6 黒猫、お仕置き
『彼方の世界』に適合出来た者を『適合者』と呼ぶ。単純にこの世界での活動が出来る者というだけでなく、この世界における力に覚醒した者を指している。
その「力」の形は千差万別ではあるが、共通して言えることがある。
――絶望(闇)の中で一筋の希望(光)を放つ。
鬼が咆哮を放ち、巨大な爪を突き出す。
桜が手に取った旗を一振りした。弧を描いたそれは光の円となり、攻撃を受け止める。
触れた先から爪が浄化の光と侵蝕の闇が鬩ぎ合う。桜は押される力に逆らわず、くるりと柄を逆方向に手の中で回転させ、迫りくる爪を逸らし、内側から旗の光を叩きつける。
燭光に焼かれるが如く、鬼の腕が一瞬にして燃えて灰燼に帰す。力強い動線で動く桜の動きとリンクし、流れるように旗が翻る。
旗の光の眩しさに怯み『鬼』が左腕をかざした。その間を縫って、光旗が『鬼』の頭を捉える。苦痛に満ちた叫びと共に、顔が焼かれ光に浄化される。力が抜けた体が地面に触れるよりも前に煙となって消えた。
消えるその一瞬前、『鬼』の姿が制服姿の誰かの姿になったのを桜は見た。
(誰かの苦しんでる姿……ここは心が実体化する場所なんですね、きっと)
……と、ここまで考察してから彼女は急に正気に戻った。
「ふぇええ……い、今の一体なんだったんですかぁ?」
ふにゃっと、それまで凛としていた姿が嘘みたいに緩んでその場で座りこんでしまう桜。それまで呆気に取られていた夜宵が我に返り、桜に手を伸ばした。
「……ほんと締まらないなー」
「むぅ、無我夢中で勝手に体が動いたんですー! 一体なんなんですか、この旗!なんであの怪物倒せたんです!?」
まだ具現化している旗の先っちょで夜宵をちょんちょんと脇を突いてみる。さっきまで『鬼』を容赦なく焼き尽くしていた凶器ということは頭から抜けていた。
「ひっ、ちょっ、それで突くのやめてよぉ! さっきの化け物みたいに消えたらどうするんだよ!」
「夜宵ちゃんはいいコだから消えないですー……いや、やっぱり悪いコだから危ないかも?」
つんつんしながら桜は笑う。この光の武器が夜宵を傷つけることはないと、何故か桜は確信が持てた。この武器が浄化するのは、負の感情、それが具現化したさっきの化け物だけだと。
「……ほら、帰ろうよ。色々話したい事聞きたい事あるんでしょ」
夜宵の言葉に、桜はつんつんするのを止めた。まだ少し不満はある。夜宵は桜に話すだけ話させて、自分の事はあんまり話さないに違いない。いや、話はするかもしれないが、核心に至ることはきっとはぐらかす――という負の信頼がある。
この謎空間の事とかさっきの化け物の事とか旗の事とか気になる事だらけだが。
――何を置いても
あの時から、今まで夜宵が何を思っていたのか、どんなことが起きたのか……なんでこんな危険な場所のことを知っているのか。
一瞬見えた傷だらけの夜宵の事が頭をよぎる。あれはきっと心の傷だ。
「これまでの事、ぜーんぶ話してね、そうじゃないと友達やめちゃうかも」
「えっ……そ、それは悲しいかな……」
半分くらい冗談だったが、夜宵がここ1年で見た事ないくらいに動揺している。ちょっと言い過ぎたかなと思いつつも、桜は彼女の言葉にはにかんでいた。卒業後ずっと胸の中のつっかえが取れたような気持ち。
「悲しいってことはー、まだ友達だと思っててくれたんですね」
「……そうだよ。でも、桜もそう思っていてくれたか自信無かったけど」
その後、どうやって元の世界に戻ったのか桜はよく覚えてない。2人で連れ込まれた女子生徒を支えて『穴』から出て現実世界に戻ったのだろう。
それからは怒涛のように時間が過ぎた。その日は教師が集まって大変な騒ぎになり、『現・陰陽寮』と名乗る怪しげな「ボランティア」組織の人が学校まで来て――何故か学校に入る許可が当然のように取れていた――話を聞かれ、聞かされと、頭がパンクするかと思った。
夜宵とちゃんと話せたのは、その夜のことだった。
霊具
彼方の世界だけで使える希望を具現化した武器。桜の場合は星の光を放つ旗。旗の銘は『Star gazer』
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