【13】知らぬが仏

 場所はモルサル街の裏山。

 時刻はリジンとロザリーがリンツ街まで徒歩移動するときまで遡る。


「いたぞ! 灰色狼だ!」

「あれが裏山に潜む魔物の上位種……! ユスラン、泥鼠を召喚するから引き付けといて!」

「ああ、任せてく……うわっ、速い!」

「ッ!! ユスランッ、大丈夫!?」

「う、腕が! 腕を噛まれた! カヤッタ! 早く回復魔法を掛けてくれ!」

「待って! すぐに唱えるわ! ――って、ちょっと! 灰色狼がこっちを見てるわ!」

「おい! 早く回復してくれ!」

「フージョ! 召喚魔法はまだなの!? あたしが狙われたらお終いなのよ!!」

「うっさいのよ! 召喚魔法ってのは繊細なんだよ! 集中しないと失敗するから黙って待ってろっての!」

「うぅ、それより早く僕の腕を治してくれ……!」

「ひいっ、もう一体いる!! どうするのよ! これどうすればいいのよ!」

「っっっ、失敗した! カヤッタがごちゃごちゃうるさいから召喚できないんだけど!」

「――おい? お前たち大丈夫か!」

「ッ!? たっ、助けてくれ! 灰色狼に殺されてしまう!」


     ※


「……うぅ」

「まだ痛む?」

「ああ、少しね……」

「ユスラン、可哀そう……。どこかのテイマーが召喚魔法に失敗していなければ、わたしもすぐに回復魔法を使うことができたのに……」

「おい、それあたしに喧嘩売ってんの?」

「? わたくし、一言もフージョの名を口にしてはいませんよ?」

「テイマーって言ったろ! 名指ししたようなもんじゃねえか!!」


 二体の灰色狼と対峙し、死を覚悟してから数時間後。

 ユスランたちはモルサル街の酒場で管を巻いていた。

 灰色狼との交戦中、他の冒険者パーティーに助けられたことで、何とか命からがら町に戻ることができていた。


 二角兎の指定依頼から、更に二つ続けて依頼を失敗している。

 灰色狼に噛まれた腕は、カヤッタの回復魔法で傷口を修復したのだが、あまり効果が無いらしい。今もまだ痛みが取れずに、ユスランは苦悶の表情を浮かべている。


 そして、それが原因でテイマーのフージョとヒーラーのカヤッタが責任の押し付け合いをする始末だ。


「ふんっ、ヒーラーが聞いて呆れるっての」


 鼻息荒く、フージョが酒を煽る。

 コップ一杯を一気飲みしたあと、カヤッタの顔を睨み付けた。


「ユスランの傷を治せないなら、あたしたちのパーティーに居る意味ないんだけど?」

「それはこっちの台詞よ。貴女がもっと早く薄汚い鼠を召喚していれば、ユスランもこんな目には遭わなかったはずだもの」

「今なんつった!? 薄汚いだと!!」

「まあもっとも、鼠が狼に勝てるとは到底思えないけどね」

「ふざけた口利きやがって! カヤッタ、お前なんかあたしたちの後ろでオロオロするしか能がねえだろーが!」

「ヒーラーが前に出てどうするのよ? あとわたし、オロオロなんてしていませんから」

「もういい、二人とも黙ってくれ」


 口喧嘩を続ける二人を宥めるように、ユスランが口を挟む。

 その目は、ここには居ない人物を映そうとしている。


「元はと言えば、これも全部彼らのせいだ」


 それはもちろん、リジンとロザリーのことだ。

 ユスランは、現状がその二人によって引き起こされたものだと考えている。


「この借りは……絶対に返す」

「……じゃあ、追いかけないとな」

「そうですね。それにはわたしも賛成です」

「決まりだな」


 すっくと席を立ち、腕を庇いながらも心を決める。


「……恥を掻かされたままでは我慢ならない。彼らに一泡吹かせてやるんだ」


 この日、リジンとロザリーの背を追いかけることを決めたユスランたち。

 それからすぐに、王都から到着した交易馬車に乗り込んで、リンツ街へ向けて出発する。


 しかし、彼らは気付いていなかった。

 ――否、彼らだけではない。


 リジンも、ロザリーも、ギルド職員のイルリも、ギルドマスターも、そして山賊もどきの御者でさえも。


 モルサル街とリンツ街を結ぶ谷あいには、本物の山賊が潜んでいるということを……。

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