第3話 厨二病、犯罪者の才能に目覚める。



 矮小で邪悪な生命の気配。


 本来の俺からすれば、ふっと息を吹きかければ死ぬ程度の塵芥に過ぎないが、今の俺の肉体では些か厳しい。


 世界よ、今、貴様から俺の力を取り戻すッ!


 いやらしい笑みを浮かべながら、大河はスマホを取り出した。


《聖大河》

《ジョブ:ぼっち》

《レベル:1》

《スキル:毒耐性[+1]》

《称号:スマホ中毒 先駆者 始まりのぼっち 始まりのスキルホルダー 始まりの狩人ファースト・ハント 必殺仕事人 買い物初心者 限定商品ポチリスト 闘争の夜明け》

《スキルポイント:3》

《無人島ポイント:50》


 ステータスを見ただけで大河は鼻息が荒くなりそうになるが、そこは我慢。


《スキルポイント:3》

《選択可能スキル:レスバ 言い訳 人間観察 気配察知 空気 毒耐性 黒魔術 KY 便所飯 仮眠 寝たふり》


 どれを取るか__いや、あまり悠長にしている時間はない。すぐそこにゴブリンが居るのだ。


 急いでそれっぽいスキルを獲得する。


《気配察知 を獲得しますか?》

《空気 を獲得しますか?》

《YES/NO》


 YES。


 途端、世界の流れが明瞭になった気がする。生命の気配の欠片が、微かに掴めた。溢れかえる自然の膨大な生命力に、少しだけくらくらする。


 これが気配察知ッ! なんと有能な!


 この技は《掌の万象ジ・オール》と名付けよう。


 そして空気だが……俺の予想ではおそらく気配遮断とか気配同化に分類される系のスキルと睨んでいる。


 俺は空気、俺は大気、俺はクラスを構成するたった一部品に過ぎない……あぁ。小突かれたり、椅子を奪われたり、小馬鹿にされ続け、掃除を全てひとりでやる毎日が脳裏を支配し__


 脂肪によって豚のような顔付きだったのに、さらに死んだ魚のような目となった大河。


 豚に真珠ならぬ、豚に魚眼。


 気配は気薄で、その圧倒的存在感を放つ顔を見なければ気付かれにくくなっただろう。


 名前は……《無敵インビジブル》で。


「……ぎゃっ………ゃっ……」

「……………ぎゃっ……っ……」


 微かに前方から声が聞こえた。大河はトリップしていた思考を元に戻し、制服のズボンにそこら辺の植物で括り付けた無貌の旋律を握りしめる。


「……あぁ、わかっているとも。俺は屈辱の日々に浸っている暇はないということはな。行こうか、相棒」


 気付けば相棒にまで格上げされていた無貌の旋律プロテウスを持ち上げ、ゆっくりと空気と一体化し、近づいて行く。さすがに草むらをかき分ける音が少しするが、気付かれた様子はない。


 そうして目にした光景は、5体のゴブリンが焚き火で魚を焼いている場面だった。


 思わず冷や汗がこぼれる。大河の脳内では一匹のゴブリンしか居ないという設定になっていた。


 あれ、どうしよ、マジでどうしよう。1個しか気配しなかったのに……!


 混乱している大河だったが、その情報は称号:始まりの狩人ファースト・ハントによるものだった。始まりの狩人はモンスターの位置を教えてくれるが、しかしその正確な数までは教えてくれない。


 1度先程取得した気配察知を試していればここまで焦ることはなかったので、完全な油断と怠慢が招いた事態である。


 だが状況はそこまで悪くない。


「やれるか……?」


 無論やれない。


 もし大河がスポーツ万能で、運動神経がそこそこあり、生き物を殺すことに何の躊躇いもないサイコパスであればゴブリン程度5匹居ようが、その手に持つ無貌の旋律プロテウスで全て斬り殺せた。


 どこまでもたらればの話である。


 そっと息を潜み続け、2分と少しが経過した頃、1匹のゴブリンが海辺へと移動し始めた。


 しめた! 大河はゆっくりと音を立てないようにゴブリンの後を追跡する。


 馬鹿め。この俺に狙われているとも知らず、なんと悠長な奴よ。


 緑のブスと肌色のブスの逃走劇がまたしても始まる。そのうち世界最悪の光景100選にノミネートされそうだ。


 ゴブリンの後ろを追跡していると、海辺に繋がっている小川に辿り着いていた。そこで用を足し始めるゴブリン。


 生物の最も気が緩む瞬間は、一説では排泄の瞬間だとされている。どうでもいい雑学が好きな大河はその事を知っていた。


「ぎゃっ……ぎゃぁ……」

「お命__頂戴いたす」


 プリプリの緑色のケツを後目に、大河は背後から黒い剣を振り上げた。


 そこでようやく気付き、振り向いたゴブリン。しかし、その行動はあまりにも遅かった。


 そのまま頭に剣を打ち付けられ、小川に倒れ込むゴブリン。その身体はしゅわっと黒い煙に代わり、消えていった。


「……おのれぇ! よもや、よもやよ。まさかこの俺に、こんな屈辱を味合わせるとはッ! 万死に値するマジで」


 大河は喜びつつもブチ切れていた。


 何故か、それは大河のズボンに生まれた黄色いシミが原因となるだろう。ゴブリンの振り向きと共に掛けられたおしっこが、大河に大きな心の傷跡を残していたのだ。


 マジで汚い最悪もぅゃだぁぁぁ!!! 大河の中のどうしようもない気持ちが溢れ出し、ちょっとだけ涙が出る。


 仕方がないので小川の少し上に行き、ズボンを洗った。


 毒耐性スキルがなければ、あと数時間もしないうちに謎の病に侵され、数日は真っ赤に腫れた足で動けなくなっていた。そのことを大河は知らない。


 冷たい水に心も体も清められ、もう一度ゴブリン共を駆逐するため元の焚き火の位置に戻っていく大河。


 そのモチベーションは先程の比ではない。おしっこを掛けられた逆恨みが、残ったゴブリンを襲おうとしていた。


 絶対に、何としてでも殺す。


 おしっこの恨みによって生まれた悪鬼。現代では開花しなかった、聖大河に秘められた才能が花を開こうとしている。



 __小石を用意し、焚き火の向こう側へと投げる。4匹のうち、2匹がそれに反応し様子を見に行った。


 残り2匹。のんびりとしているゴブリンたち。大河は左手に砂を握りしめ、突撃しながらこちらに気づいた片方のゴブリンに近付き、目に砂を掛ける。


「ぎゃっ!? ぎゃぎゃぁ!?」


 目潰しされたゴブリンが悶え苦しんでいる間、もう片方のゴブリンが、慌てて近くにおいてある棍棒を手に取ろうとする。


 しかし間に合わない。伸ばされた手は棍棒を掴むことなく、振り下ろされた黒い剣に頭を叩かれ、即死。


 剣を戻し、目を抑え悶え苦しんでいるゴブリンにまた振り下ろす。即死。


 既に2体のゴブリンがその命を刈り取られた。


 無表情の大河は黒い剣を焚き火に晒し、先程注意を逸らした個体が戻ってくるのを待つ。


 数十秒ほどで帰ってきたゴブリンたちは顔を歪ませ、必死の形相で襲いかかろうとする。


 ゴブリンが大河に辿り着くまでの時間。その時間を利用し、大河は焚き火から火がついている木の枝を片方のゴブリンに投げつける。


「ぎゃぁっ!!!」


 熱い火に晒され、隙を見せたゴブリンには目もくれず、そのまま突撃してきたゴブリンに剣を振り下ろす。即死。


 隙を見せたゴブリンは体勢を立て直しているので、睨み合う。数の有利から無防備に突っ込んできてくれるゴブリンはもう居ない。


 これから、対等な殺し合いが始まり__


「……死ねぃッ!」

 

 否。そもそものリーチが違うのだ。ゴブリンの持つ棍棒の長さは大河の無貌の旋律プロテウスの半分にも満たない。


 殺せる人間が持てば、殺せる。そして大河は生き物を躊躇なく殺せる側の人間に変貌していた。


 しかしゴブリンに警戒している様子を見せ、大河は隙が少ない突きを放つ。剣が重たいので下に剣先が沈み、皮膚に少し触れる程度しか当たらなかった。


「ぎゃ、ぎゃぁぁぁ!!!!」


 そして大河は己の剣先がブレることを予測していた。


 悲鳴を上げるゴブリン。少しの間押し付けられた黒い剣の跡。そこには火傷の痕跡があった。


「どうだッ! この火傷の具合はッ! 痛かろう辛かろうッ!!!」


 大河は事前に剣を焚き火で温めていた。


 あまりの熱さに隙を見せたゴブリンに、黒い剣を振り上げ、そのまま頭をかち割る大河。


 はぐれのゴブリンは、聖大河によって全滅した。

 

「__俺、なんかやっちゃいました?」


 汗まみれでプルプルの腕を落ち着かせながら、てかてかのドヤ顔をする大河。その心臓はバクバクと鳴っている。


 スマホがピコンと振動する。


 大河はニタニタし、スマホを取りだした。


 生き物を殺す才能、大河は結構サイコパスだった。


 普通の日本に生きた人間であれば、生命を奪うことは良心の叱責や道徳によって躊躇してしまう。しかし、大河は違った。


 ジョブ選択時、燦然と輝いていた《犯罪者予備軍》《KY》《自己中》の3つのジョブ。


 限りなく、ジョブの読み取りは正しかったのだ。


 これまで学校で与えられてきた虐めによるストレスや、おしっこを掛けられるという過大なストレスによって、大河のストッパーはぶっ壊れた。


 無理なくゴブリンを殺す作戦を即座に組み立て、そしてその通りに実行する。犯罪者に必要なのは実現可能な犯行計画を立て、そしてそれを実行するための機転の良さ。大河はどちらも持ち合わせていた。


 良心の叱責も覚えるし、生命を奪うことに申し訳なさや喪失感、忌避感も勿論ある。ただ、それはそれ。これはこれ。


 大河は自分と家族のためなら、可能であれば何でもする人間だった。


 尤も、モンスター相手だからというのもあるが__その殺意の矛先が誰に向くかは、この無人島だともう予測不可能となった。


「……っふ、ふは、ふははははは! 俺つええええええ!!! 所詮ゴブリンはゴブリンッ! この俺に勝てるわけがなかろう! くはははははは!!!」


 ニタニタと鼻が膨らみ、キモイ顔になる。高笑いによってたるんだ腹がぽよぽよと揺れる。


 いやー、思ってたより上手くいって良かったぁ……!


 握りこんだ無貌の旋律プロテウスの感触をより深く感じる。


 お前もよく頑張ってくれたな。


「相棒、俺たちは次の段階へと進んでしまったようだ。また、俺を越えるものが誰も居ないところまで__そのときまで、共に行こうではないか!」


《クエスト達成!》

《クエスト報酬:特殊スキル選択権、特殊な称号、経験値:中 を受け取りますか?》

《YES/NO》


 YESYESYES、イェェェスッ!


《レベルが上がりました!》

《レベルが上がりました!》


 また微かに体に力が宿る。


《獲得する特殊スキルを選択してください!》

《選択可能特殊スキル:勇者の魂 賢者の叡智 剣聖の業 聖女の願い 魔力の泉 亡夢魔術 闘神の系譜 超人 探求 食神のレシピ 劍の導き 雷の化身 氷雷の支配 聖魔の祝福 魂の覚醒 龍の心臓 癒しの波導 壊魔の両腕 咒術 神童 命宿り 第六感 祓法 精霊の愛し子 風詠み 鬼の血 月の眼 呪いの肉体 星魔術…………》


《称号:進化する者フロントライン・ウォーカー を獲得。おめでとうございます! あなたはスタートダッシュクエストをクリアしました!》


「……っは。はは、ふは、ふぅぅっはっはっはっはっは!!! 勇者__懐かしき面々の名前があるではないか! 実に下らん! チープすぎる!」


 適当なことをのたまい、どうしようもなく大河はワクワクしていた。努力が認められる世界。


「なるほどな。ここまで1時間以内にたどり着けただけがこの先の無人島ゲームを先導する資格を有するというわけだな? ふん、認めてやるのは業腹だが__面白い嗜好だ」


 鼻の穴を更に広げ、まるで女子のパンツを食い入るように見る犯罪者の如くスマホの画面を見つめる大河。


 ピキーンッ! 途端、大河の灰色の脳みそに走る圧倒的気付きッ!


 無人島生活開始、34分経過。


 急いでとある称号の効果を確認する。


 その称号の効果は____

 




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