第37話 あなたの弟子の判断は的確だ
毛熊鬼、ボダッハ。
その名の通り、全身を毛皮に覆われた熊のような蛮族だ。
緑大鬼(ホブ・ゴブリン)に限りなく近い種族とされ、大きさはこの世界の人間の成人男性より少し大きい程度。
毛小鬼(バグベア)を指揮する立場にあり、バグベアよりも知能が高く、更に力も強い。
ついでに言えば、ホブ・ゴブリンと違って、熊のような爪を持つ。
その代わりに、武器の扱いは苦手だ。
薄汚れた爪は切れ味はあまりないが、切り裂いた相手の傷口に汚れを残す。
ゴブリン系の蛮族は、汚物を使った毒物を使うので、破傷風などで死ぬ冒険者が後を絶たないそうだ。
さて……、そんなボダッハだが。
「沈黙の霧よ、音の響きを留めよ!『静寂(サイレンス)』!!!」
アデリーンが魔術を行使。ボダッハは青白い霧に包まれる。
そして、それと同タイミングでボダッハが叫ぶ。仲間を呼ぼうとしているのだろう。
だが……。
『………………?!………………?!!!』
先程の魔術……、サイレンスの効果で、ボダッハはいくら叫んでも仲間を呼ぶことはできない。
本来なら、言葉を発せなくすることで、魔術の発動に必要な『詠唱』を封じる妨害魔術なのだが……、こういう使い方もできるのか……。
この咄嗟の機転こそが、TRPGにおけるプレイヤーの技量なんだよな。
まあ、ボダッハも馬鹿じゃない。
助けが呼べないと理解したら、すぐに逃げようと踵を返した。
「させないよっ!偉大なる地霊よ、その掌を我に貸し与えたまえ!『地霊の手(アース・ハンド)』!」
だがそこに、精霊使い(シャーマン)のティナが、即座に詠唱。土でできた腕が地面から生えて、ボダッハの軸足をがっしりと捉える!
『ーーーッ?!!!』
ボダッハは、魔術の効果で聞こえないのだが、恐らくは驚きの叫び声を上げたみたいだな。そして、つんのめるようにすっ転ぶ。
「うおおおおっ!!!」
そこに、戦士(ファイター)のサミュエルが、バトルアックスを叩きつける。
いかに、ボダッハが強靭な肉体を持つ蛮族といえども、転んで倒れたその時に、脳天にバトルアックスを叩き込まれれば、死は免れない。
鈍い音と共にボダッハの頭はカチ割られ、うどん玉のような脳味噌がずるりと零れ落ちた……。
うむうむ、例えファンブルでも、プレイヤーの機転で挽回できる!実にTRPG的で素晴らしいじゃないか!
だが、一つ抜けているな。
「仕留めるなら、打撃で仕留めるべきだったな」
俺はあることに気がついてそう言ってやる。
「打撃……?あ!そうか!」
ヴィクトリアは俺の言いたいことを察したようだが、もう遅い。
それと同時に……。
『ガルルルルッ!!!』『ガウウッ!!!』『オオオオオッ!』
地獄狼(ヘルハウンド)のエントリーだ!
「ヘルハウンドは狼だからな、鼻が利く筈だ。血の匂いを嗅ぎ取られるだろう」
そう……、バグベアを眠らせて始末したまでは良かった。だが、部屋には大量の血の匂いが篭り、それをヘルハウンドが嗅ぎつけて来たということだ。
例えばこれが、打撃による首折りなどなら、血が出ないのでヘルハウンドに見つかることはなかっただろう。
五体も同時に出たヘルハウンドには、今更サイレンスの魔法をかけても無駄だ。
既に大騒ぎしているからな。
さあ、もたもたしてるとバグベアとボダッハの残りが来るぞ〜?
「ノース!祝福(ブレス)を!」
「はいっ!荘厳たる地母よ、力ある息吹で、我々を助け給え……!『祝福(ブレス)』!!!」
ヴィクトリアは、もうバレたからと割り切って叫ぶ。
その言葉を聞いたノースも、極めて冷静に、ブレスをかけた。
このブレスというのは、ノースの腕前だと、一戦闘中に味方PCの任意のステータスを+3くらいかな?極めて有用だ。
素晴らしい、判断が早い。
この世界は、プレイヤーが考えている最中に待ってくれる訳じゃない。
当たり前だ、俺がいくらこの世界をTRPGと定義しようとしても、この世界はちゃんと独立した現実の世界なんだからな。
ターン制じゃないから、敵はこちらが迷っていても待ってくれない。
判断が遅いのはそれだけで致命的な弱点だ。
『ガウガウガウッ!!!』
さあまず、ヘルハウンドAの噛みつきだ!
「くっ!うおおおっ!」
ラウンドシールドを構えたレベル3ファイターのサミュエルが、体当たりをして凌ぐ。
有効なダメージは与えられなかったが、ヘルハウンドAを大きく吹き飛ばし、怯ませることに成功した。それは、ノースのブレスによる筋力上昇によるところが大きいだろう。この低級な冒険者に実力はない。
「やああっ!!!」
『ギャイン?!!』
サミュエルの隣のヴィクトリアも、前蹴りを放ってヘルハウンドBを通路の向こう側に押し返した。こちらは、純粋たる実力によるものだ。
「ノース!聖なる壁(プロテクション)を!」
「荘厳たる地母よ、聖なる力場で、我々を護り給え……!『聖なる壁(プロテクション)』!」
ヴィクトリアは、蹴りと同時にもう一言。それをノースが聞き入れて、明るい光の壁が洞窟の道を塞ぎ、ヘルハウンドの侵入を防ぐ防壁となる!
「全員、今のうちに武器に毒を!師匠とアデリーンさんは魔術で攻撃を!」
「良いだろう」「ええ!」
「Δυναμικό πεδίο, διαπέρασέ το……『力場の弾丸』」
「穿て!『魔力の矢(マジック・アロー)』」
俺の指先からは、不可視の力場の弾丸が。
アデリーンの指先からは、青白い魔力の矢が。
それぞれ生み出され、宙空を貫いて直進し、ヘルハウンドの胴体に風穴を空けた。
敏捷力セービングスロー失敗ってところか?
それもそのはず、俺達は、サミュエルの体当たりを食らって転倒したヘルハウンドAと、ヴィクトリアに蹴られて転倒したヘルハウンドBを狙った一撃だったからだ。
転倒中は回避判定が不利なのはみんな知ってるよね!
うちの卓が好んでやっていたファンタジーTRPGでは、床をヌルヌルにして敵を転倒させる魔法を使うソーサラーと、倒れた敵を囲んで殴る前衛の陣形……。これは鉄板だった。
あとは、さっき実際にやったが、スリープ・クラウドでの奇襲攻撃とかね。
いやぁ、状態異常は強いね!
にしても、アデリーンの詠唱は早いなあ。
何か特技を取ってるなこりゃ。恐らくは『高速詠唱』とか。
そう、この世界。
どうやら、単にサイコロを振るだけじゃないらしく、特技による補正みたいなのがあるようだ。
例えば、アデリーンならば『植物知識』の特技を持ち、その効果は、植物に関する知識ロールの時に+2の修正値、みたいな?
ロール、というのはサイコロを振ることを示していて……、この世界なら1d20ってところかな。
つまり、1〜20の数値がランダムに出るとして、7以上を出せば薬草を草むらから見分けられるとしよう。
その時、アデリーンの『植物知識』の特技なら、最初から数値が+2されていると考えることができ、結果として5以上を出せば判定に成功できる、みたいな。
あくまでも、TRPG大好きおじさんである俺が、TRPGに例えないとうまく表現できないと言うだけで、実際のところは知らんが。
まあ何にせよ、単なる腕力で武器を叩きつけ合うような世界ではないということだ。
さて……、そろそろ、ノースのプロテクションの効果が終わるな。
ヴィクトリアはどうするかな?
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