【14】勇者の称号

 リンツ街のギルドに併設された宿屋に足を運び、宿泊代を支払った。

 用意された部屋の鍵を開けて中に入ってみる。ギルド併設の宿屋ということもあって、モルサル街のそれと基本的な造りは同じようだ。


「……まずは風呂だな」


 道中の疲れと汚れを落とすためにも、風呂に入りたい。

 しかしベッドに腰掛けると、ついそのまま横になってしまった。


 二日振りのベッドは、とても気持ちがいい。

 このままでは今すぐにでも眠ってしまいそうだ。


 それにしても、まさかリンツ街に来ることになるとは思ってもみなかった。


「もう一度、王都を目指してたんだけどな……」


 自嘲する。

 それは叶わない夢か幻か。


 瞼を閉じると、急激な睡魔に襲われる。

 風呂に行かなくてはと思いつつも、ベッドに沈んだ体が動くことはない。

 そして俺は、夢の世界へと誘われてしまった。


     ※


 リジン・ジョレイドは、小国ホビージャの生まれだ。

 エイジェーチ家は子爵位の貴族だが、リジンは母の連れ子であり、エイジェーチ家との血の繋がりは一切ない。

 故に、家督を継ぐことはなかった。


 実の母親と、新しい父親、そして三人の兄弟からは、存在自体を否定されていた。だからリジンにとってエイジェーチ家での生活は居心地の悪いものでしかなかった。


 そんなある日のこと、とある勇者パーティーの活躍がリジンの耳に入った。


 世界にたった五名しか居ない金級三つ星の冒険者。

 彼らは、一人一人が【勇者】の称号を授かっていた。


 そのうちの一人が、パーティーの仲間たちと共に、魔王の右腕とされる魔人の討伐を果たしたのだ。


 彼らの中には、貴族階級の生まれは一人もいない。全員が田舎の小さな村の出身だ。

 それでも腕っぷしと勇敢さを武器に冒険者として成り上がり、いつしか世界中から称賛されるまでに成長していた。


 いつか、いつか自分も彼らみたいになりたい。

 信頼できる仲間を得て、共に世界中を旅してみたい。

 冒険者として名を上げ、ゆくゆくは金級三つ星の冒険者となり、【勇者】の称号を手にしたい。

 子供ながらに、リジンは大それた夢を抱くようになっていた。


 そして決めた。

 ギルドで冒険者登録が可能となる十八歳になると同時に、エイジェーチ家を出ることを。


 有言実行。

 リジンは十八歳の誕生日に、家を出て冒険者になると両親に伝えた。


 すると、あっさりと許可される。

 しかしながら、エイジェーチ家とは今後一切関わりを持たないことが条件だった。つまり、リジンはエイジェーチ家から追い出されたのだ。


 それでも、リジンの心は晴れやかだった。


 ようやくエイジェーチ家との柵から解放される。

 これからは、自由に自分が思い描いた人生を生きていくことができるのだ。


 リジンの足取りは軽かった。

 その行き先はもちろん、冒険者ギルドだ。


 だが、リジンはまだ知らなかった。

 この日から五年後、自分が憧れた金級三つ星の冒険者――【勇者】の称号を持つ人物が、アタッカー不要論を世界中に浸透させることになるとは……。


 そしてもう一つ。

 リジンには婚約相手が居たということを……。

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