第38話 補給からの……

「そろそろ術が解けます!」


逼迫した様子のノース。


聖なる壁(プロテクション)の神術によって生み出された光の壁は、所々にヒビが入っている。


プロテクションの向こう側には、地獄の狼ことヘルハウンドが三体。


更に、蛮族の毛熊鬼(ボダッハ)二体と毛小鬼(バグベア)五体も迫ってきた。


「用意は良い?!」


毒を塗ったショートソードを強く握りしめ、決意を込めた叫びを上げる愛弟子、ヴィクトリア。


「おう!」「ええ!」


それに、モブ冒険者のサミュエルとティナが返答する。


そして……。


大鏡が叩き割られるような甲高い破砕音とともにプロテクションが割れて、そこからモンスター達が乗り込んできた!


但し、チーム全体で道を通せんぼする形になっているので、一度に相手するモンスターは二、三体で済んでいる。


『ガアアアアッ!!!』


ボダッハが鉤爪を振るう為に腕を振り上げる。


ターゲットはサミュエルだ。


それと同時に、横からヴィクトリアが、毒の付着したショートソードでボダッハの脇腹を貫く!


『ゲアアアッ?!!!』


激痛により、醜いその顔を更に歪めるボダッハ。


振り下ろす瞬間に、不意の一撃を横から繰り出された故に、鉤爪攻撃の威力が低下する。


振り下ろす腕の力が弱まったので、その一撃は取るに足らないものとなり、レベル3ファイターに過ぎないモブ冒険者のサミュエルでも簡単に弾くことができた。


サミュエルの持つ盾はラウンドシールドで、中心部と縁以外は木製だ。


脇腹に剣が突き刺さり、弱くなったその鉤爪の振り下ろしを、サミュエルは盾の中心の金属部で殴りつける。


そうすると、ボダッハは大きくのけ反り、尻餅をつく。


転倒状態のそこに……。


「偉大なる地霊よ、その指先を我に貸し与えたまえ!『地霊の針槍(アース・ニードル)』!」


ティナがすかさず精霊術で追い討ちを仕掛ける!


体勢を崩したボダッハの足元が、湧き立つように揺らめく。すると、次の瞬間、鋭い石の槍が勢いよく飛び出した!


『ガアアアアアアアッ!!!!』


ボダッハは、槍衾に下から突かれて致命傷を受けた。


TRPGやゲームのように、HPと言う謎の数値がなくなるまで、どんな攻撃を受けても死にません!なんて訳はない。


攻撃を受け、血を流し、段々と弱っていき死ぬか、致命傷となる一撃を受けて、ショックで即座に死ぬかの二択なのだ。


そして、大動脈が通る太腿を石槍数本に貫かれたら、普通の生き物なら致命傷だ。


それは、出血性ショック死という形なのか、痛みによる神経性のショック死なのか、はたまた別の何かなのかは断定できないが、少なくともボダッハは耐えられなかったようだ。


黄色い瞳をぐるりと回して白目を向き、血の混じった泡を吐いてダラリと力なく倒れた。


こうして、一時的に自分の目の前の空間に空きができると……。


「シィッ!」


ヴィクトリアは、素早く腰から陶器の入れ物を、後衛のボダッハに投げつける。


それも、利き手ではない左手で、正確な投擲を見せた。訓練の賜物である。


投げられた陶器は、ボダッハの頭蓋で割れて、中身をぶちまけた。


『ギイイイイッ?!!!』


その中身は、クエスト前に調達した酸液である。


顔面に魔化した酸液をかけられたボダッハは失明し、戦闘能力を大きく減じる。


あ、俺とアデリーンは、小技魔法でチクチクと後ろから攻撃をしている。


そういや、この世界の魔術ってのは回数制じゃなくってMP制っぽいな。


使える回数をスペルキャスターの冒険者に訊ねると、Aを◯回、Bなら◯回と答えるんだが、AとBを組み合わせると◯回になっちゃうかも?みたいなふんわりとした言い方をすることが多い。


但し、アデリーンは、「私の魔力の総量が全快の時に56として、マジック・アローなら一度につき2、マジック・ミサイルなら一度につき4消費するわ」と明確な数値で答えていた。


実はこれは凄いことらしく、自分の魔力の総量を完全に把握しているのは超一流の魔術師だけなんだそう。


魔力ってのは体力や精神力と同じで、明確にどれだけ残っているか数値で表せるもんじゃない。


スポーツ選手ですら、自分の体力の総量を測りかねることだってあるだろ?


なのにアデリーンは、自分がどれだけ戦えるか、数値で表せるほど熟知しているんだよ。


こりゃ凄えわ。流石は、英雄級の冒険者だな。


さて、こうも綺麗に戦術がハマると、相手側に逆転の目はないな。


一度に2、3人しか並べない狭い路地で、前衛二人が通せんぼしながら、後ろから魔法でチクチクと攻める。


こうなると、あとは消化試合だ。


「ぐわっ!」


サミュエルがたまに怪我をするが……。


「荘厳たる地母よ、慈愛の奇跡にて、我々を癒し給え……!『軽傷治癒(キュア・ウーンズ)』!」


ノースが素早く回復する。


「助かった!」


抜群のチームワーク!とまでは言えないが、それなりにうまく回っているな。


『ウグェア……』


最後のボダッハが、毒の追加ダメージにより体力を失い、膝を突き……。


「終わりですね」


『ゲェ』


断頭台のギロチンのように刃を振り下ろし、ボダッハの首を断ち切ったヴィクトリア。


まあ、こんなところか。


「ふ、ふぅう〜……!あ、危なかったあ!まさかこんなに敵が残ってたなんて!」


サミュエルが、あからさまに油断の表情を見せて腰を下ろす。


ティナもそれに倣って、座り込んで息を吐く。


「気を抜かないで。先に進みますよ」


しかし、納刀したヴィクトリアは、迷いなく先へと進もうとする。


ヴィクトリアに油断などと言うものは一切ない。


俺がそう教えたからだ。


「ちょ、ちょっと待てよ!少し休憩させてくれ!」


「そうだよ!私、もう限界かも」


サミュエルとティナがそう言ったので、ヴィクトリアは仕方なく小休憩を取ることにした。


もちろん、小休憩というのは、ダイス分のHPが回復するとか、一部の呪文の使用回数が回復するとか、そんなことはない。


単に、五分ほど座り込んで、水を数回に分けて飲み、軽く武器の点検をするだけだ。


まあ、ゲームのようでゲームではないから、「体力回復」という文字通りの現状は起きてるかな?HP、生命力は回復しないだろうが……。


「はあ……、めちゃくちゃ疲れたよ。たくさん歩いたし、警戒してたから気も張ってたし、戦ったし。なんか、腹が減った……」


サミュエルは、ぶつぶつと弱音を吐いている。


まあ、レベル3ファイターならこんなものか。


アデリーンは英雄級の冒険者で、ヴィクトリアは俺が鍛えた冒険者の上澄み。ノースも、才能に溢れているが故に王都に派遣されるほどの英俊だ。


「ノース、疲れてないか?」


一応、気遣いをしておく。


「そう、ですね。自分では気付かないだけで、疲れているのかもしれません」


なるほどな。


《宝物庫》から、冬にシコシコ作り溜めしておいた保存食を出す。


ビターめのチョコレートに、砕いたアーモンドと干しフルーツ、ビスケットを混ぜて固めたチョコバーだ。


粉砕機がなくても、《粉砕》の魔法を使えば滑らかなチョコレートが作れるのは大変助かった。


さて、このカロリー爆弾。


この地域には存在しないカカオを使い、カフェインで目を覚ます効果と、この地域では貴重な砂糖をたらふく使い、高カロリーで瞬時に栄養補給する効果がある。


ああ、この地域の人々は、カフェインを日常的に摂取してないから、かなりカフェインが効くらしいな。この前、試しにヴィクトリアにコーヒーを一杯飲ませたら、一晩眠れなくなっていた。


さて、このチョコバー。お洒落な軽食風に紙に包んであり、紙を破ると半分だけ包装が取れて食べやすい。


これを、パーティメンバーに配る。


「消化を早めるために、よく噛んで食べろよ」


「この匂い……!もしかして、カカオ?!」


包装の上から匂いを嗅いだアデリーンは、目を剥いて驚いていた。


「カカオを使った菓子だが、何かおかしいのか?」


「カカオは、南方にある蛮族大陸からしか取れない秘薬の一種よ。一粒でも金貨数十枚は下らないわ」


へー、そうなんだ。


「魔化したカカオは、一粒口にすれば三日は飲まず食わずで戦えるようになるから、軍隊だとかがよく欲しがるわ」


えぇ……、何それ怖……。


「健康に影響は出ないのか?」


「出ないわ。でも、何日も使いっぱなしだと、気が狂うって噂よ」


まあ、眠らなくても良くなる薬を服用したとしても、眠らないと頭がおかしくなるわな。


「これは魔化していないから、そこまで効きはしないぞ。単に、目が冴えて腹持ちがいい程度だ」


「いえ……、貴方の基準だとそうなのかもしれないけれど、これは少しだけ魔化しているわよ……?まあ良いけれど。もぐ……、うん!美味しいわね!」


アデリーンはなんでも食べるなあ……。


「……これ、かなり『強い』わ。これ一本で、私のような森人(エルフ)は丸一日活動できるわね。人間(ヒューマン)でも、半日は保つわ」


ふむ?


そう言えば、アデリーンはローカロリーなものを好むし、食事量は少なめだな。


「エルフは油分を好まないのか?」


「そうね。私達は、人類よりも精霊などに近い存在なの。だから、あまり食事は必要ないのよ。油分を好まないのは、エルフは森の中での採取と狩猟による生活をするのが基本だから、内臓が油分をたくさん受け入れられない作りになっているの」


ほーん。


特技『粗食適応』ってところか。


ローグライクゲームなら助かる特徴だな。


「ん……、あ、私はこれ、とっても美味しいと思います。大好きな味です」


こちらはヴィクトリア。


年齢的には十五歳で食べ盛りの彼女は、たくさん食べるぞ。


俺が、たくさん食べてたくさん戦えと躾けているのもあるだろうが。


「いただきます……、んんっ!おいひいれす!」


ノース……、ノースはね、貧乏舌だから、何食わせても美味しいって言うんだよなあ。


「うめー!うめー!」「おいしー!」


モブ二人は知らん。


さて、栄養補給もしたし、さっさと攻略しちまうか。




……そして、後で知った話だが。


どうやら、この後に、モブ冒険者の二人がこのチョコバーについて話したらしく、俺がレンバス的な魔法のクッキーを作れると噂が広まっていた。

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