第54話 キャンペーンシナリオを終えし者

王都コンソティの冒険者達に、知識判定ロールを振らせて遊んでいた俺。


食事を終えたちょうどその頃、ギルドの職員に呼ばれた。


職員の案内で、四階にあるギルド長の執務室に出向く。


そこには……。


「よう、英雄殿」


鋼のように鍛えられた肉体、人並外れた巨躯、鋭い眼光。


その上で、その種族を龍人(ドラゴニュート)とし、更にとある『伝説』を持つ男が一人、佇んでいた。


「我が、ティレル王国冒険者ギルド総長、『ブランド・エルル・エギム』だ。よろしく頼むぜ」


赤い鱗に勇壮なる四本角を持つ巨躯のドラゴニュート、ブランドを知らぬ者は、冒険者には……、いや、世界にはいない。


何故か?


かつて世界の全てを震え上がらせ、モンスター危険度等級にして一級を超えた『特級』と定義されたモンスター……、魔物王『アポカリプスビースト・ネロス』を討伐した勇者パーティの一人だからだ。


この世界なら、子供にも通じる話だな。


高貴なる森人(エルフ)の姫君にして、この世の全てを識るという大賢者アザナエル・アーキーワーズ・ククルスバヤン。


勇壮なる龍人(ドラゴニュート)の族長にして、大地を裂く怪力を誇る大戦士ブランド・エルル・エギム。


神の秘儀により天使の力を得た人間(ヒューマン)の聖女アストレア・ソルグランド。


精霊王の唯一の契約者、偉大なる鉱人(ドワーフ)の精霊使いバーゼム。


東方国家群の秘境にて暗月流と呼ばれる忍法を極めた、若き小人(ハーフリング)の忍者ザンマ・キリガクレ。


そして、天地開闢の聖剣『ライトブリンガー』に選ばれし、人間(ヒューマン)の勇者ルクス・ブラッドフォード……。


勇者パーティの名前を知らない奴はこの世界にいない。


三百年前の実話であり、最も新しい伝説だ。


魔物王との戦いでバーゼムとザンマが死に、ルクスとアストレアは寿命で死に、残った二人はこのティレル王国に身を寄せているとは聞いていたが……、ここにいたとは。


確かに、かつての英雄が冒険者ギルドの総長ともなれば、冒険者ギルドの格も上がるってものだろうな。ネームバリュー的に。


そんな本物の英雄であるブランドに「英雄殿」などと呼ばれるのは、普通の人なら恐縮するだろう。


だが俺は、「英雄も存外こんなものか」と失望していた。


無論、口には出さないが。


ただ、正面から斬り合って勝てる程度の存在でしかないことに気付いてしまい、今後も戦闘面で面白いことは起きないだろうな、と悟ってしまったのだ。


確かに、ブランドは強い。


俺が知る限りで最強の冒険者であるアデリーンも、ブランドと相対すれば一瞬で殺されるだろう。


鍛え抜かれた武技も、ドラゴニュートとして生まれ持った素質も、積み上げられた経験点も、どれも申し分ない。


しかし……、分かってしまうのだ。


このブランドの勇者パーティでの役割は、他のメンバーの盾になることがメインだと。


だから、俺をアッと驚かせるような「何か」は持ち得ない、とな。


いや本当にな、強いのは確かだ。シンプルに強い。


だからこそ、それより更に強い俺を相手にすれば、手も足も出ないだろうな。


しかし、見るべき点は他にもある。


執務室の事務机の後ろ側に立てかけられているあの大斧……。


ブランドの持つ伝説の魔具、『ウコンバサラ』だろう。


凄まじい稲妻の爆轟を発し、所有者の傷を治す力をも持つ、まさに伝説の武器だ。


その代わり、人間が持ち上げるとするならば、屈強な人夫三人がかりでないと無理だ、なんてくらいの強烈な重さがある。


数値で表すとするならば……。


鉄のショートソードの攻撃力が4で、技巧などが乗って最終的な与ダメージ値は8くらい。


そして一般的な人間のHPが20くらいだと見ている。


アデリーンの持つ、サンダーフォース・ミスリルエストック+4で、攻撃力は物理属性12+電撃属性4くらいのもの。


そしてこの『ウコンバサラ』は、データ的には、サンダーバースト・リジェネレイト・アダマンタイトヘビーアックス+6で攻撃力は物理属性30+電撃属性10となる。


装備のために必要なSTRも、低く見積もって30は超えるだろう。具体的な重さを数字で表すと1000poundは超えるんじゃないか?


アデリーンのSTRは9だから、アデリーン三人がいても装備不能なレベルだな。


逆説的に言えば、このブランドという男は、アデリーン三人分を優に超えるSTRがあることが分かる訳だ。


念のために言っておくが、アデリーンは、華奢なエルフの割には力が強い。少なくとも、並の男くらいには。伊達に剣士をやっていないのだ。


うーん……。


戦うところを見てないからなんとも言えないが、概算としての冒険者レベルは……。


重戦士(ホプライト)レベル15、闘神(バトルマスター)レベル13、拳闘士(ピュージリスト)レベル10、格闘士(グラップラー)レベル10……、と言ったところか。


文句なしの超英雄だ。死後は小神になるだろう。


だが惜しい。


このビルドでは、俺にはあらゆる面で逆立ちしても勝てないどころか、びっくりするような隠し球も持てない。


いやあ、残念だ。


俺がそんなことを思っていると……。


「……おいおい、なんたって神が冒険者なんざやってるんだ?」


と苦笑いで告げられた。


おお、流石は元勇者パーティの一員だな。


気付いたか。


勘の良さはやはり、並のものではないな。


この世界のドラゴニュートという種族は、萌え重視のドラゴン女の子!みたいな生やさしいデザインではない。


全身に鱗、マズルの伸びた口、鋭い牙と爪、やや前傾した巨躯に翼と尻尾……。


完全に、古のTRPGなどで語られる、人外の龍人そのものだ。


であるからして、表情はよく分からない。


だがしかし、『目星』と『心理学』の技能が、目の前のブランドという男が動揺していることをしっかりと伝えてくれた。


ブランドは、少しの畏怖を滲ませた低い声で、更にこう続ける……。


「……いや、神の思し召しなど、只人である我には理解できん、か」


ここで言う只人とは、ブランドが過剰に謙っている訳ではない。


ブランドは確かに、ちょっとした神ほどの力を持つ存在だが、それでも神はまた別の次元の強さがあるのだ。


神という領域と比べれば、地上の生き物など全て等しく下等。


即ち、最強の冒険者たるブランドも、神から見れば只人に過ぎないというのは、純粋な事実であった。


「礼を欠いて申し訳ないな、神よ。失礼ついでに一つお聞かせ願いたい」


「何をだ?」


「貴公は何をしに降臨してきた?」


「それを聞いてどうする?」


「知れたこと。貴公の回答次第では、このブランド、身命を賭してでも……」


高まる闘気、滾る殺意。


ふむ、面白いな。


「敵わないと分かっていても、か?」


「それが英雄たる我の使命だ」


なるほどな。


「いや、結構。素晴らしい人格者だ」


「世辞は要らん」


「懸念は尤もだが、特に悪事をするつもりはないぞ?」


「と言うと?」


「まず、俺がこの世界に来たのは……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る