第2話 厨二病、チート武器無貌の旋律を拾う。



「んふ」


 海辺の洞窟、その隙間。


「んふふっ」


 世人が見れば卒倒しそうなほど気持ち悪い笑みを浮かべるひとりの男が居た。


「んふぉっ、んふぉっ」


 何を見てこの男はここまで気持ちの悪い鳴き声を放っているのだろうか。その答えは聖大河というこの男のスマホに存在した。


「……む、いかん。我が母君にその癖やめなさいって言われたのだったな。あとあの悪魔にもキモイって……べっ、別にお兄ちゃん傷付いてないけどね。べつに……」


 ぶつくさと陰キャらしく独り言を呟いているのは無視して、スマホの中身を確認する。


 ステータスアプリをタップすると表示されるこの画面。


《聖大河》

《ジョブ:ぼっち》

《レベル:1》

《スキル:毒耐性[+1]》

《称号:スマホ中毒 先駆者 始まりのぼっち 始まりのスキルホルダー 始まりの狩人ファースト・ハント 必殺仕事人》

《スキルポイント:3》

《無人島ポイント:100》


 大河は育て上げられたキャラクターのステータス画面を見るのが好きだった。コンボを組み、スキルを組み合わせ、能力値を上げる。何より大河はスタートダッシュガチ勢で、スタートダッシュだけ決めて後はゲームを遊ばないこともしばしば。


 時間を気にしながら、大河は称号の欄をひとつずつチェックする。


《称号:スマホ中毒》

・あなたはスマホ中毒だ。

・効果:獲得スキルポイントが1増える。


《称号:先駆者》

・あなたは先駆者だ。

・効果:獲得スキルポイントが1増える。


《称号:始まりのぼっち》

・あなたは始まりのぼっちだ。

・効果:獲得経験値が100%増加する。


《称号:始まりのスキルホルダー》

・あなたは始まりのスキルホルダーだ。

・効果:全てのスキルの効果が+1される。


《称号:始まりの狩人ファースト・ハント

・あなたは始まりの狩人ファースト・ハントだ。

・効果:モンスターに与えるダメージが50%増加する。感覚的にモンスターの居場所がわかる。


《称号:必殺仕事人》

・あなたは必殺仕事人だ。

・効果:クエスト報酬のクオリティが向上する。1日に1度、任意のクエストの上限回数を増やすことができる。



「ふん、世界よ。そこまでしてこの俺のやる気を引き出そうとは……愛いやつめ。本来なれば、この俺は世界を破壊する側だが……こうもしっぽを振られては、な……」



 虚しく独り言が洞窟へと響き渡る。


 気持ちの悪い笑みを浮かべながら、大河は自らの手に入れた戦果を確認していた。


 さて、ここまでに使った時間は精々1分か少し越える程度……さすがに動かないと次に取れるかもしれない称号を取り逃す可能性がある。


《無人島ショップアプリ》

・【数量限定】初心者お得パック⬅◎運営オススメ(1人ひとつ)

・コンビニ

・未開放


 とりあえず限定らしいから買う。


 ぽちっとな。


 およそ搾取する側とされる側に分かれるこの社会において、間違いなく大河は搾取される側だった。


《【数量限定】初心者お得パック を購入しますか? 消費無人島ポイント:50》

《YES/NO》


 YESッ!


《【数量限定】初心者お得パック を購入しました!》


 青白い光がまた現れ、箱型を象っていく。ひと際強い光を放つと、そこには箱が現れていた。


《称号:買い物初心者 の獲得。おめでとうございます! あなたは全てのユーザーの中で初めてショップを利用しました!》


《称号:限定商品ポチリスト の獲得。おめでとうございます! あなたは全てのユーザーの中で初めて限定販売を購入しました!》


 ささっと効果を確認すると、今後の消費無人島ポイントが50%オフになり、ショップに特殊な店舗が追加されるようだ。かなり大きい気がする。A○azonの定期購入みたいな。


 そんなことより今は箱だ。


「むむ……転移の魔術を使うとはな。この俺ですら未だに使えるかもわからぬ秘法……存外やるではないか、無人島の主よ。無論、この俺には及ばないが」


 謎の言葉を放ちながら、ついに箱を開封する。


 中に入っていたのは500mlの水が5個に、カロリーファイトが10本、更に野菜ジュースらしきものが5本に着替え1式、そして鉄の球体だ。


 何も考えず、かっこいいからという理由でとりあえず鉄の球体を頑張って手に取る。重すぎてぎっくり腰になりそうになった。


 ピコン! 通知がなった。このタイミングで? 


《自己進化型流体未明金属に名前を付けてください》

《名前:  》


「じこしんかがたりゅうたいみめいきんぞく……ほう。ほうほう。ほうほうほうほう。悪くない、前世の因縁を越えて我が元に帰ってくるか、無貌の旋律プロテウスよ」


 厨二病特有の理解力により、すぐさま名付ける大河。実家の物置には今も本家百均の傘プロテウスは眠っている。


《名前:無貌の旋律プロテウス

《無貌の旋律の形状を思い浮かべてください》


 鉄の球体が、解けるように溶けていく。目を瞑り理想の剣を想像する大河は手の感触にビビりながらも、細部まで構想しきった。


《形状固定。あなたと無貌の旋律がリンクしました》


 目を開くと、そこには黒く煌めくひと振りの剣が存在していた。華美な装飾な無いが、かと言って無骨というわけでもない。機能性と芸術性の両方を良いとこ取りした匠のデザインだ。


 大河は割と芸術面では才能があった。


 問題はこの妖怪チビデブスにこの剣がちゃんと振れるかどうかにあるだろう。


「ふんっ、ぬぅぅぁぁ……! な、なんか重くないか? 無貌の旋律プロテウスよ」


 片手で持つだけで全力を振り絞らなければならないので、今後の運用は絶望的だろう。両手で振り下ろすことだけを考えれば使えるか?


 そう冷静に大河は考える。


 ピコン!


《ウェポンアプリを獲得しました! あなたに紐付けられた固有武装ユニーク・ウェポンのステータスを見ることができます!》


《称号:闘争の夜明け を獲得。おめでとうございます! あなたは全てのユーザーの中で初めて固有武装ユニーク・ウェポンを手に入れました!》


 効果称号:闘争の夜明け の効果は固有武装の性能の50%上昇のようだ。悪くない。


 しかし無貌の旋律をしまう為の鞘がないので、むき出しの刀身をピカピカに光らせたまま持ち歩くことになる。もし他者と遭遇したとき、要らぬ注意を惹きそうだ。


 あと考えたくもないが、俺の運動神経では手元が滑ったりして自分に刺さることもありえる。


 大河は尊大な口調とそのみすぼらしい顔面に反して割と自己認識が正しかった。かと言って厨二病ではないと蒙昧にも口にするので、きっと何かの偶然だろう。


 いそいそと箱の中に剣を戻す。


「……暫くはこの洞窟を拠点とするか……?」


 周囲を見渡すと、鍾乳洞のような洞窟が広がっている。ゴツゴツとしていて、天井から何かが垂れていたりする。貝殻の乾いた痕跡がある。


 砂浜に残る海水の痕跡からして、潮の満ち干きでここが水没することはなさそうだが……雨や嵐、津波が起こればここなどあっという間に呑み込まれてしまうだろう。


 普段使いするにはいいが非常時には心許ない。仮の拠点にしつつ候補地を探ろう。


「スキル振りを熟考したいところではあるが……そろそろリソース奪取の刻が訪れる。俺も準備をせねばならぬ……か」


 ふっ、とニヤけた笑みを浮かべ、大河は水を飲みながら無慈悲に限られたリソースを奪い取る。


《クエストアプリ》

・ビギナーズクエスト⬅運営オススメ

・【初日9:00~10:00限定】スタートダッシュクエスト⬅◎運営オススメ(1人1回まで)

・日刊クエスト

・週刊クエスト

・月刊クエスト

・未開放

 


 高速でスタートダッシュクエストをタップする。


《【初日9:00~10:00限定】スタートダッシュクエスト を受注しますか?》

《YES/NO》


「ふっ、ミスターエージェントGと過酷な死闘を乗り越えたこの俺が……今更臆するとでも? 舐められたものだ。俺を侮ったツケは必ず払わせてやる、世界よ」


 そう世界に対して語りかけながら、大河はクエストを開始した。


 汗まみれのべちょねちょになった学生服に包まれたキモイ豚が何か囀っているが、気にしなくていいだろう。鼻汗がえぐい。


《【初日9:00~10:00限定】スタートダッシュクエスト 発生!》

《クエスト:先手必勝、君がやらねば誰がやる! 弱者ゴブリンを撃ち落とせ!》

《クエスト内容:群れからはぐれたゴブリン5匹、その息の根を止める》

《討伐数:0/5》

《クエスト報酬:特殊スキル選択権、特殊な称号、経験値:中》


 調子に乗って鼻の穴を開いていた大河は冷水をぶっかけられたようにテンションが下がっていた。


 ご、ゴブリン5匹?


「……ま、まぁ別にもう十分リソース確保したし?……別に今は無理しなくても、いい、みたいな? そんな気はする。ああ、するとも。無意味にその生命を散らしては意味がな__」


 惨めにいい訳を重ねる大河の脳裏に、突如響き出す悪魔の囁き__


__お兄ちゃんってキモいし変態だけど、人に嫌がらせするのは得意だよねー、まじキモイ。人前では静かにするのに家だとうるさいし、それ弱者チキン男性ってゆーんだよ。厳しいって__


「じゃかぁしぃわ! お兄ちゃんビビりじゃねぇし! あー頭きた。もういい、もう全部わからせちゃおっかなぁ! この俺の頭きた発言は世界が震えちゃうから封印してたけど、もう怒りの戦争始めちゃお!」


 勝手にひとりで盛り上がって、勝手に怒り出して力強く地面を踏みしめ洞窟の外へと歩いていく大河。


 こいつはバカだった。


「来いッ! 無貌の旋律プロテウスッ!」


 歩きながら後ろに右手を伸ばし、その銘を呼ぶと、回転しながら黒き剣が飛来する。大河はノリで話しているため気付いていない。


 着弾。


「__いたっぃ、へぁ!? なに? え、無貌の旋律プロテウス……? ふ、ふは。すまんな、少し気が抜けていたようだ。どうにも今の世は平穏すぎて、腑抜けて仕方がないが……お前と一緒なら、俺も昔の勘を取り戻せそうだ」


 背後から右手に向かって飛来した、無貌の旋律プロテウスの持ち手がパシッと収まった。めちゃくちゃ驚いてくねくねしている大河だったが、説明にない隠し機能をその厨二病で持って明らかにしていた。


「共に行こう」


 呼べば来ることを知った大河はまるでペットを見つめるかのような視線を手元に送る。こいつはきっとジュースの缶に名前を付けて散歩できるに違いない。


 先程考えた自傷する可能性をさっぱり頭から消し去り、大河は頑張って黒き剣を持ち運んでいた。


 無人島生活が始まり、13分が既に経過していた。


 現在、9:14分。





★■★■★■★■★








 称号、始まりの狩人ファースト・ハント。その効果を大河は余すところなく享受していた。


「……わかる、理解わかるぞ。邪悪で矮小なその気配__この俺の眼からは逃れられん」


 洞窟から出て、少し歩いた森の中。さらにその先から、パチパチと何かの音がしていた。


 大河はそこに邪悪な気配を感じていた。前方には草むらが生い茂り、真正面から行けば気付かれるのは明白だった。


 徐にスマホを取り出し、スキル欄をタッチ。


 新たな力を手に入れる。

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