第34話 クエスト前の準備
宿場町、タタル。
本来なら、旅人達が行き交う活気溢れた宿場町であるはずだが、今は、どこか緊張感が漂っている。
こういう町には必ずいるはずの流浪民の大道芸人に、道化師や娼婦と言った奴らも、宿屋に引っ込んでいて。
その代わりに、町を守るための衛兵と冒険者が、抜き身の刃物を片手に巡回していた。
要するに、物々しい雰囲気である。
俺は早速、タタルの冒険者ギルドで話を聞く。
タタルの冒険者ギルドは、ボロネスカよりもずっと規模が小さい。冒険者ギルドの大きさは、街の大きさに比例するようだ。
そもそも、タタルの冒険者ギルドには、冒険者は二十名もいないとのこと。
この辺りは、はぐれ狼(ウルフ)や放浪する蛮族、角兎(ホーンラビット)くらいしか出ないから、そもそも冒険者の仕事がないのだ。
故に、タタルの冒険者ギルドのマスターは、酒場の店主と兼任の中年親父。妻との二人でギルドを切り盛りしているそうだ。
そんな、白髪混じりの黒髪のギルドマスターは、暗い顔をしながら俺に語りかける……。
「被害者が増えた?」
「ああ……、もう四組目だ」
この三日間に、既に四組のグループが毛小鬼(バグベア)の集団に襲われ、推定十人以上が還らぬ人となった、と。
襲われた人は特に共通点がなく、行商人、旅人、流浪民……。
男女問わず、年齢問わずで襲われたそうだ。
但し、おかしなことが一つある。
蛮族というのは基本、人類種は殺すか犯すかの二択。
頭のいい蛮族は、捕らえた人類種を奴隷にすることもあるそうだが……、バグベア如きにそんな知恵はないはずだ。
知恵がない、と言えば語弊かな?バグベアにないのは人間的理性だな。彼らは、短命で、知識を持たないから、長期的目標が立てられないのだ。
だから、動物的判断で、敵が強いなら逃げる、敵が弱いなら殺す、もっと余裕があるなら慰み者にして楽しむ……、くらいしか考えられない。
……となると、何らかの理由があって人攫いをしていることになる。
それも、生死問わずに集めている訳だから、労働力ではなく素材や食料的な意味で……、ってことだ。
バグベアは人類種を食うこともあるが……、ここまで大々的に襲うことはないと聞く。
バグベアのようなゴブリンの近似種は、その短命さから知識が親から子へ完全に継承されないが、持って生まれた知能はそこそこに高い。
少なくとも、損得勘定が出来る程度の知性はあるはず。
こんな風に、町という大きな勢力に対して、少数であるバグベアが直接攻撃をするとは考えにくいのだ。
バグベアは、人類種を舐めているが、侮っている訳ではない。故に、千人もの人がいる町へ、無策で攻撃を仕掛けるなどという無謀なことはしないはず……。
戦力的に見ても、レベル2ファイター程度の戦力しか持たないバグベアが十や二十いたところで、千人もの人がいる町を潰すことはできない。これは確かなことだ。
その辺の蛮族を捕まえて、色々な実験をした結果からの判断だが、ゴブリンは厳密な数字は理解してないが、数的な大小は結構厳密に判断できるのだ。近縁種たるバグベアもそれに倣うとすれば、こんな無策特攻はあり得ないはず。
蛮族が人類種を襲う場合、もっと町から離れた街道で、少数の弱そうな旅人を狙うのが基本戦術となっているからな。
基本から外れたことをしている……、つまり、何か異常なことが起きているということ。
アイデアロールに成功した俺はそう思った。
一方で、高いINTを誇るアデリーンとヴィクトリアもそれに気づいたようだ。
「おかしいですね……。バグベアが愚かであると言えども、こんな無計画な襲撃をするでしょうか?」
ヴィクトリアは、顎をさすりつつそう言った。
「ふむ……、だが、現実ではそうなっているんだが?」
俺はそう言って、ヴィクトリアから答えを引き出そうと試みる。
「となると、バグベア側に何か事情がある……、と?」
「さあな、どう思う?」
「まず考えられるのは、町に近寄る人間を無差別に殺せるほどの手勢がいる場合ですかね」
「なるほど」
それはそうだな。
手勢が多ければ、気が大きくなっているかもしれない。
「それなら、人間も食料にしている理由にもなります。徒党に食わせていくために、大量の餌が必要という意味で……」
「だがそれは、手勢は百や二百はいると仮定しなけりゃ成り立たない理論だ。他の可能性はどうだ?」
「他には……、町を破壊しうる『奥の手』を用意している場合……、ですかね?」
ふむ。
「『奥の手』になるモンスターがいるから、人間は怖くない、と?」
「あるいは、『奥の手』……、と言うよりも、『命令者』のモンスターが人間を欲しているか……」
なるほど、なるほど。
ゴブリンやバグベアは、蛮族の中でも低級の種族。より上位の、例えば、『大鬼(オーガ)』などに率いられているケースも当然考えられる。
「で?その推論から用意すべきものは何だ?」
「はい、敵は鬼族が中心ですから、火や酸、毒が効くと思います。ですが、洞窟内で大規模に火や爆薬などを使うと、酸欠と崩落などが起こりうるので、今回は酸と毒を使いたいと思います」
ふむ。
で、しばらくしてから、ヴィクトリアが戻ってきた。
買い物を済ませてきたようだ。
「錬金術師から買い取った、『魔化蟻酸』です」
割れやすい陶器の瓶に入った蟻酸。
大蟻(ジャイアント・アント)の体内にある酸で、通常の蟻酸という化学物質に魔法的な要素が追加されており、濃硫酸並みの酸性を持つ危険物である。
因みに、錬金術的には、殺虫剤の原料などに使われるそうだ。
「それと、猛毒大蛇(トキシック・ヴァイパー)の毒も買ってきました」
ふむ……、毒蛇ね。
「何の毒蛇なんだ?クサリヘビか?コブラか?」
「えっと……、それは分かりません」
「何の毒蛇の毒だか分からないとなると、どんな毒なのかも分からないのか?」
「すみません、分かりません……。錬金術師がたまたま持っていた毒物がこれだったので……」
しゅん、とするヴィクトリア。
「じゃあ、私から注釈するわね。トキシック・ヴァイパーは、クサリヘビの一種よ」
「となると、恐らくは『出血毒』になるはずだ。毒についてはまだ教えていなかったな?一応教えておくぞ」
さて、出血毒。
「クサリヘビという種類の蛇の毒は、体内に入ると血を固めるんだ」
「え?血がたくさん流れるんじゃないのかしら?」
出血毒について知っているアデリーンは首を傾げた。
「出血毒は、血の中にある血を固める成分を無理やり一箇所に集める。そして、残った血は水のようになる」
「なるほど!初めて聞いた話だわ……」
「更に、血の巡りを悪くして、血管を破壊する成分も入っていて、身体の中で血溜まりができて、臓器が血溜まりに侵されて動かなくなり、死ぬんだ」
あとは……、そうだな。
「コブラの類は神経毒ってのを持っていて、これは大抵、神経を破壊して全身の筋肉が動かなくなり、呼吸ができなくなって死ぬんだ。つまり、死因は窒息な訳だな」
「はーい、何で筋肉が動かないと死ぬの?」
とアデリーンが手を挙げて訊ねてくる。
「哺乳類には胸の下のこの辺に横隔膜って筋肉があってな。この膜状の筋肉が上下に動いて、肺に空気を出し入れしてるんだよ」
「……それ、どこの学説なの?初めて聞いたわ」
「俺の世界の学説だよ。何度も確かめたそうだ」
「まさか、解剖?そんな冒涜的な……」
「医学の発展に犠牲は付き物だからなあ」
こんなもんか。
「さて、理解したか?」
「はい、ありがとうございます!」
頭を下げるヴィクトリアの肩を叩いてから、出発に備えて早めに寝る……。
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