第24話 小さな剣士ヴィクトリアの冒険 その3
革製品のお店。
このボロネスカは、この辺りでは大きいといえども、人はそう多くはない……、と師匠が言っていた。
師匠のいた国は一億人もの人がいたとかって話だけど、その辺は謎だね。そんな国、本当にあるなら覇権国家だもん。
この国の王都のコンソティでも、人の数は五百万人くらいだし、一億人もの人がいる国があるなら、その国力は世界一のはず……。
師匠は恐らく、別の世界から来たんだと思う。
遙から来たりし者……、『来訪者』の伝説は、どの国にもあるからね。
とにかく、革製品のお店は街でここが一番安い。と言っても、街に三軒くらいしかないけど……。
一軒は高級なお店、もう一軒は少し高め、ここが一番安いみたい。
でも、安くても品質はそこそこ。街人の日用品としては充分な出来。
ああ、その辺りの目利きは、貴族としてのものだね。
田舎の男爵の娘とは言え、人口五百人ほどの村落を四つほど支配していた父の下には、そこそこの品はあったし、父にも物品の目利きについて教わっていたし。
因みに、私の上等な装備は、師匠に私の知ることを教える対価として買い与えられたものだよ。
師匠は、審美眼はあるみたいだけど、最近流行の芸術とかに詳しくないみたいで、その辺りを私に聞いてきた。
それと、私もそこまで詳しい訳じゃないけれど、貴族としての作法の類も教えたなー。
師匠の作法は、明らかに異国風だけど、かなり整った作法だからあれはあれでいいと思うんだけどなあ。
異邦の儀礼を身につけた剣士とか、貴族受けするよ?
私のところはそこまで裕福じゃないし、そもそも騎士爵だったからそういうのはなかったけれど、伯爵くらいになってくると、学があったり、腕っ節が強かったりする在野の人物を召し支えて、『食客』にすることが結構あるからね。
このボロネスカの領主様であるアーロン伯爵も、数人の学者や音楽家、絵描きなんかを囲ってた記憶があるよ。
師匠なら多分、王族の食客としてお城に住めるんじゃないかな?
わざわざ、この国の作法を身につけなくても……。
あ、でも、『やらない』と『できない』は天と地ほどの差がある、だったよね。いつも師匠がそう言ってた。
さて、と。
予算450オシラで、この子達にまともな装備を揃えなきゃならない訳で。
まず欲しいのはブーツだね。
革製の丈夫なやつ。
冒険者は、戦うよりも歩くことの方が多いんだから、歩くための道具に一番金をかけろ、と師匠が言ってた。
実際、私は、サンダルのまま半日走らされた後に治療されて、次の日にブーツと脚絆をつけてまた半日走らされて、どっちが優れているかを体験させられる……、みたいな修行も受けた。
サンダルで長い時間歩くと、足が鬱血して紫色に腫れ上がり、痛くて痛くて大変だったなあ。足の裏の皮膚がグズグズになって、泣きながら走ったっけ。
……師匠の修行は本当に厳しかったけど、頑張れば褒めてくれたし、宿も隣の部屋をとってくれて、更に食事の面倒から娯楽本の類まで買ってくれた。
身体を作るのも修行だと言って、毎日お腹いっぱい食べさせてもらえた。
私は一応は貴族だったから、飢えた経験は、家が潰されてから以外はないんだけど……、この世界でお腹いっぱい食べられるって、本当の本当に得難い幸せなんだよね。
そして、勉強も修行だって言って、色んなことを教えてくれた。
他にも、不思議なマジックアイテム……、板の中の小人が芝居をする鉄板とか、貴族だった頃ですら見たことのない珍品も見せてもらえた。
厳しいけど優しくしてくれたし、寂しくて泣いてる時に添い寝してくれたりもしたし……。
師匠のことは大好きだよ。厳しいけど。
男性的な意味で好きなのかどうかはまだ分からないけど……、少なくとも。
「ん?どうした?」
サミュエルの薄汚さを見ると、冒険者と結婚とかは嫌だなあ……。
入浴をあまりしない薄汚れた身体、着古して擦り切れた服、フケが落ちる乱雑な髪型に、不衛生な無精髭……。
お父様や師匠と比べると、ちょっと……。
かと言って、貴族の妾になるのも嫌だし。元貴族の娘なんて、扱いがまともな訳ないよ。良いところ、孕まされて捨てられて、手切金に金貨数枚ってところかな?
とにかく、最低限の甲斐性以外にも、ある程度は見てくれも整えて欲しいなあ……。
何でもないとサミュエルに告げてから、店に入る。
「ええと、まずはブーツを買ってね。これなんかがいいんじゃないかな?」
安物の、80オシラほどのブーツ。
本当は、もう少し高級で頑丈なものを作ると評判の、一つ上の等級のお店で買いたいんだけど、それは資金が足りないから無理だね。
「えー?まずは鎧が先じゃねーか?」
サミュエル……、人の話をなんでちゃんと聞かないのかなあ。
あらかじめ説明したと思うんだけど……。
まあ、こんなものなのかな?
私だって、サンダルのまま半日走らされて、サンダルでたくさん歩くのは大変だと身体に叩き込んでもらえなきゃ、こうして文句を言う側だっただろうし。
「サム……、ちゃんと話聞いてたの?冒険者はたくさん歩くから、まずはいい靴を買わなきゃダメだって、ヴィクトリアが言ってたじゃない!」
ティナはちゃんと聞いてくれてたんだ。
「で、でもよ、モンスターに噛まれたら死ぬんだろ?」
ああ、それは覚えてたんだ。
「モンスターから逃げるときに、走れないと死ぬよ?」
「お、俺は逃げたりなんかしねえよ!」
うーん……。
「そうじゃなくて……、あー、えっとね、靴が駄目だと相手の攻撃を避けられないよ」
「そっか……、まあ、盾もないしな」
納得してくれたかな?
「それと、靴下も買ってね。脚絆にするための帯も」
「きゃはん?」
「脚絆っていうのは、足に巻く布のことだよ。これがあると長く歩いても疲れないの」
「何で?」
「説明しても多分理解できないと思うから、そういうものだと思ってね!」
血流の話とか、私も初めて聞いたし、最初は理解できなかったもんね。
よし、それと……。
「サミュエルはこの革の胸当てを買って、ティナは別のお店でメイスを買ってね」
どちらも100オシラもあれば手に入るかな?
「どれだ?このかっこいいやつか?」
「そんな高いの買えないよね、このシンプルなやつだよね」
「何でメイス?私、戦えないよ?」
「護身用に武器の一つくらい持ち歩いてね」
何にも知らない人にものを教えるって、こんな感じなんだ。師匠も、私に教えるのは大変だっただろうなあ……。
師匠は、馬鹿な私に根気強く教えてくれたんだもん。
ここで、私がサミュエル達に怒る訳にはいかないよね。
「はい、じゃあ、余ったお金で保存食と手拭い、それと袋を買ってね。明日出発するから、朝の鐘が鳴る頃には東門で待っててね」
「おう!」「うん」
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