第51話 貪食呑竜
いやぁ最高だなあ!!!
面白いことになってきたもんだ!
「し、師匠!」
ヴィクトリアが狼狽える。
だが俺は、笑顔でこう返した。
「適度なファンブルは厄払いだ。要は肝心な時にファンブらなけりゃそれで良い」
「はい?」
「あー、つまりだな。失敗する時は失敗するんだ。その致命的失敗を、致死の場面で出さなきゃ良い」
「……どうやって、ですか?」
TRPGなら「ダイスの女神に祈れ」としか言えんが……。
この現実世界に生きるヴィクトリアは、それでは納得しまい。
ならばこう答えよう。
「極力ダイスを振らないこったな」
と。
おっと、これじゃ通じないか。
「ああ、ダイスを振るってのは……」
「確率で成否が判定される事象のこと、ですよね」
え?
あー……。
俺が適当に教えた言葉を覚えているのか……。
俺が意外そうな顔をしているのを見て、ヴィクトリアは少し不満げになってこう返してきた。
「師匠!私は、師匠の教えは全て覚えていますよ!」
「そ、そうか」
「はい!師匠のお言葉は、一言一句逃さずに、この『教えの書』に記録してあるんです!」
と、革装丁の手帳を見せてくるヴィクトリア。
中には、俺が語ったTRPG用語やらゲーム用語やらがズラリと並ぶ……。
うーん、やっちまったな!
まあ良いや。
間違ったことは教えてないしな。
さて、現れたるは貪食呑竜(グリーディ・マローダー)……。
亜竜という、飛竜(ワイバーン)や水竜(シー・サーペント)などと同じ種類のモンスターで、ティラノサウルスのような体躯と、その胴体の三分の一までに達する巨大な筒状の大口が特徴か。
馬ほどの速さで地を駆け、その大口で人間どころか牛馬すらをも一口で飲み込んでしまう化け物だ。
おまけに、亜竜だけあって、力も丈夫さも並ではない。
危険度等級にして三級の、強力なモンスターだ。
8レベル冒険者のアデリーンなら対処できるくらいだろうか?いや、タイマンならキツイか?
「これは恐ろしいですね」
どこか他人事のようにそう呟いたハーフエルフのジョン。
狐のように細まった目を、更に細めてそう呟いた。
心理学を極めた俺には分かる。
ぱっと見では、全く焦っておらず、何か隠し玉がありそうなジョンだが……。
内心めちゃくちゃ焦っていらっしゃることを。
心の声を勝手にアテレコさせてもらうと、「こんな強いモンスターが出るとは思わなかった、一体どうすればいいんだろう?」とかだろうか?
おもしれぇなこいつ……。
まあこいつはどうでも良いよ。
俺が出る。
アデリーンには退がっていろと命じて、俺はグリーディ・マローダーの前へ。
『グオオオオッ!!!!!』
威嚇の咆哮。
凄まじい大音声だ。
レベル3以下の冒険者なら、意思セービングスローに自動失敗して竦み上がってしまうであろう、強烈な怒声。
まあアレだな。
だから何?って感じで。
「俺はプレイヤーじゃない。行う(play)ことも祈る(pray)こともないからな」
グリーディ・マローダーが迫る。
かなりの速さだ。
常人なら、丸呑みされずとも、この速度とこの質量で体当たりされるだけで死ぬだろう。
「かと言って、ゲームマスター……、神々の都合で動かされる、NPCでもない。俺は……」
瞬間、抜刀。
「俺も、ゲームマスターなんだよ。ダイスを振らずとも絶対の結果を呼び寄せられる、ルールを作る側だ」
『グ、オ』
そこから数秒過ぎてから……。
グリーディ・マローダーの巨体が、縦半分にズレる。
ティラノサウルスほどの大きさのグリーディ・マローダーは、スーパーの魚の開きの如く、真っ二つにされた。
一瞬で、一撃でだ。
ショートソードを納刀して、俺は死体に駆け寄る。
真っ二つの肉体を検分して、能力を看破した。
このデータは、俺の脳内に保管される。
後に「モンスター辞典」のようなものを描きたいと考えているんだよな。
よく考えてみてほしい。
この世界には、口伝や伝説、神話などはあれども、明確な設定資料集など存在しないのだ。
古のTRPG、ダンジョンアンドドラグーンズは素晴らしい設定の作り込みだった。
その後継のバスファインダーRPGや、日本のソードワイルドRPG然り、設定は物語に深みを与える。
俺は今、自分とヴィクトリアの冒険の様子を記録して、リプレイ小説を書いている。
日本では一応、文系だったし、TRPGのシナリオもかなり書かせてもらっていたからな。
この世界にはまだ存在しない、ライトノベル調の冒険談を小説にしてまとめているんだ。
それに伴い、この世界での冒険を重ねて知識を得て、この世界の設定資料集を出したい。
モンスターの性能を数値化し、能力を書き留め、弱点や強みを記述し、外見のスケッチを添える。
もちろん、巷の冒険者に酒を奢れば、モンスターの弱点については聞けるだろうし、モンスターの研究をする学者は存在するだろう。
だが、この世界の全ての設定を纏めた資料集など存在しない。
それを、俺が作るのだ。冒険の片手間に。
ワクワクしてこないか?
俺は、小学校の教科書とは別でついてきた、授業では使わない歴史資料集を読み感動して、史学の道を進み、その過程でファンタジーやTRPGにのめり込んでいった人間だ。
だから、楽しいんだよ。
この世界について知るのは。
これからもこうして、色々な冒険をして、色々なことを知っていきたい。
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