ナンバ

 「ナンバちゃ~ん。おつかれぇ‼」

 3ヶ月前から新しくバイトをしている、店長は私とあまり歳が変わらない人だが、私より気配り上手で真面目でしっかりした人で仕事内容を一から教えて貰い私が困っているとすぐに助けてくれて、いつの間にか仕事以外でも相談する仲になっていた。

 

「いやぁ~、いつもありがとうね。ナンバちゃん明日もシフトあるよね?」

 「はい。10時からですね」

 「うんうん。そうだねナンバちゃんはココの看板娘だからいつも助かって貰っているよ」

 「アハハ看板娘なんて、そんな大げさな……」

 「いやいや大袈裟なんかじゃないわよ。すぐに常連さんの好みを覚えたり、お客さんと楽しく会話をしてたり、この前のクレーマー対応なんかも始めてと思えないくらいスマートに対応して好感を持ってくれたお客さんもいっぱい出来ただろうし、この店の常連さんの中にはナンバちゃん目当てで来てくれている人も多いでしょうね」

 

 店長は店長は、ウフフと口元を手で翳し楽しそうに笑う。

 「嬉しそうですね。店長......」

 「まぁ、ナンバちゃんも楽しそうに仕事をしてくれているのなら、私は嬉しいの。でも、少し心配なとこもあるのよ。あのね、常連の幸薄そうで安っぽいスーツを着て、毎日来る男の人......」と顎を指先でトントンと叩きながら、話に出したい常連客の特徴を上げようと思い出そうとしている仕草をする店長に、私は何気にぱっと思い浮かんだススキさんの特徴を上げてみた。

 「ひょっとしたら、髪があまり手入れされていないボサボサ頭で、いつも朝の早い時間にオリジナル珈琲とワッフルを買いに来る人ですか?」

 「そうそうその人、名前は知らないんだけどね。その人と仲良さそうに話しているじゃない?」

 「まぁ、はい。お話ししていると楽しいですね。なにか悪かったですか?」

 「う~ん。別に悪いってわけじゃないんだけど……」


 営業時間が終わった店内を、きょろきょろと辺りを見渡し誰もいないことを確認してから、ひそひそと話し始めた。

「数年前の話なのだけれどね。ここでバイトしてた子でいつも色んなお客さんたちと誰とも変わらずに和気藹々と接していたのだけど。ある日勘違いした男がその子をストーキングして挙句には、その子は心が病んじゃって辞めざるを得なくなったことが有るから、ナンバちゃんもお客さんとの距離感に気を付けた方が良いよ」

「はい!分かりました」

 私は、店長の忠告にそう返答した内心で、あのうじうじと話す気の小さな男がそんな馬鹿げた事をしていても警察に通報するぞ。と軽く脅せば済むと、店長が語ったような大事になる事は無いだろうと軽く見て居ていた。

 

 首に掛けた社員証に映ってている顔写真とさほど変わらない惰性で生きて引き締まりのない顔が私の顔を見れば、耳の先を赤くなって俯く様が可笑しく、品物が出来上がるまでの、短い時間に話し掛け楽しむのが、いつも間にか私のささやかな楽しみになっていた。


 店長に注意された日かしばらく経過して、注意された内容が何だったかうすぼんやりと忘れてしまったある日の事、朝の最繁時で嫌味な客が入店し理不尽なクレームを浴びせまくり、一時期私が入るレジがその客のせいで使えなくなり混み合っているのにさらに会計待ちする客が増えて、いつも以上に捌くのに時間が掛かり退勤時間を迎えても、その事でかなりムシャクシャしてそのまま家に帰る気になれず。少しお酒を飲んでから帰ろうと思い立ち、最寄駅から近かった呑み屋の暖簾を潜った。



 一人でハイボールやレモンサワーと申し訳程度のツマミで、ほろよい気分になっていると何の偶然か、酔い潰れたオッサンを担ぎ苦しそうな顔をした、ススキさんが暖簾を潜ってやって来た。

 すぐに私と気が付いた彼は、眼を逸らして私から離れた席に腰を降ろし、頼んだビールを私が気づかれない様にこちらに背を向けて呑んでいるのがなんとなく気に食わなくなり、こっちから仕掛けに行った。


「アレ?ススキさんじゃないですか?わぁッ!偶然ですね」と彼に近寄り空いている席に強引に座り、気が済むまで仕事の愚痴を吐いて、彼のお酒が無くなりそうになれば合意なしに新しいお酒を注文し、酔い潰れるまで飲ませた。


 彼は私の愚痴話を顔から耳まで林檎みたいに赤くしながら、はい。はい。とたじたじで愛想笑いを浮かべながら相打ちを打っているが、なんだか水飲み鳥みたいで面白い。

 

 調子に乗り過ぎた私は彼を揶揄うので夢中で、乗るはずだった電車の終電時刻をうっかり見過ごしてしまっていた事に、この時の私は気づいていなかった。


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