第58話 家庭の問題
「ふむ」
俺は嘆息した。
今まさに、俺の目の前で何かしらのクエストが始まろうとしている……。
その事実があまりにも面白く、感心してしまったからだ。
まさに、運命の脈動する音が聞こえるというものではないか。
クエスト!それも、魅力あるNPCのサイドストーリー!何と甘美なる響きか!
……ああ、いかんいかん。
感動するばかりではいけない。
イベントスチルの解放と、ムービーを見なくては。
そしてセリフのログを脳内に焼き付けて、設定資料集も買って、考察をノートに書き記してゆっくりしたボイスの解説動画をニヤニヤ動画にうpしなくては!
NPCイベントはゲームの華だ。
華の都なんて二の次三の次、ゲームの華たるイベントを見せろ。
「……久しいな!」
女エルフはそう言った。
ジョンに似て甘いマスクの、柔らかさと鋭利さが同居した美貌の女だ。
しかしそれでいて、ジョンとは違いはっきりとした目つきと、小さな背丈が印象的だな。見た目は少女そのもの、可愛らしいとも言えるくらいだ。
具体的に言えば、ノースくらいの体躯ではなかろうか?長命種たるエルフらしい、若々しい見た目も相まって、本当に少女にしか見えない。
さてさて、ジョンの血縁者であることは容易に想像できるが……?
「……母上」
おお、驚きだな。
まさかの母親だ。
こんな可憐な少女から、このようなノッポのハーフエルフ男が生まれたとは。
生命の神秘とでも言わせてもらうべきだろうか?
「急に飛び出して……、心配していたぞ。息災だったか?」
「ああ、はい……」
優しい微笑みを浮かべるその母親に比べ、ジョンは、酷く気まずそうな表情を浮かべている。
短い付き合いだが、このジョンという男はいつも、飄々とした薄ら笑いを浮かべているような奴だったと認識しているのだが。
「ああ、可愛い我が子よ。たった一人の我が子よ。もっと近くで顔を見せておくれ……」
「貴女は……、私に会うべきではないでしょう」
「ああ、御当主様の言葉を気にしているのは分かっているぞ。お前は優しい子だからな……」
「子供扱いはやめて下さい、もうそんな歳では……」
「お前はまだ二十そこらだろう?エルフからすれば、赤ん坊のようなものだ」
おっと、ご家庭の会話……。
御当主様、とは?
「そちらは、お友達かな?」
「いや、彼らは……」
「まあ待て、自己紹介くらいさせてくれ。さて、お初にお目にかかる。私はファーン伯爵家の守役、『ジャネット・サスイード』だ。ジョンの母親でもある、よろしく」
ふむ……。
金髪を長く伸ばしたエルフの少女(母親)か。
しかも女騎士属性も併せ持つとは。
……特殊性癖では?
それはそれとして、俺がステータスを看破したところ……。
「……なるほど、できるな」
アデリーンと同等か、それ以上の強さだと?
参ったな、かなりの重要NPCかもしれんぞこいつ。
冒険者レベルにして9はあろう英雄、職能は剣士(ソードマン)レベル9、魔術師(メイジ)レベル7、野伏(レンジャー)レベル8、戦術家(タクティシャン)レベル8、将軍(ジェネラル)レベル7、教師(ティーチャー)レベル7といったところか。
ガチガチの大英雄だぞこれ……。
ヴィクトリアもジョンも、冒険者レベルなら5くらいだし、それを考えるとガチだ。
「ジャネット・サスイード……?もしかして、『紅蓮剣(クリムゾン・エッジ)』のジャネットなの?!!」
おや、アデリーンが見識判定に成功したようだな。
「おや、そちらのエルフは……?ああ、前に会ったな。確か、アザナエル殿の……」
「ええ、アデリーンです。セフィラの氏族の……」
「おお!君はセフィラの出なのか!素晴らしい、高貴な身だな!謙るべきだろうか?」
「いえ、貴女も偉大なる戦士サスイードの氏族ではありませんか!」
「ふふ、そうか。ありがたいな、その名を覚えてくれている者がまだいたとは……」
そう言って笑ったジャネットは。
「さて、我が子の友人とあれば是非もない。私が奢ろうじゃないか」
「母上!」
「ははは、まあまあ。ここは母に格好つけさせてくれ、ジョン」
そう、俺達を誘ってきた。
そんな訳で、俺は、ジョンの母親であるジャネットと共にレストランに入った……。
「……ところで、そちらのデミゴッド的な何者かは、この世界に存在して良いものなのだろうか?」
席に座った瞬間、俺の存在そのものに鋭いツッコミ。
まあ、それはそうだな。
「あ、とりあえず暴れる気はないようです」
とアデリーンが釈明。
「そうか。それが暴れたら、私が命懸けでも止められる気が一切しないからな!助かるぞ!」
うーん、NPC達からの熱い負の信頼。
本当にありがとうございますって感じだ。
これでも限界まで力を隠しているつもりなんだが、力の総量があまりにも多過ぎてお手上げ状態なんだよな。王の蟲を隠しても股の間から出てきちゃう!何もいないわ!出てきちゃダメ!みたいな?
「さて、まずは注文からだ。その間に、色々と話を聞かせてくれ」
そう言われ、メニューを渡される。
ずらりと、飲食物の名前が並ぶ……。
これだけの品揃え、流石は高級店だ。
メニュー横のお値段の方も、ほぼ全てが時価となっている。
ふむ……、となると。
「おすすめは?」
俺は、メニューを覗きながら一言、呟くように訊ねてみた。
すると、二方向から同じ答えが返ってくる。
「「サーモンのバター焼き」」
答えたのは、ジョンとジャネットの二人。
ジョンは、答えが被ったと分かると否や、顔を歪めてそっぽを向いた。
一方で、ジャネットは。
「ふふふ、そうだったな、ジョン。お前も好きだったな、私と同じく……」
と、温かい視線をジョンに向けていた。
なるほど、面白い。
奢りであまりたくさん頼むのも格好悪いので、メニューを付き返して俺はこう答えた。
「じゃあそれをメインに、適当に頼んでくれ」
「おや、やはり神ともなると、飲食物にはあまり興味はないのだろうか?」
「そんなことはないが……、お前が普段何を食べているのかが気になるんでな」
「……私は口説かれているのか?」
首を傾げるジャネット。
うんまあ、普通に可愛い。
けど……。
「既婚者を口説く趣味はない」
申し訳ないがNTRはNGだ。
「既婚者ではないが……?」
え?
じゃあ息子のジョンは何なんだよ。
「ああ、その辺りの話はこれからしよう。とにかく、私のおすすめでいいんだな?」
「頼む」
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