第39話 ボスエネミーと裏ボス
タタルダンジョンの奥へと進む……。
辿り着いた終点は、天井も道幅も広い、大きな空間だった。
そこには、大きな岩のような何かが転がっていた。
岩壁にしか見えない土色のそれは、俺達が近寄ると、急に動き出した!
「そ、そんな、まさか!」
『オゴゴゴアアアアアア!!!!!』
巨鬼……、トロルだ!
身長14feetの巨体に、分厚い脂肪と筋肉の鎧を身に纏う醜い鬼だ。
人間の身体などボロ布のように引き千切る剛腕と、凄まじい再生能力を持つ蛮族……。
「退がりなさい!新人じゃ無理よっ!」
そう言ったアデリーンは、魔法のエストックを構えて前に出る。
それは実際に正しい。
トロルの危険度等級は三等級だ。
アデリーンが命がけで倒すような強敵である。
「手伝うぞ」
「ええ、お願いするわ!」
俺は、腰にぶら下げた『灼熱の刃』というショートソードを抜き放ち、平晴眼に構える。
即ち、中段に構えて、刃を寝せる形だ。
ぶっちゃけ、構えはなんでもいい。
対人用の武術に過ぎない天然理心流には、人の二倍以上もの上背の巨人との戦い方などないからだ。
色々試して、経験点にさせてもらおう。
「しぃイイっ!!!」
そんなことを考えつつほくそ笑む俺を他所に、シリアスな表情のアデリーンは、エストック+4を構えて素早く突っ込む。
エストックは、細身で、刺突攻撃が強力な剣だが、アデリーンはあえて斬撃を放った。
牽制の一撃という訳だろう。
だが、エルフ特有の素早い身のこなしから放たれる速剣は、トロルの脚を深く斬り裂いた。
恐らくこれは、代用判定……。
アデリーンの腕力は人並みに過ぎないことは既に確認している。
筋力判定を敏捷判定にすり替えての一撃ということか。
特技、『疾風の妙技』とでも呼ぼうか。
しかし、その傷も、10秒もすればすぐに再生する。
さて、俺の方だが……。
うーん?
これは……。
「そらよ」
俺は素早く、トロルの脛を斬りつけ、注意をこちらへ向ける。
『ゴゴアアア!!!』
俺の一撃に怒りの鉄槌を下すトロル。それは、上から振り下ろすような攻撃。
俺はその拳の外側に身を躱す。
外側というのは、相手の殴ってきた腕の、肘の向いている方向を指す。
肘の内側、即ち腕が曲げられる方向に逃げると、そのまま抱きつかれて捕まってしまうが、肘の曲がらない外側に身を躱すと、相手は何もできない。武術の基本的な要素だな。
「なるほどね?」
俺はそのまま後ろに回り、膝裏を強く斬りつける。
『グガッ?!』
膝裏の腱を裂いたので、片足が動かなくなり、トロルは崩れ落ちる。
確かに再生するとはいえ、1秒で即再生!とはいかないようだ。
そして、体勢を崩したことにより、俺の剣が届く位置にトロルの首がきた。
「こうか」
『グゲェーッ!!!』
トロルの首を刎ねる。
首を飛ばせば、流石に再生もできない、か。
うーん?
ちょろいなこれ。
っていうか、思い出したわ。
天然理心流は対人の剣技とか言ってたけど、このシバという男は、刀一本で神話のモンスターとバチバチ戦ってきたキチガイだ。
対処法は頭の中にあるなこれ。
対巨人用の戦闘術が頭の中に思い浮かんだもんよ。
というより、巨人だろうとなんだろうと、基本は『崩して』『断ち切る』のが剣術だ。
崩すというのは、何も体勢だけに限らず、心の平静……、つまり気構えを崩すことも含む。
それ以外にも、今回は俺が能動的に動いて崩したが、敵を誘って無理矢理動かして、死に体になったところを突くのもまた崩しの技術だな。
つまりは、斬って一撃で殺すのは当然で、どうやって斬れる状況にするかが剣術ってことだ。
「トロルの首を一太刀って……」
呆れた顔をしているアデリーン。
「どうした?何か変だったか?」
「変よ!トロルの頸椎は、同じ太さの鉄棒くらいに丈夫なのよ?貴方は今、斬鉄に等しいことをしたの!」
斬鉄?
「斬ろうと思えば鉄でも何でも斬れるってことだな」
シバの記憶がそう言っている。
「そんな訳ないでしょ……」
しゃーねーだろ、できちゃったんだから。
にしても、最近はシバの肉体と知識も使い慣れてきたな。
今や、シバと俺の境界線は非常に曖昧になってきている。
元々、性格や思考回路はほぼ同一の存在だったんだから、記憶や技術の統合は時間の問題だったってことだろう。
で、だ……。
「じゃあ最後に、そこに隠れている奴を斬って終わりにするか」
「何を……?まさかっ?!」
全員が、俺が剣で指した方向を向く。
そこには……。
『フム……、虫ケラ共ニモ、ソコソコデキル奴ガイルトイウコトカ』
褐色ではない、夜の空のように黒い肌。紫色と黒の中間のような色の体毛に包まれた肉体。
捻れた角が側頭部から伸び、鋭い牙がギラギラと光る。
蝙蝠のような翼膜と、尖った尻尾。
そして、赤く染まった眼球。
「最悪ね……、あれは、《悪魔種》よ……!」
悪魔(デーモン)のエントリーだ。
「恐らくは、下級悪魔(レッサー・デーモン)の一種……、ズーマヴィンという種だわ。危険度等級では二。一体いれば、それだけで国が一つ滅ぶ恐れのある強敵……!」
なるほどね。
「おい、悪魔野郎。冥土の土産に聞かせてくれよ。お前はここで何をしていた?」
『ククク……、良イダロウ!聞カセテヤル!我々、デーモン族ノ計画ヲナァ!!!』
わー、パチパチー。
『我々、デーモン族ハ、《魔界(アビス)》ニノミ生息スルノハ知ッテイルダロウ……』
それは知っている。
アビスと呼ばれる異世界がデーモン族の本拠地であるが、過酷で何もない地獄であるアビスに棲むが故、豊かな地上世界を妬んで、侵略を目論んでいるとか。
アビスから出られないのは、太古の昔に、暴虐の限りを尽くすデーモン族を光輝神が封印してアビスに閉じ込めたからだとか。
これは事実らしくて、実際に、デーモンはアビスから基本的には出られない。
但し、抜け道的な方法がいくつかあって、生き物の魂を奪って、それで文字通りに『抜け道』を作るとか、人間側の儀式で呼び出すとか、そういうことができるらしい。
『貴様ラ人類種ノヨウナ、無価値ナ虫共ガ、コノ豊カデ光ニ溢レル地上世界ヲ支配スルナド、アッテハナランノダ!!!』
はあ、そうですか。
『故ニ!地上世界ヲ征服スル!』
「いつもしてるじゃん」
『ククク……、今回ハ大規模ナモノニナルノダ!新タナル悪魔王(デーモン・ロード)様ノ御命令デナァ!!!クハハハハ!!!』
ほーん?
政変でもあったのかなんなのか、悪魔の王が本格的に地上世界を侵略しようとしている訳か。
つまりこういうことか?
「魔王退治とかいう愉快なクエストが生えてきた……、ってことか?!ははっ、最高だな!このクエストはキャンペーンの導入だったのか!」
俺は膝を叩いた。
こんな愉快なクエスト、他人にやらせてたまるか!
『デーモン・ロード様ヲ退治スルダト?!不敬ナ虫ケラメ!ソノ命ヲモッテ、デーモン・ロード様ニ詫ビロ!!!』
地面を蹴り、鋭い爪を振りかざしながら襲いかかってくるレッサー・デーモン。
人類種の感覚では、アデリーン並みの素早い踏み込み。俺にとっては、あくびが出るほどスローだ。
「よく見ておけよ」
俺は、ショートソードを構える。
「これが、『剣術』というものだ」
踏み込み……、音を置き去りにして。
それは、天然理心流において、石火剣と呼ばれる打ち込み。
本来、石火のように素早く打ち込む剣をそう呼ぶのだが、魔力に溢れるこの肉体から繰り出されるそれは、本物の石火……、火打ち石の火花のような光を放ちながら、火を吹きつつデーモンの肉体を両断。
破壊の力はそれだけに留まらず、洞窟の壁に大きな斬撃の痕を残した。
『バ、バカナ……』
そう言いつつ、半分に割れて、中身をぶち撒けるデーモン。
俺はその亡骸を回収して……。
「よーし、帰るぞー」
と、そう呼びかけた。
クエストクリアだ。
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