプルしながら、洞窟の奥へと歩みを始め__


「いやちょっと待とう。いまできる最大限の努力をまだ俺はできていない。……我に眠りし、追憶の力よ。我が呼び声に応え、覚醒するが良い!」


 スマホを素早く操作する。


 ここまでスマホを早く操作できるのはY○uTubeのコメ欄でレスバしている者くらいだろう。大河は怖いので戦ったことはないが、惨めな争いを見てニヤニヤしていたことはある。どうしようもなくやることが陰キャだが、本人は認めていない。


《スキルポイント:1》

《選択可能スキル:レスバ 言い訳 人間観察 気配察知 空気 毒耐性 黒魔術 KY 便所飯 仮眠 寝たふり 剣術 斬り上げ 不意打ち 奇襲 砂かけ 拠点作り》


 なんか増えてる……!


「……ふぅぅっはっはっはっは! 全て読み通りよ! ぼっちというジョブに備わったスキルの他に、我が経験に応じて現れるスキルもあると思っていたァ!」


《剣術 を強化しますか?》

《YES/NO》


「YES……ん? まぁYESだッ!」


 身体に宿る剣を扱う術。これは最もオーソドックスな剣術の基盤となるスキル。特殊な剣術にはそれに応じた補正が動きに掛かるが、この剣術スキルは、真っ直ぐ確実に剣を振るうことを強く補正する。


 しかし何故に強化……?


 脳裏に走る《神童》の効果。それに加えて《劔の導き》が合わさり、大河はスキルポイントを使用することなく剣術を獲得していたのだ。


《スキル:毒耐性[+1] 気配遮断[+1] 空気[+1] 剣術[+2]》


 無貌の旋律プロテウスが今までよりもさらに手に馴染む。新たな剣の可能性が拓けた。


「ぎゃぎゃ?」

「っふ、もう少し待っておれ。俺はステータスを確認せねば__ん、???」


 棍棒を持ったゴブリンが、洞窟の奥から現れた。大河の高笑いが聞こえていたようだ。こいつは失敗から何も学ばない。


「ギャギャァッ!」

「ちょ、たんま、たんまぁ!」


 走りながら棍棒を構え、そのまま振り下ろそうとしているのが見ればわかる。


 わかるけどぉ! ちょっと待ってぇ!!??


 とんでもなく大河の手つきはモタモタしており、今にもスマホを落としそうだ。


 凶悪は表情でゴブリンが迫る。あと5mもない。


「やめてええええ!!!!! ひぃっ!」

「ギャハァッ!」


 慌ててスマホを仕舞おうとする大河だったが、手汗と焦りすぎでスマホが滑り、落とし掛ける。


 そのままスマホを拾う勢いで転がり、何とか振り下ろされた棍棒を避けたが、次の一撃が既に大河を待ち受けていた。


「やめ__へぶうぁッ!?」

「ギャハハハハァ!」


 身体を棍棒で打たれる大河。滅多打ちだ。


 痛ってェェェェ! マジで痛いんだよやめろよォ!


 必死に耐え、鼻水と涙を浮かばせながら洞窟の地面にスマホを傷付けないように置く。


 体を小さくしながら耐えている大河。


 身体中が痣だらけになった大河は怒りの形相で、黒き剣を全力で振り上げ、ゴブリンの身体に大きく斬り込みを入れた。


「ィギャァッ……」

「ッはぁ、はぁ、はぁぁ……ふ、ふはは。地獄でやってろ……ぐずっ……」


 黒い靄と化して、ゴブリンの身体が消失する。


 鼻水と涙が滲んだボコボコの顔で強がる大河。アホみたいにどんくさいところが、大河の家族に親しまれている。


 ズキズキと身体が痛むが……問題ない。俺を包む無敵の防御装甲が打撃系ダメージを99%減衰させるからな。


 大河は厚い脂肪に守られていた。そしてちょくちょくいじめっ子により、殴られたり蹴られたりしていた経験があるので、打撃から身を守る術は何だかんだ身に付いている。


 あとチュートリアル期間に現れるゴブリンはその能力値が半減されているという理由もあるが、そのことを大河は知らない。


 スマホを最優先にするその行動。大河は案外、危機が迫ったときは頭が働くようだ。スマホが壊されれば、あらゆるアプリが使用不可になった状態で無人島を生き抜かなければならなくなる。


「……サービス時間は終わりだ。くく、最初にして最後の生き残るチャンスを逃したな、ゴブリン共ッ! ……マジスマホ弄るのやめよ……」


 大河はこのダンジョンの中で、よそ見スマホの使用を固く禁じた。


 気を取り直し、大河は再び歩みを進める。洞窟内は結構広く、動き回れる空間がある。


「……ワンサイドゲームは好きじゃないが……俺は怒っているのだよ。故に、掌の万象ジ・オールッ!」


 掌の万象ジ・オールを意識する。すると前方に複数のゴブリンの気配が感じ取れる。痛みをもって、ようやく大河は学びを得た。


 わかる、理解わかるぞ。貴様らの鼓動、息遣い、生命の波長がッ!(大嘘)


 しかし、場所がわかっているのは本当だ。


 大河は無貌の旋律プロテウスを構え、警戒しながらゴブリンの居るであろう曲がり角に躍り出た。


「__ギャッ!?」

「お命、頂戴致す__切り捨てめんご」


 目と目が合った瞬間、構えた剣を振り下ろす。昼間の攻撃と違い、ゴブリンはその身体に斬り込みを入れられる。


 シュワッ。


 そのまま黒い靄となり消えた。


「ギャギャ!?」

「ギャっ!」

「ギャォゥ!」


 複数のゴブリン、その残りの数は3体のようだ。


 突然曲がり角から現れた肌色の同族っぽいブスに、仲間を殺されゴブリンたちは怒り狂う。


「ギャァ!」

「ギャギャァ!」

「ギャッギャァ!」


 3匹の同時攻撃。横一列に並び、ゴブリンは棍棒を構えながら突っ込んでくる。


「ッハ! 来よるわ来よるわブス畜生がッ! ゴブリンの運動会ではないのだがな!!」


 その強気な言葉とは裏腹に、大河は急いで戻り、まがり角に身を隠す。


 ゴブリン3体と俺1人。まともにやっても、勝てなくはないと思うが、多分何回かは殴られる。御免だな。俺はドMではない。


 ニヤリとキモイ顔を歪め、大河は今か今かと待ち構えている。


 必然的に、横一列で曲がり角に突っ込むとなれば、タイミングを上手くズラさなければ同時に姿を現すことはできない。


 1匹だけ、一瞬他のゴブリンより先に曲がり角から顔を出す。


「ギャァァァ……」

「バカの考えていることなどお見通しよォ!」


 切り捨て。


 大河はこれまでに遊んできたFPSの経験から、極々短期的に、人数有利をイーブンにする方法がわかっていた。


 3対1を1体1にし、その瞬間に殺す。


「ギャギャ!?」

「ギャギャァ!」


 残りの2匹が現れ、また1人死んでいることに怒る。


「頭脳プレイはここまでといこう。貴様ら__死ねぇぇぇいッ!!!」


 遅い掛かるゴブリン2体。横薙ぎを繰り出そうにも手に持つ棍棒が邪魔となる。大河には、まだ木製の棍棒を両断するほどの技量がない。


 ならばッ!


 リーチの差を活かし、大河はV字に斬撃を放つ。先に右のゴブリンを斬り、その隙に迫るゴブリンを、後ろに一歩引きながら迎撃する。


 眼前に迫る棍棒と、振り上げられた黒き剣。


 どちらが早いか__


「いだぁっ!」


「ギャァァ……」

「ギャッ……」


 シュワッ。


 ゴブリン、2体の討伐。


 先にゴブリンに剣が届いたのはいいものの、慣性に従い、普通に棍棒は顔に当たった。


「……誇るといい。貴様らは矮小な身ではあるが、我が剣技の糧となれたのだからな」


 ふっ。


 大河はそう、臭そうな吐息を吐き、バクバクと鳴っている心臓を抑え込む。


 何度やってもなれぬものだ……生き物を殺すというのは。


 憂いを帯びた顔をする。


 それっぽく考え事をしているが、実際は運動して疲れているだけである。大河に生き物を殺すことへの躊躇はもう残っていない。


 流石は犯罪者系統ジョブを3つも持っている男だ。


「……ふぅ、先を急ごう。日没にはあまり時間がない。夜になると強い敵が出るなんて設定はありふれているからな……」




 __テェイッ!


 __ふん、雑魚が!


 __勝てると思ったのかァ? マヌケがぁ!


 __秘剣、御劔。(振り下ろしてるだけ)


 __イタッ、……死ねぃッ!




 大河は洞窟内を進み続け、全ての合計で11体ものゴブリンを殺害した。途中でレベルアップもして、スキルポイントもゲットしている。


 そしてとうとう洞窟の最深部へと辿り着いた。


「……ここが、ミスターGの親玉が居るというわけだな。離れていてもわかるこの、圧倒的覇気……凄まじい強敵が待ち構えている」


 大河の目の前に広がる、今までの原始的空間とは明らかに1段階上の木製の扉を眺めていた。装飾が設けられており、如何にもボス部屋といった様子だ。


 それっぽいことを言っているが、掌の万象ジ・オールによる索敵にそこまでの効果はない。


 しかしその直感はある程度当たっていた。


「……少しは歯応えがあるといいが……ふん。俺と愛剣のタッグに勝てるものは居ない。往くぞ__ッ!」


 5回ほど深呼吸し、無貌の旋律プロテウスを握りしめて扉を開ける大河。


 扉の先は木の床が存在しており、闘技場のようになっていた。天井に煌めく水晶が光り、挑戦者の命運を照らし出す。


 待ち構えるのはゴブリンの戦士だ。静かに錆びた剣を携え、自身に挑むものを待ち構えている。


 目と目が合う。


 獰猛に頬を歪め、尖った鋭利な牙がぬるりと禍々しい光を放つ。屈強な肉体から溢れるオーラは間違いなく戦士として一端であることが伝わる。ゴブリンたちが身に纏うボロ切れなどではなく、しっかりとした衣服を纏っている。


 大河は冷や汗を垂らしながら、引き攣った表情でゴブリンの戦士__ゴブリン・ウォリアー

を観察していた。


「__死中に活あり。なればこそ、我が命は血肉が沸き立つ戦場にて、光を放つのだ」

「……ゴガァ?」


 ゆっくり、一歩ずつ踏みしめる大河。


 その瞳には、敵を殺し、生き抜こうとする確かな漆黒の闘志が宿っていた。

 

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