第49話 剛と柔

段々と道は荒れていく。


確かに、中近世ヨーロッパに近いこの世界だが、流石にアスファルトはないようだ。


「道が整備され、街道の近くに宿場町が多く、比較的旅はしやすい」というのもあくまでこの世界の一般論。


現代地球と比べればまだまだ……。


宿場町が多いとは言ったが、二日に一度は野営を覚悟しなければならないくらいだ。


だから……、こんなことも普通にある。


「ゴブリンだ!」


俺は、車上から叫んだ。


少し高い車の上からだと、茂みに潜む緑小鬼(ゴブリン)が丸わかりだった。


「ゴブリンが十!ホブが二体!」


「ホブが二体?!!」


俺の言葉を聞き返すように、商会の護衛の誰かが叫んだ。


そりゃそうだ、ホブゴブリンは強い。


危険度等級にして七級の蛮族で、知恵も働くので、むしろ等級以上に危険だと名高い。


この世界でのゴブリンは雑魚の代名詞などではなく、極めて恐ろしい敵対者なのだ。


見たところ、ここにいる護衛隊の平均冒険者レベルは3と言ったところ。


冒険者レベルとは、俺が勝手に定義したものだが、まあつまり、この護衛達は冒険者ならば八級の一般冒険者くらいの能力はあることになる。


冒険者レベルはまあ、0なら無力、1なら素人、2なら入門。


そして、3もあれば一般兵として食いっぱぐれない程度と俺は見ている。


因みに、アデリーンは8レベル、ヴィクトリアとノースは5ってところだな。


俺?俺はほら……、な?


まあそれは良いとして、とっとと片付けてしまおう。


俺は何もせず、修行のためにヴィクトリアに行かせることとしたのだが……。


「私も行きましょう」


と、ジョンも駆けて行った。


アデリーンとノースも前へ。


まあ、勝手にすれば良い。


俺は高みの見物とさせてもらう。




「追い風よ、我が背を押したまえ!『テールウインド・コーリング』!」


まず、敏捷度の一番高いアデリーンから行動宣言。


呪文発動……、どうやら、追い風を呼び出す魔法のようだな。


これで、弓持ちのゴブリンの攻撃の命中判定に-4くらいか。


次は……、おお、ヴィクトリアとジョンが同値か。


あいつ、強いな。


ヴィクトリアは、俺の手で特高警察も真っ青な激烈な訓練を課して、その悉くを己の才気と気合いで切り抜けた天才だぞ?


修行の期間は確かに一年を満たないが、天才の一年は凡人の十年を凌駕する。


その、ヴィクトリアと同等の身のこなしとは、かなりのものだと評価できるな。


ヴィクトリアがホブAを、ジョンがホブBを攻撃。


奇襲なので補正はマシマシだな。


「師匠の教え一つ!『敵にラウンドを回すな!』」


そう叫びつつ、ヴィクトリアは、巨体のホブに強酸液の詰まった陶器を投げつけた。


しかも頭狙い。


陶器からぶち撒けられた強酸液は、即座にホブの視界を奪う。


うむ、俺の教え通りだ。


奇襲して一撃で殺すのが理想。できないなら、奇襲の1ラウンド目で先制をとり、次のラウンドから行動ができないようにしろ、と。


攻撃も大事だが、妨害やバフも重視しろ、アイテムも活用しろ。


直接的な戦闘能力も大事だが、それ以上に、頭を使って役割(ロール)を果たせと俺は教えた。


俺の話はTRPGの攻略法に過ぎないので、一般論とは違うのだろうが……、まあその辺は適当だな!


『グギャアアアッ?!!!』


さてさて、酸を浴びて怯み、武器を手放し、悲鳴を上げながら顔を押さえるホブ。


次のラウンドは行動不能だろう。


一方で、ジョンはどうだ?


ぬらり、と。


流水が如くレイピアを抜く。


そこいらの盆暗冒険者のように、武器を抜くのに1ラウンド経過させるようなヘマはしない。


名付けるなら『抜刀』のスキルだろうか?効果は、武器を抜くのにラウンドを消費しない、とか。


流れるように、走っている最中に剣を抜いていた。


常人なら、剣を抜くタイミングが見えないだろう。


貴族のお座敷剣術でも、冒険者の荒っぽい力任せでもない、実戦で鍛えられた動きだ。


「シィ……ッ!」


お、速いな。


いや、巧いと言うべきか。


動きそのものは速くないが、敵の拍子から外れるように、それでいて無駄なく滑らかに動いている。


そして、その構えは貴族の決闘で用いられる……、分かりやすく言えば地球のフェンシングに酷似した動き。


そこから繰り出されたのは、極限まで無駄を削ぎ落とした、迷いのない一撃だった。


しかも、狙ったのは、ホブの親指。


親指がないと、武器を握れないからな。


奇襲のせいでホブが浮き足立っていたことを加味しても、危険度等級にして七のモンスターの弱点を一撃で抉るのは、賞賛されるべき技能だ。


更にジョンは、突きを放った時点で詠唱を始めていた。


一歩引くと同時に短剣……、マンゴーシュを逆手で引き抜き、その柄頭にある宝珠をホブの頭に向け……、魔法発動。


なるほど、杖を兼ねる短剣とは小粋だ。


「月光蝶よ、輝く鱗粉を貸しておくれ……、『輝く粉塵(グリッター・ダスト)』」


輝く粉塵、グリッターダストか!


その名の通り、輝く粉塵をばら撒いて目潰しをするような魔法だ。


こういう小技は、使いこなすと強いんだよなあ。


持っていた武器……、建材の一部であろう2mほどの角材に鋭利な石材をつけた大斧を取り落としたホブは、更にそこに盲目状態まで追加。


こうなれば死んだも同然だ。


2ラウンド目だが、当然の如くホブ二体は行動不能。


手番はヴィクトリアとジョンに移る。


ヴィクトリアは、天然理心流の平青眼から、十五の少女とは思えぬほどの膂力でサーベルを振り抜き、ホブの膝を斬り抜いた。


おっ、脛斬りとは柳剛流かな?


冗談はさておき、ヴィクトリアの身長では、6feetを超えるホブの弱点……、首や心臓は狙いにくい。


なので、体勢を崩させる必要がある訳だ。


膝の靭帯を切断され、苦痛の呻き声を上げながら倒れんとするホブの首を……。


「おオオオオッ!!!!」


女とは思えない裂帛の気勢と共に、凄まじい剛剣で断ち切った。


うむ、上出来だ。


そして、同ラウンドのジョンは……。


目を押さえて、半ばパニックになり動きの鈍ったホブに……。


「はあっ!!!」


三連撃。


喉、心臓、肝臓。


おお、即死コンボだな。


所謂「分からん殺し」をされたホブは、何もできずに完封された。


そして、通常のゴブリンも、アデリーンに蹴散らされていた……。


ふーむ、この世界の冒険者も捨てたもんじゃないな。

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