第48話 ハーフエルフの剣士

タタルで補給と休息を済ませたマイス商会の商隊は、さあこれから移動するぞ、と声を上げた。


その時のことである。


「待ってください」


と、マーニーに声をかける男が一人いた。


その男は、耳の尖りからヒューマンではないことが分かる。


エルフか、はたまたハーフエルフか。


狐のような細目と、スラリと長い四肢。


白磁の如き白肌に、金色のマッシュヘア。


そして何よりも胡散臭い雰囲気をした怪しい男だった。


顔や物腰は貴族風のそれで、冒険者とは思えないほどに身綺麗なのに、冒険者の格好をして冒険者を名乗っているのだから、それはもう怪しいこと怪しいこと……。


使う武器はレイピアとマンゴーシュ(短剣)と見受けられ、魔力の動きから見て魔法も使えるだろう。


マイス商会の番頭、マーニーは、そいつを見て警戒を……、露わにはしなかった。流石は商人だ、警戒したとしても、それを表情や態度には出さない。


「何ですかね?」


「商隊とお見受けしますが、どちらまで行かれるのですか?」


「……あんさんに関係ありますかいな?」


「ああ、これは失礼しました。……ですが、この方向だと王都だとお見受けします」


これには、マーニーも流石に眉を顰めた。


「だったら何やっちゅうんです?」


「よろしければ、私も同行させていただけませんか?」


「護衛は間に合っとりますがな」


「ああ、いえいえ。お金は要りませんよ、タダで結構です。ただ、同行させていただければそれで」


「意味が分かりまへんな。冒険者名乗っとんのになして銭が要らん言うんでっか?」


「大したことではありませんよ。私も王都に用事があるだけです」


ニコニコと、笑顔で言った男。


だが……、シバの直感……、つまりは俺の直感は、この男が悪党とは感じなかった。


悪人特有の「ヒリつく」感じが全くしないのだ。


「ワイは商人や。銭貰わんでも仕事します!なんちゅう奴は信用できまへんなあ」


「おや……、それは残念ですね。では、どうすれば信用していただけますか?」


「どうすればって……、そんなん証明の方法は……」


うーん、話が拗れているな。


面倒だ。


「なあ、マーニーさん」


「あ、シバの旦那……」


「そいつは、何にも考えてないぞ」


「そうなんでっか?」


「本当だ。下心があるなら、俺が既に潰している」


この男を庇うような形になってしまうが、事実だしなあ。


もうめんどくさいから早く出発して欲しいんだよ。


一般通過ロウフルに構っている暇はない、同行したいのならさせてやればいいだろう。


俺は損しないし。


「いやあ、ありがとうございます。私はジョンと申します」


うおっ、あからさまな偽名!日本で言えば「太郎」みたいなもんだぞ?


……と思うが、これは多分本名だな。


嘘をついた雰囲気はないからな。


一応、『心理学』を試し(ダイスロール)てみたが、問題なかった。


限りなく怪しく見えるが実はまともな人という、推理系シティシナリオで出てくるミスリード役みたいな奴ってことか。


クソ迷惑だな、笑える。




「このような素晴らしい馬車……、馬車?に乗せていただき、感謝しますよ、英雄殿」


マーニーは、俺の言葉を完全に信じた訳ではないようで、ジョンの同行は許したが、自分に近づかないように言ってきたようだ。


もちろん、マーニーは若いが、商人(マーチャント)で言えばレベル7はあるであろう存在。


そこまではっきりと「近寄るな」とは言わなかったが、近寄るなと暗喩……、仄めかしてきたそうだ。


そこを感じ取って退く辺りがまた、怪しさを助長するというか、強めている。


普通の冒険者が商人の遠回しな物言いを理解できる訳がないからな。そんな学があるなら、好き好んで冒険者なんぞやらん。


「英雄殿のお話は、タタルの酒場の詩人が繰り返し歌っておりました。とてもお強いのだとか……」


曖昧な笑みを浮かべながら、適当におべんちゃらを述べているように見えるが……、これ、本心だな。


本当に何だこいつ……?


「お前、貴族か?」


「……お気付きになりましたか?」


「そりゃあな」


「隠している訳ではないのですが……、庶子ですから、姓を名乗れる立場にはありません。ですが、幼い頃は、とある貴族様のお屋敷に置いていただけたとだけ……」


ふむ。


つまり、子供の頃に貴族の生き方を学んだ、と。


じゃあ何で冒険者をやっているんだ?


と聞こうと思ったが、やめた。


そこまで興味はない。


それに、その辺に踏み込むと碌なことにならないもんだ。


異種族の庶子の癖に何故そんなに可愛がられていたのか?とか、面倒そうな話が埋まってそうだし。


これを地球で例えれば、旧華族出身一流大卒が土建業者で働いているみたいなもんだからな。


あからさまに訳ありであることは察せられるだろ?


踏み込むのは面倒だ。




ジョンが、タタルダンジョンの話を聞かせてくれとねだるので、適当に話してやった。


話してやりつつも、三時のおやつを楽しむ。


冬の間に、餡子を死ぬほど作り置きしておいたので消費したいな……。


うん、そうだ、たい焼き。


たい焼きでいこう。


全く……、原材料レベルでなら創り出せるが、料理は自分でやらなきゃならないから大変だな。


自分で作るのも面倒だし、ヴィクトリアとヨナを鍛えるか。


この二人は俺のものだし、本人が望むなら永遠に飼ってやるつもりではあるが、それはそれとして少しものを教えてやろうと言う親切心もある。


料理は意外と潰しが効く技能だからな、教わって損はないだろう。


そんなことを思いつつ、キャンピングカーのキッチンでたい焼きを焼き上げる。


同じ車に乗っていることもあり、ジョンにも茶と菓子は出した。


すると、ジョンはこうコメントしてくる。


「おや、これは珍しい。東方茶ですか」


何でも、緑茶は、東方世界の住民が好むもので、こちらの西方世界に届くのは殆ど紅茶ばかりなのだとか。


つまり、緑茶はレアアイテムってことだな。


「そしてこちらのケーキは……、ふむ?何やら、甘いフィリングが入っているのですね。いやあ、大変に美味です」


出されたものを素直に食う辺り、悪人というか、何かを企んでいる訳ではないというのは証明されたようなものだ。


ジョンはこちらを殆ど警戒していないってことだからな。


うーん、よく分からんなこいつ……。

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