第26話 小さな剣士ヴィクトリアの冒険 その5

森の中は、木々は疎らで、大きな倒木や坂道もなく、比較的歩きやすかった。


ただ、木々によって視界が遮られることに注意しなきゃならない。


幸い、剣を振るには充分な広さはある。


ショートソードで良かった。


……あ。


「サミュエル、ロングソードは縦に振るように」


「え?」


「木がいっぱいあるでしょ?横に剣を振ると、木に引っかかるよ」


「あ、ああ!」


っと……、その前に。


「そう言えば、ティナは何ができるの?」


シャーマンなら、何かしら術が使えるだろうし、聞いておかなきゃ。


「えっとね、『地霊の手(アース・ハンド)』が三回か、『地霊の悪戯(スリップ)』が五回かな?それか、『風霊の息吹(ウインド・ブラスト)』が三回」


なるほど。


「それって、どんなの?」


「『地霊の手(アース・ハンド)』は、地面から土の手を生やして、相手を掴めるよ。『地霊の悪戯(スリップ)』は足場を悪くして、転ばせるの。『風霊の息吹(ウインド・ブラスト)』は、強い突風で吹っ飛ばすの!」


なるほど……。


「じゃあ、指示したら使ってくれる?」


「うん、分かった」


「サミュエルは、何かできることある?」


「お、俺は……、何にもできねーよ。あ!けど、石を投げるのは得意だぜ!村の中じゃ、石投げ遊びで一番強かったんだ!」


「じゃあ、石をいくつか拾って。指示したら投げてね」


「おう!」


軽く打ち合わせをして、と。


じゃあ、行こうかな。


まず、血痕と足跡を辿る。


盗まれた家畜は羊で、何かを引きずった跡があるから、それを追いかける。


師匠が森の主を倒す時に、一月くらい森に篭って『サバイバル訓練』をやらされたのが活きている。


森の中での極限状態での生活は、私の感覚を鋭くした。


踏み締められた草花、折れた木枝、溢れた血の色、獣の匂い。


それらを感じて追跡する。


足跡。


四つ足が少数。


まだ私は、師匠みたいに「何」が「何匹」いるとか、詳しいことは分からないけど、少なくとも、「中型の獣」が「三匹から五匹」いることは分かった。


それと、「小型の亜人」が「二人」いることも分かるし、足跡の深さから、亜人が荷物を持っていた……、この引き摺り血痕から、仕留めた村の家畜を引き摺って歩いていたことも推理できる。


周囲を探すと……、あった、排泄物。


ってことは、この辺にはいないのかな?


もっと奥に行こう。


「……な、何やってるんだ?」


「ん、ああ……。多くの獣は、自分の巣穴では排泄しないんだって。だから、排泄物がこの辺にあるってことは、獣の周回範囲内で、なおかつ、巣穴ではないってことになるんだ」


「何言ってるかわかんねー……」


「あー、近くにウルフが何匹かいるかもしれないから、注意してねってこと」


「お、おう!」


さて……、そろそろかな?


結構奥に来たし……。


あ、いた。


「しっ、静かに。見つけたよ、ウルフが三匹」


洞窟前で寝ているみたいだ。警戒はしていない。


それと……。


『ヴル、ルガ、ガー!』


『ルールゥーガ!』


『ガオル、ルー!』


蛮族……、毛むくじゃらの半蜥蜴半犬の人型、妖鱗犬人(コボルト)が三体。


この数はちょっと厳しいかな……。


じゃあ、減らそうか。


まずは、風下から近付いて……。


あらかじめ採取しておいた「シビレホコリダケ」を投げつける!


『アガッ?!ガガ、ガ……!』


『ギャ、ギャ……?!』


シビレホコリダケは、卵のカラのような外殻の中に、吸うと身体が痺れる胞子が詰まったキノコのこと。


サバイバル訓練の時に、エルフのアデリーンさんに習った。


このキノコを投げつけて、痺れ胞子塗れになったウルフは、三匹ともビクビクと痙攣し始めた。


師匠の教え、「できる限り一対一で戦え」だ。


後ろに回られたり、囲まれたりするのが一番まずい。


敵を倒さずとも、一度に相手する敵を少数にするのが大事だ。


『ガアッ?!』


コボルトがこちらに気づいた。


「今だよ!」


私は、あらかじめ指示しておいた二人に合図する。


すると……。


「おらあっ!」


『ペギャ?!』


サミュエルが、拳大の石を投げつけて、右側のコボルトの頭に当てた!


『ギャギャーッ?!!!』


グチュリ、という嫌な音。


あれは、目が潰れた音だろう。


右のコボルトは、片方の目を押さえて、痛みに耐えきれず蹲った。


すかさず、私は、ショートソードを構えて突撃する。


「ティナ!」


「うんっ!偉大なる地霊よ、その掌を我に貸し与えたまえ!『地霊の手(アース・ハンド)』!」


『ガアッ?!!』


ティナに合図をすると、ティナは、左のコボルトの両足を掴んで拘束した。


そして私は……。


「やああっ!」


『ギャーッ!!!』


浮き足立っている正面のコボルトを、袈裟斬りにした。


とりあえず、武器を持っている方の肩を破壊できた。


痛みで怯んでいるうちに、すかさずショートソードで心臓を貫く!


『ゲエエッ!!!』


次に、アース・ハンドで拘束されている方のコボルトを始末する。


動けないコボルトの後ろに回って、後頭部に思い切りショートソードを叩き込む。


『ゲーーーッ!!!』


すると、コボルトの頭は、石榴のように弾ける。


最後に、サミュエルの投石を受けて蹲るコボルトを、思い切り踏みつけて頸椎を叩き折る。


そして、痺れているウルフにとどめをさして、終わり。


これで全部かな。


いや、これは……?!


『オオオオオーン!!!』

「人狼(ワーウルフ)……ッ?!」


6feetもの上背と、強靭な肉体、丈夫な毛皮に鋭い爪と牙を持つ蛮族、ワーウルフだ!


コボルト達のねぐらの奥にいたんだ!


そう……、そうだ。


そもそも、コボルトは、身体が小さくて小食なはず。


村の羊が次々に盗まれても、そんなに食べれない。


つまりは、若くて育ち盛りな大柄な何かがいると言うこと!


それを見逃していた!


参ったなあ、この間合いだと逃げられないよ……!


「サミュエル!ティナ!」


とりあえず、牽制しておこうか。


「う、ああ……!」「ひ、いい……!」


ああ、駄目だな、動いてくれそうにない。


でも、こいつはどうやら若い個体みたいだ。


背丈も、私と同じくらいしかない。


これならなんとかなるかもしれない……!


本当なら、『魔法』で一撃で仕留めたいんだけど……。


『グルルァーーー!!!』


「そんな隙はない、か!」


飛びかかってくるワーウルフを、転がるようにして避ける。


素早く立ち上がり、剣を構える。


「……あっ?!」


そうか!


そうだよね、弱い方を狙うよね!


「サミュエル!逃げて!」


「う、うわあああっ!!!」


あ、駄目だ、食らった。


迫るワーウルフ。


しなやかな獣の筋肉質な腕が、生木の枝のようにしなる。


その腕先の鋭い爪が、サミュエルの胸をざっくりと斬り裂いた。


いや、でも……。


出発前に買っておいた、ソフトレザーの胸当てに阻まれて、傷は浅いようだね。


もしこれが、首狙いの爪攻撃や、打撃攻撃だったなら、サミュエルは死んでいたかもしれない。


運がいいね。


そして、事実上、一動作を無駄にしたワーウルフ。


私は、その隙を見逃すほどボケてない。


流石に、魔法の詠唱は間に合わないけど……。


「これは届くでしょ!」


そう、シビレホコリダケの残りだ。


ワーウルフの後頭部に当たったシビレホコリダケは、黄色い胞子をもわっと漏らす。


『グ……、アアッ?!!』


刺激の強い胞子が、ワーウルフの獣のように鋭い嗅覚と目を破壊する!


『グオオオアーーーッ!!!』


ワーウルフは、顔を掻き毟るようにして蹲る。


サミュエルは、驚いて尻餅をついた。


「サミュエル!早く逃げろ!」


「う、ああっ!」


チッ、流石に立てないか?


でも、這って離れてくれた。


これなら……。


心を落ち着けて、異界の神々の力を引き出す呪文を唱える。


砕けて爆ぜろ!


「Συνθλίψτε και εκραγείτε!!!」


《衝撃》の魔法!


『ギッ』


全速力の戦車(チャリオット)に突撃されたかのような、硬質な衝撃音。


それと共に、全身の骨を砕かれ、臓器が破裂し、衝撃で20feet程吹き飛ばされたワーウルフ。


首が変な方向に曲がっている……、即死だろう。


そして。


「……うっ?!おげえええっ!!!」


私の脳内を犯す、『闇の叡智』……。


人間の身で『魔法』を使った反動。


知り得てはならない冒涜的な神の悪意。


頭がおかしくなりそう……。


まだこれには慣れていないけど、もっと自然に使えれば強くなれるはず。


これから頑張ろう。


私は、水袋の水で口を濯いでから、心を落ち着けた……。




コボルト達のねぐらの洞窟は、非常に浅く、入口から十数歩も歩けば行き止まりだった。


中には、家畜の遺品であろう骨が転がり、更には、この洞窟に来るまでに集めたのであろう金品が少しあった。


マジックアイテムではないみたいだけど、黄金の腕輪に、銀の指輪が二つ。それと、コボルトが持っていたダガーが二本。


全てを売ると、合計で1500オシラになった。


三等分して一人500オシラと、依頼達成の報酬金に100オシラを手に入れた。


「あ、あの……」


報酬をもらい、これから別れようと言う時に、二人に話しかけられる。


「何?」


「お、俺達、今回、何の役にも立たなかった!ごめんなさい!だ、だから、報酬を渡そうと思って……!」


なるほど……。


「確かに、あまり活躍でなかったね」


「……ほんとに、ごめん」


「でも、良いよ。これから頑張って。そのお金で装備を整えて、先輩の冒険者からお話を聞いて、強くなると良いんじゃないかな」


「……ありがとう!俺達、頑張るから、またいつかパーティを組んでくれよな!」


「今度は、私達がヴィクトリアを助けるから!ありがとう!」


そうして、円満に別れた私達は、別々の道を歩み始める……。


さあ、師匠に報告しよう。


なんて言われるかな?


怒られちゃうかな?

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