第7話 厨二病、G級ダンジョンを見つける。



 どうせなら森林を歩くなら、遥か遠くにあるあの山脈の方角にしようと考え、大河はいそいそと足を進める。


 多くの多種多様な木々を踏み越え、キノコに顔を顰め、クモの巣に「きゃぁぁぁ!」と悲鳴を上げながら、着実に探索を進めていた。


「……掌の万象ジ・オール無敵インビジブルは発動しているが、なんとも心許ない気分になってくるな……」


 濃密な自然の気配は安心感がありつつも、全てを飲み込む底知れなさもある。森に飲み込まれないよう、大河は見える山岳の景色によって進む方向を決めていた。


 たまに野生動物の気配が引っかかることもあるが、すぐさま大河の存在に気付いて逃げていく。元々臆病なのだ。そうでなくては生き残れない環境。


 落ち始めた太陽が、どうにも不安を煽る。


 歩き始めて数十分。大河は1km以上歩いていたが、早くも後悔していた。


「……妙だな。これだけの大森林、ヒルや蚊なんかが居てもおかしくないのに、まだ1回も目撃していない。それに蝿もだ」


 大河は生態系の異常に気付いていた。


 サバイバル初日ということで運営ゲームマスターが手加減してくれているのかもしれない。


 そう薄く考え、大河は鼻で笑った。


「数千、数万……或いは数百万匹のヒルや蚊、蝿の行動を支配するなど、脳にスパコンでもない限り厳しかろうて。そんなことを考えるなぞ、俺も焼きが回ったものだ」


 涼しくなってきた気候に寒気を覚えつつ、大河は無貌の旋律プロテウスで邪魔な植物を切り払いながら進み続ける。


 足が疲れてきたところで、近くの木に腰掛け、スマホで探索の進捗率を確認する。


《探索範囲:1.6/2km》


 あと少しではないか! 大河は顔に喜色を浮かばせ、意気揚々と動く。大河は現金なやつだった。


 代わり映えの無い景色が続き、夕方になった頃、大河はもはやスマホの画面を見つめ、探索が完了した瞬間ダッシュで帰れるように歩きスマホをしていた。


 気配察知を潜り抜けるモンスターに襲われたとき、果たしてこいつはどうする気なのか。


「1.9……きちゃー! ふ、ふはは! 俺は今日でおそらく累計100km近く移動したぞ。間違いない」


 何も考えていない顔で、大河は無謀なことを口にする。精々が4kmか5kmちょっとである。ちなみに帰りの際に2km増えるので、大河は明日筋肉痛で、陸に挙げられたマンボウのようにぐったりとピクピクし、そして絶命することだろう。


 ピコン!


「……来た!」


《クエスト達成!》

《クエスト報酬:特殊な称号、水入りペットボトル500ml、カロリーファイト4本、経験値:小 を受け取りますか?》

《YES/NO》


「もちろんイエ__すは不味いか、家に帰ってから受け取らなければ手荷物が増えてしまうな__ぁ」


 大河はスマホ歩きをしつつ、冷静に受け取ることのデメリットを嗅ぎ分けた。ようやくスマホから顔を上げ、帰ろうとするがそこで動きが停止する。


 大河の目の前には、人3人分程の大きさがある白い空間の裂け目のようなものが存在していた。


 微かに白い燐光を放っており、空間に溶けるように揺らめいている。


「なっ__何だこれは」


 即座にスマホをしまい、剣を構える大河。余りにも遅すぎる臨戦態勢だが、襲ってくる何者かは存在していないようだ。


 名前負けのただのスキルコンボである掌の万象ジ・オールで警戒しつつも、大河は目の前の空間の裂け目について興味が湧いていた。


「……ちょ、ちょっとだけ触ってみようかな、? なんちゃって……無貌の旋律プロテウスよ。頼むぞ……!」


 好奇心は猫をも殺す。


 好奇心が猫を殺せるなら、きっと慢心し、図に乗ったデブなど殺し放題だろう。


 黒き剣の先っちょで、ほんのちょびっとだけ白い空間の裂け目のようなものに触ってみる大河。


 命知らずとはまさにこの事だ。


 触れる。特に何も起こらない。


「……ふっ、ふはは。実に下らん。子供騙しにこの俺が引っ掛かると思うなよ? 無人島の主グランド・マスターよ」


 存在するかすら不明な無人島の主に、ひっそりと名前を付けていた大河は、何も起こらなかったことに内心歓喜の声を上げる。


 もうすぐ日が暮れそうだ。走って帰れば、日没までには帰還も間に合うだろう。そう判断し、後ろ髪を引かれつつも大河は帰ろうとする。


 ピコン!


「っひぁッ!? ……なんだ、スマホか……全く、老骨には堪えるわい……! これだから最近の若者は……」


 ビビりすぎてもはや何のキャラかわからなくなった大河は、ビクッ! と震えつつもスマホを確認する。弱冠15歳の肥満ジジイがここに爆誕した。


《称号:迷宮発掘人ダンジョン・マイナー を獲得。おめでとうございます! あなたは全てのユーザーの中で初めてランダムダンジョンを発見しました!》


「何ィ!? ぐ、ぐぎぎ……時刻は5:39分か……クソ」


 大河は察していた。おそらく絶対にダンジョンをクリアすることによって新たな称号が手に入ることを。


 だがしかし、確認した時間は日没まであと僅か。


 選択が迫られる。


「行くしか、ないか? 待て、落ち着いて考えろ俺よ。もう十分優位性アドバンテージは確保した。ここで死んでしまえば元も子もない……」


 スマホを見つめる大河。その眼はどんよりと濁り、力への渇望が渦巻いていた。


 力への渇望という表現はこの小デブに相応しくないほど仰々しい。言い方を変えよう。


 今の大河には勿体無いお化けが取り憑いていた。


 えぇぇぇぇ!? 今更ダンジョン!? 明日に回せば、ある程度体力が回復した上で挑むことができるし、そっちの方がいい気がする……が、うぅむ……おのれ、世界め。


 大河も《称号:迷宮発掘人》がなければ、大人しく帰り、明日になってからここに来ることを即決していた。


 しかし、現実は違った。《称号:迷宮発掘人》が獲得できてしまったということはつまり、他のユーザーがダンジョンを見つけていないことを意味する。


 今攻略すれば、新たな称号が手に入る。しかし、明日になってしまえばもうわからない。他のユーザーが先にダンジョンに入り、攻略するかもしれない。


 特殊スペリオルスキルが次々になくなっていったことを思い出す。氷雷の支配だの、鬼の血だの、今の俺よりも強そうな能力は多くあった。きっと彼らは攻略できる。


 大河の中には自身への卑屈な思いが屈折し、折り重なり、深く沈殿している。虐められてきた過去、コンプレックスな外見、自らの能力への不信。


 それらを厨二病で誤魔化している。


 強い自分に憧れて、そしていつしかそう思い込むようになった。本人の気質もその理由の4割を占めるが。


 幸いだったことは、聖大河の家族が愛情深かったことだろう。幾ら大河がキモくて、太ってて、無能だったとしても、見放すことはなかった。だからこそ心配を掛けさせることがないよう、厨二病で己と家族を騙し、明るく振舞っていた。


 大河には、未だ拭いきれない底知れぬ自らの能力への不信が存在する。


「……足りない。きっと足りないのだ。俺が称号を取れずに、他人が取れてしまえば、その差を埋めることは絶望的に厳しくなる」


 そうだ。本当は痛いほどわかっている。俺は平均以下だと、普通にすらなれない惨めな弱者だと、わかっているのだ。


 俺の一歩は常人の数十分の一の距離しかないし、努力もしてこなかった。


 だから、ここで一歩の距離を伸ばす必要がある。十数年分の遅れを取り返す、圧倒的な一歩が必要なんだ。


 黒き剣を、握りしめる。


「ふ、ふふ。俺に眠る真の力を、我が血族が信じてくれた我が可能性を呼び覚ますためにッ、俺には更なる一歩が必要なのだッ!!」


 覚悟は決まった。大河は意を決し、白い空間の裂け目に飛び込んだ。


 ブォン。


 地面に延びた人影が掻き消える。


 その瞬間、聖大河の姿は無人島から消失した。










★■★■★■★■★









「ぬぁわぁッ!?」


 空中に現れる大河。微妙に体勢を変え、着地しようとするが失敗、背中から落下する。


「……この俺をここまで愚弄するとは、どうやら死ぬ覚悟はできているらしいな」


 急いで立ち上がり、近くに突き立てられている無貌の旋律プロテウスを拾う。


 辺りには洞窟が広がっていた。仄かに光るコケが洞窟内を照らしている。辺りを見回し、安全を確認する。


「……よし、何も居ないな」


 ピコン!


《称号:始まりの蛮勇ファースト・ブレイブ を獲得。おめでとうございます! あなたは全てのユーザーの中で初めてダンジョンに侵入しました!》


 スマホにはそう表示されていた。


「……蛮勇、か。全くどうして、今の俺に相応しい評価だ……予想外だったが、棚からぼた餅というやつだな。やはり世界は俺の手中にあるようだ」


 無理やり笑みを浮かべ、勇気を振り絞る大河。


《ダンジョンアプリが解放されました!》

《ダンジョンアプリ》

・名称:ゴブリンの住処

・位階:G

・領域:洞窟

・区分:ランダムダンジョン

《メインミッション》

・ボス:??? の討伐

《サブミッション》

・ゴブリン10体の討伐

《イベントインフォメーション》

・なし



「っふ……まるでチェスだな」


 スマホに浮かんだ文字を見つめ、大河は調子を取り戻し始めた。


 きらり。


 血に飢えた黒き剣に光が、ぬらりと艶やかに反射する。

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