俺だけ無人島生活イージーモードな件〜厨二病ぼっち、自分勝手に無人島攻略を無双する〜

歩くよもぎ

第1話 厨二病、無人島に立つ。



「一体、何が起こってるんだ……? ッ! まさか、この俺の命を狙って__」


 辺り一面に広がる海辺。ざぁざぁと波が引き、そして戻っていく海岸がそこにはあった。降り掛かる太陽光に涼しい海風。


 ひじり大河は混乱の極みに陥っていた。


 __突如、古典の授業中に現れた真っ白い光の球体。


『うわ、眩しっ……先生なんですかこれ!』

『え、浮かんでるじゃん! すっごー! 先生の手品? やるねぇせんせーも!』

『言っとくけど私じゃないからね皆! 用務員の人呼んでこなきゃダメかなー? ちょっと待ってて__!?』

『というか豚くんのいびきうるさいんですけどせんせー。ついでにこいつも連れてってくんね?』


 生徒たちも空中に現れた光の玉に興味津々だった。何の危機感も覚えていない、当然っちゃ当然だろう。言ってしまえば電球が増えた程度の異常でしかない。


 その光の球体が膨張したと思えば、気付けば大河はこの海辺に立っていた。


 ちなみに大河は光の球体が現れたことを知らない。


「俺が仮眠を取っている間に何が……いや、考えるのは後だな。制服にスマホ……これだけか」


 とりあえずスマホを起動する。すると画面には見覚えのない謎のアプリケーションの取り扱い説明書が書いてあった。時刻は9:00。


《無人島生活の手引書》

・ジョブを選択しよう!

・レベルを上げよう!

・スキルを獲得しよう!

・クエストをクリアしよう!

・無人島ポイントを貯めよう!


 以上だ。


「……ふん。この世はゲームではないのだがな」


 大河はそう吐き捨て、更にスマホを操作する。


《聖大河》

《ジョブ:未選択》

《レベル:なし》

《スキル:選択不可》

《称号:なし》

《スキルポイント:1》

《無人島ポイント:100》



 ジョブをタッチする。


《選択可能ジョブ:ぼっち、陰キャ、学生、厨二病、自宅警備員、自己中、帰宅部、キモオタ、小太り、シスコン、マザコン、不審者、犯罪者予備軍 KY 虐められっ子》


 終わってるだろ、色々と。俺は別にキモオタ陰キャでもなければ厨二病でもない。厨二病とはありもしない幻想を現実に投射する哀れな生き物であり、俺の場合は確固たる世界の真実を知っているだけだ。なので俺は厨二病ではない。あとシスコンではない……あれはシスターという皮を被った悪魔だ。日夜戦いを繰り広げている。


 ヘルプマークがあるのでタッチする。


《ヘルプ:選択可能ジョブはこれまでのあなたの経験から選び出されます。相応しい経験を積んでいけば、新たなジョブに就くことも出来るでしょう》


 ふざけやがって、誰がぼっち陰キャの自己中厨二病キモオタじゃ。


 とりあえずぼっちを選択する。するとスマホに通知が鳴った。


《称号:スマホ中毒 の獲得。おめでとうございます! あなたは全てのユーザーの中で初めてスマホを起動しました!》

《称号:先駆者 の獲得。おめでとうございます! あなたは全てのユーザーの中で初めてジョブを獲得しました!》

《称号:始まりのぼっち の獲得。おめでとうございます! あなたは全てのユーザーの中で初めてぼっちになりました!》


《聖大河》

《ジョブ:ぼっち》

《レベル:0》

《スキル:未選択》

《称号:スマホ中毒 先駆者 始まりのぼっち》

《スキルポイント:1》

《無人島ポイント:100》


 ……へぇ。


「全てのユーザー、か。……ならばリソースの奪い合いというわけだな。ならやるべきことは決まった」


 スキルを選択する。


《スキルポイント:1》

《選択可能スキル:レスバ 言い訳 人間観察 気配察知 空気 毒耐性 黒魔術 KY 便所飯 仮眠 寝たふり》


 ちょくちょくゴミが混じってるのは何なんだ。色々あるな……迷っている暇はない。毒耐性でいいか。無人島で生活するとなれば、序盤は1番使うはずだ。世界の叡智は知っているが、低次元な領域の知識はないからな。


 ああ、俺の高次元なメルセンヌ素数が脳内を這い回る。


 毒耐性を選択する。


《毒耐性 を獲得しますか?》

《YES/NO》


 YESだ。


 再びスマホに通知がなった。予想通りだ。


《称号:始まりのスキルホルダー の獲得。おめでとうございます! あなたは全てのユーザーの中で初めてスキルを選択しました!》


「掴めてきたぞ、この島の法則ルールが」


《聖大河》

《ジョブ:ぼっち》

《レベル:0》

《スキル:毒耐性[+1]》

《称号:スマホ中毒 先駆者 始まりのぼっち 始まりのスキルホルダー》


 辺りを見回す。海岸に落ちている乾いた木や海藻。後ろには岩に森が広がっている。


 スマホの画面を見るに連絡手段はない。この珍妙なアプリしか存在していないのだ。


 焚き火をすれば、煙で誰かに見つけてもらえるかもしれないが、突然日本の教室からこの暑苦しい空間へと生徒を攫う存在のことを考えるの望みは薄い。


 現代無人島遭難ミステリー殺人ストラテジーファンタジーRPGものか。いいだろう、相手になってやる。この俺、聖大河が。(バカ)


「ふっ、ふふ、ふはははははは!!!! よもやこの俺を呼び寄せてしまうとはなッ! 無人島を支配するものよッ! 貴様らの企みは始まりの時点で挫折したッ! ぬぅぁぁっはっはっはっは!」


 宣誓しよう。この無人島ゲーム、聖大河が全てのリソースを食い荒らしてやる。 頂点は、俺だ。


 芋臭い長い前髪から、ぎょろりと眼光が光を放つ。興奮して開いた鼻に大きく開けられた口から、常人であれば身の毛のよだつような痛々しい宣言が放たれた。


「ぎゃぎゃ?」

「あっ、え?」


 汚い声と共に、大河の背後からガサガサと草をかき分ける音がする。


 背後に振り向くと、そこには醜悪な顔をした緑の小人が棍棒を持って不思議な顔をしていた。


 不味い。不味い不味い不味い不味い、不味いッ! あれは、ゴブリンというやつだな? 異世界ラノベにおける序盤の雑魚キャラ! だが生憎俺は肉体派ではないのだ! 間違いなく負けるぅぅぅ!


「い、いやぁぁぁぁぁあ!!!??? 犯されるゥゥゥゥゥ!!!?」

「ぎゃぎゃぎゃぁぁぁぁ!!!」


 芋臭いブスが走り、棍棒を振り回しながら緑色のブスが追いかける。


 砂浜にくっきりと残る足跡たち。心做しか足跡までブサイクだ。


 ブスとブスのランデヴーが、無人島にて開催された。特筆すべき点は、そのランデヴーは肌色のブスが捕まってしまえば緑のブスのエサになってしまうということだろうか。そんなに差はないのかもしれない。


「ま、まてぇぃっ! とまれ! 止まっ、ひぃ……ひぃっ……!」


 全力で走って10秒で息が切れ始める大河。お母さんに毎日車で送り迎えしてもらっている大河は運動不足だった。


 もう追いつかれてもおかしくないが__ちらり。


「ぎゃっ、ぎゃぁ……ぎゃぁ……」


 後ろのゴブリンも息を切らしていた。ふっ、ふふ。バカめ!


「ひぃっひぃ……この俺はっ、ふぅ……お前がそうして、息を切らす瞬間を待っていたのだッ! ふんっ!」


 大河は足元に散らばる海藻を必死に拾い集め、腰を無意味にくねらせながら頭上に海藻を振り回した。小太り気味のお腹がぷるんっと揺れる。


「どうだ! これが海藻螺旋領域ッ! 名付けてギフト・オブ・シー・スパイラル! 近付けまいッ! それがわかったのならば、早々に立ち去るが良い! 矮小な生命を無下に奪うほど、この俺も鬼ではない!」

「ギャギャァァォッ!」

「いや、あの、マジで帰ってェェェェェ!?」


 必死な形相でゴブリンが棍棒を振り回し、大河の展開する海藻螺旋領域を踏破していく。身体に海藻がへばりついて少し嫌そうな顔をするが、元々ブサイクなのであまり変わっていない。


 近づく緑の小人。海藻がへばりついた棍棒がぬるりと嫌な光を放つ。


 全身をくねらせ、更に海藻を振り回す大河。もはやどうしようもない。運動不足の小太りキモオタ厨二病ぼっち陰キャはここで無惨に命を奪われ__


「ぎゃぎゃっ!?」


 ゴブリンは身体に巻き付いた海藻が足に縺れ、白い砂浜へと顔面ダイブする。砂が目に入った凄く痛そうにもがき苦しんでいるようだ。


 千載一遇のチャンス、大河は怖いから近付きたくないので、更に海藻を拾いゴブリンを巻き続けた。


「ぎゃー、ぎゃぁっ!」

「ふっ、ふふ。ふは、ふははははは!!! 愚かよのぅ! まさかこの俺が、日本政府から目をつけられた史上最悪の俺が、本当に劣勢にあるとでも思っていたのか? マヌケがぁ! 全てはこの為の布石よ! 貴様はこの俺との知恵比べに負けたのだァァァッ!!」


 大河は公園や夜の誰も居ない道路で不審な動きをするので、警察に職質をよくされる。通算48回、もはや顔馴染みだ。政府というかお巡りさんに目をつけられている。


 動かなくなったゴブリン。微かに声を漏らすのみだ。


 ここから、俺はどうすれば……いや、わかっている。レベル表記にジョブの設定。ここで、俺は人生で初めて、殺意を持って生き物を殺さなくてはならない。


 この無人島を生き抜くために。


 ゆっくりと歩みを進め、雁字搦めになったゴブリンにとどめを刺す石を拾う。重たくてプルプルするが、頑張って運ぶ。


「ちょ、ちょっと休憩……ふぅ……なんでこの俺が、こんなに苦労しないと、ふぅ……いけないんだ。スマホ見よ」


 大河の脳裏に、小休憩を挟みすぎた中学の頃のマラソン大会の思い出が蘇る。デブ友にすら見放された苦い思い出。


 気が付けば通知が来ていた。確認すると、


《緊急クエスト発生!》

《緊急クエスト:君の名は》

《クエスト内容:群れからはぐれたゴブリンを一匹この世から消し去る》

《討伐数 0/1》

《クエスト報酬:クエストアプリの解放、無人島ショップアプリの解放、水入りペットボトル500ml、経験値:小》


 殺るしかない。マジで。


 抱きかけた慈悲の心を一瞬で便所のトイレットペーパーのように破り捨て、大河は鬼の形相で石をゴブリンに投げつけた。


「ぎゃっ__」

「……すまんな。矮小なるものよ。……ああ、わかっている。俺も、そのうちそっちに行くさ……」


 ハードボイルドな雰囲気を出して、複合妖怪チビデブスは青空を見上げた。こんなのに殺されるとはゴブリンも報われないだろう。無駄に澄んだ瞳が蒼空を反射する。


 しゅわっととどめを刺されたゴブリンが、黒いモヤとなって消える。


 ピコン!


 ハードボイルドを投げ捨て、食い入るようにスマホを見つめる大河。先程奪った命はもう頭の中にないらしい。


《称号:始まりの狩人ファースト・ハント の獲得。おめでとうございます! あなたは全てのユーザーの中で初めてモンスターを殺害しました!》


《称号:必殺仕事人 の獲得。おめでとうございます! あなたは全てのユーザーの中で初めてクエストを達成しました!》


《クエスト達成!》


《クエスト報酬:クエストアプリの解放、無人島ショップアプリの解放、水入りペットボトル500ml、経験値:小を受け取りますか》


《YES/NO》


 YESをちょっと膨らんだ指でタッチする。すると空中に青白い光が点滅し、そこに水入りのペットボトルが文字通り転移してきた。


 ビクゥッ! と身体を震わせ、わたわたしながら、へっぴり腰でそれを掴み取る大河。果てしなくダサい。


《レベルが上がりました!》

《スキルポイントを3獲得しました!》


 身体に力が湧いてくる。得体もしれぬ活力が体の中を這い回り、そしてどこかへ消え去った。


「なっ……ふ、ふん。わかりきっていたことだがな。だがこれでハッキリした。このスマホに書いてあることは丸っきりの虚言ではないと……現れた未知の生命体ゴブリン……いや、ミスターG……とでも呼ぼうか。やつの存在は現在の世界の生物から逸脱したものだ」


 急いで水入りペットボトルを開け、まるで給油のように500mlの水を全て飲み干す。


 顔に生気が戻る。実際100mも走っていないのにこの体たらく。遭難した他のユーザーはこんなやつに称号が奪われて、さぞ生きにくくなるだろう。


 そうだったとしても、大河は気にする事はないが。


《クエストアプリが解放されました!》

《クエストアプリ》

・ビギナーズクエスト⬅運営オススメ

・【初日9:00~10:00限定】スタートダッシュクエスト⬅◎運営オススメ

・日刊クエスト

・週刊クエスト

・月刊クエスト

・未開放


《無人島ショップアプリが解放されました!》

《無人島ショップアプリ》

・【数量限定】初心者お得パック⬅◎運営オススメ

・コンビニ

・未開放


「と、とりあえず……日陰でも探そう……」



 燦々と日光は全てを照らす。てかてかに光る小デブは汗をかきやすかった。



 

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