第59話 親子団欒
「つまりだな、言い方は悪いが、ジョンは望まれぬ子供だったのだよ」
小麦粉を塗して、多めのバターで揚げ焼きにされたサーモンの身は、表面の照り具合と同じくらいに瑞々しい。
熱されたバターでよくアロゼ……、油をかけて身を熱する技法だな。そうして熱された身は、身の乾燥が抑えられ、ジューシーさを維持したまましっかり焼かれるのだ。
身の繊維を噛み潰すと、バターと肉汁とが混じった液が溢れる。
しかし、レモンを使ったあっさりとしたソースは、生臭さを消し、油っぽさも軽減し、非常に淡白で上品な味わいにしてくれる。
やはりプロの料理人は違うものだ。
何をやらせてもパーフェクトな天才キャラクター「シバ」の肉体と知識を持つ俺だが、だからこそ、この世界の料理の技法や、食材の性質の細やかな差異などを詳細に感じ取れていた。
なるほど、これがこの世界で「ウケる」味付けなのだな、と。俺は舌に覚え込ませつつも、ジャネットの言葉に耳を傾けた……。
「無論、私はジョンのことを愛している。それは胸を張って言える。だが、貴族の家とはそう簡単なものではない」
ふむ、ふむ。
「望まれない子とは、つまりどういうことだ?」
俺は直截に訊ねた。
予想はつくが、一応な。
「ああ、その……、大っぴらに言っていいのか分からないのだが……」
声を小さくするジャネットは、俺達にこう言った。
「つまり、だな。私は、ファーン伯爵家の守役で。代々、当主の家庭教師であり……、その、筆下ろし役でもあるんだ」
「ぶっは」
おっと、アデリーンがワインを噴き出したぞ。
うん、無理もない。
俺も笑っちゃいそうだもん。
ってか、そっちかよ。
普通に妾腹とかそういう話だと思ったのに。
ま、まあ、あり得る……、のか?
エルフって閉経とかしないのかな。後でアデリーンに聞いてみるか。学術的興味だから!のゴリ押しで聞けば答えてくれそうな感じはあるしな。
「で、普段は避妊の魔法を使っているのだが、先代当主との行為の時はそれを忘れていてだな……」
「ああ、はい……」
いやぁ……、ははは。
んー、何これ?
俺はどんな反応を返せばいいんだ?
笑っていいか?
コンドームの付け忘れ……ってことでしょ?
いやあ、笑う。
「母上!食事の席でそんな話は!」
ジョンは怒る。
まあ、うん。
そりゃ怒るわな。
「い、いや、すまない。……ま、まあ、その、そんな感じでだな。ジョンは、できてしまった子供なんだ」
「そうか」
そっか……。
「前当主は素晴らしいお方なのでな。現当主の兄弟扱いで、ジョンを養育してくださった。だが、現当主の筆下ろしの時にその……、ジョンの話がな、出てきてな。若い現当主は、ジョンを嫌うようになって……」
「ジョンは出奔した、と?」
「そんな感じだな」
うんまあ、そりゃそうなるわ、としか……。
つまりアレでしょ?そのご当主様は、自分の筆下ろし役がスッゲェプロの代々やってる(ヤってる)女で、自分の父親どころか先祖代々と穴兄弟だったって言われて、ついでにお前が親戚か何かだと思っていたガキは、筆下ろし役の実子です!と、筆下ろし当時のガキの頃に言われたんでしょ?
そらそうなるわ。
いやまあ、貴族家の気持ちはめっちゃ分かるよ?
バカみたいな話だけど、こういうのは大事なんだよ。かなり。
貴族の当主って言えば、家格はどうあれ国の要人。ハニートラップやら何やらを仕掛けられることもあるだろう。
だから、精通したら、信頼できる女を筆下ろし役として当てがわれて、床での作法というか何というか、そういうのを習う訳だ。
学校も、性教育もない世界だからな。言っちまえばそれこそが性教育なんだよ。
で、やっぱり、伯爵家くらいの格の貴族になってくると、筆下ろし役もちゃんとしたのを用意しなきゃならん。
……いつまでも若く美しく、教師としての技能を持つ上、他種族である為お家騒動にもならないエルフの女従者。うってつけだよなー?
そういうことだな、うん。
いやあ、なんか盛大なシナリオがあるかと思いきや、普通にギャグ落ちじゃねえか。
困るんだけど……?
「いや、それなんだがな。現当主殿も大人になってくれてだな、ジョンを呼び戻す許可をいただけたのだ」
「私は帰りませんよ」
「そう言わずだな、顔だけでも見せに……」
「どの面を下げて会いに行けと?」
「いい面構えに育っただろう?」
ああ、こいつ。
このジャネットとかいう女。
典型的な、家庭を作っちゃならんタイプの女だな。
戦士としても指揮官としても教師としても一流だが、致命的なまでに人の親に向いていない。
これで人格者であるから手がつけられんな。
ジョンを愛しているという言葉に嘘はない。
それは、《看破》を使うまでもなく分かる。
なまじ、自分の能力が高いから、他人の気持ちが考えられないんだろうな。
ジョンは見た限り、天才ではないが秀才な努力家だ。
だが、ジャネットはガチガチの天才型。
性格が一致する訳がない。
このジョンという男の、どことなく諦観が垣間見える曖昧な態度は、この母親の元で育ったからだろう。
どこまでも有能で万能で、最悪の母親に育てられたジョンは、生まれた環境もあって「ひねくれた」訳だ。
全くもってつまらないが、こう言ったギャグ落ちもまた一興。
最近は悪魔王関係のキャンペーンシナリオがどうとか、真面目な話をしていたからな。
たまにはこんな外伝シナリオも良いだろう。
それはさておき、店の方は美味かったのでリピート確定だ。
自炊もいいが外食も乙だよな。
「まあ、そんな訳でだな。久々に帰ってこい、ジョン」
「何が、『そんな訳で』ですか。そのつもりはないと言っているでしょう」
「母は違うとはいえ、現当主殿はお前の兄弟なのだぞ?」
「いや、それが原因ですよね」
「大丈夫だ、家族だからな!」
うわあ、害悪ムーブメント。
見ていてかなりキツいぞ。
「だが、私も親なんだ。お前が無事なのからいつも案じていたんだぞ?」
「ですが……」
「なので、こうしよう」
「一月待つ。だから、信頼できる仲間を連れて来るんだ」
あっ、ジョンの表情が死んだ。
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