第23話 小さな剣士ヴィクトリアの冒険 その2

「依頼を受けます」


冒険者ギルドに来て登録を済ませた私は、早速依頼を受けることにした。


「今のところ、近くの村での調査なんかがあるが?」


禿頭のギルドマスターは、手元にある羊皮紙の束をめくり、一言。


「薬草採取とかはないんですか?」


「あー……、まあ、あるっちゃある。だが、薬草採取ってのは、薬師としての心得がないと上手くできないぞ?」


あー……。


師匠はなんでもできるからなあ……。


説明を聞いた限りでは、薬草によって薬効がある部分が異なるから、土をつけたまま根ごと引き抜くべきものや、逆に、葉だけ新鮮なうちにすり潰す必要があるものなど、様々な種類と違いがあるそう。


私はまだ、そこまで詳しく習っていないから、自信がない。


大人しく、勧められた調査依頼を受けることにしよう。


「分かりました、調査依頼を受けます」


「おっと、だが、新米を一人きりで送り込むことはできんぞ。ギルドの沽券に関わるからな」


「では、誰かと共に行った方が良いと?」


「おう、ちょっと待て。おい!サミュエルとティナ!来い!」


ギルドマスターは、低い声で呼びかける。


すると、一組の若い男女が現れた……。


「俺はサミュエル。戦士(ファイター)だ!」


年齢は私と同じくらい。


くりくりと毛先の丸まった茶髪の、自信ありげな表情の男の子。


「私はティナ。精霊使い(シャーマン)だよ」


赤毛にそばかすの可愛らしい女の子。


距離の近さから見て、恋人か……、少なくとも、同郷か。


立ち振る舞いも装備も、新米そのもの。


こんなんじゃ、いない方が……。


「……何を言いたいのか分かるが、お前も新米だぞ。新米は周りに合わせるってことをまず学べ」


「は、はい」


そっか……、そうだよね。


私は師匠みたいな規格外じゃない。


周りの人間と力を合わせないと、まともに戦えないんだ。


「それに、今回は調査だけだ。イニーア村で家畜が消えた理由を調べて、それを報告するだけ……。事件を解決する必要はない」


それなら、まあ……。


「じゃあ、ここにサインをしろ」


私は、依頼文書をよく読んで……。


「えっと、質問してもいいですか?」


「ん?どうした?」


「イニーア村って、どこにあるんですか?」


「街の東の方に半日ほど歩くとあるぞ。東門から出て一刻と半分くらいで、案内看板が見えてくるはずだ」


「家畜の消えた理由の捜査とのことですが、現状、なんの手掛かりもない感じですか?」


「ん、ああ。恐らくは狼(ウルフ)辺りだろうって話だが、もしもウルフだけなら追い払ってくれると助かる。討伐できればなお良し、だ。あんまりにも数が多いとか、他のモンスターや蛮族がいれば、引き返して報告しに来てくれ」


「分かりました、では……」


「おい、もういいだろ?!村の人は困ってるんだ、早く解決しに行くぞ!」


とサミュエルが話しかけてきた。


正直、もう少し考える時間が欲しかったけれど、目に見えて不審な点はないし……、サインをした。


二人は、どうやら文書が読めないらしい。この世界では、文盲はありふれているから、仕方ないかもしれないけど……。


あまりにも、無警戒じゃないだろうか?


いくらギルドが依頼の精査をしているとはいえ、契約書の類はよく読むべきだ。


少なくとも私は、師匠からそう習った。


字が読めなければ、とんでもない内容の契約書に、そうとは知らずにサインしてしまうかもしれないのに……。


まあ、注意をする義理はない、かな。




ラビオ村のサミュエルとティナ。


サミュエルは、レザーのジャケットを着て、サンダルを履いている。


おまけに、体捌きから、剣術なんて微塵も使えないのが分かるのに、何故か鉄の剣を持っていた。


ティナも、普通の麻の服に、サンダル。精霊を纏わせたクズ宝石を持っている。


こんな状態では、戦闘はできない。


一応、この街から半日の地点にあるイニーア村なるところに移動するのだから、その最中にモンスターに襲われたりするだろう。


そんな時に、サンダルではたくさん歩けないし、心得がなければ、剣をうまく扱えない。


鎧もそれじゃあ、モンスターとの戦いは厳しいだろう。


一応、指摘しておこう。


彼らのことを思って……、と言うことじゃないけれど、足を引っ張られたら困るから。


「あの……」


「ん?どうした?」


「あなた達は、そんな装備で街の外に出るつもりなんですか?」


「おいおい、堅苦しいぜ!仲間なんだからもっと気安くしろよ!」


「あ、うん、分かった。で、そんな装備で外に出られるの?」


「え?なんか問題でもあるのか?」


え……?


自覚とか……。


いや、私だって、師匠に叩き直される前はこうだったのかな?


ちゃんと指摘してあげなきゃ……。


「まず、お金はいくら持ってる?」


「な、なんでそんなことを聞くんだよ!金なんかねーぞ?!」


「装備を揃えて欲しいからだよ。そんな装備じゃ、街の外に出たらやっていけないから」


「なんでだよ!何もおかしくないだろ!」


「靴」


「は?」


「サンダルで半日も歩ける?足、痛くなっちゃうよ」


「そ、それは……」


「鎧もないよね?狼(ウルフ)に噛まれたら、死んじゃうかも」


「で、でも」


「剣も、それ、使い方を分かってないよね?剣って、刃筋を立てて斬らなきゃならないから、使い辛いよ。素人は棍棒でいいと思う」


「うっ、うるせぇなあ!なんか文句あんのかよ!」


あー……。


うーん……。


「ごめんね、文句がある訳じゃないんだ。ただ、真面目に考えて欲しくて……。初めての仲間が死んじゃうのは、私、やだなあ」


そっか、そうだよね。


師匠の悪いところを真似しちゃった。


正論を叩きつけることが良いこととは限らないよね。


師匠は、相手を殴ってでも自分の思ったことを叩きつけると思う。


忠告なんてまずしないし、それで死なれても「アホがくたばった」としか考えない。


仮に忠告をしたとしても、それで今みたいな態度を相手がしてきて、欠点を直さないなら、あとは知らんぷりって感じだろうね。でも、私はそこまで割り切れないや。


時には、腰を低くして相手を立てるのも処世術だと、私は貴族社会で学んだはず。


師匠のような、誰にも謙らない王者の生き方は、私には無理。


「うっ……。か、金なんて、殆どねーよ」


「具体的にいくらあるのかな?」


子供に言い聞かせるような態度で、私はそう訊ねた。


「……数が、数えられないんだ」


あー……。


こういうのを見ると、私って育ちが良かったんだなって自覚するなあ……。


師匠は、何故かあらゆる知識が豊富で、食事の作法ひとつとっても貴族並みだった。


家族もみんな貴族だから、学はそれなりにあった。


今まで、上等な人々に囲まれて生きてきたから、こう言う人と接するのは初めてだよ。


「じゃあ、見せてくれるかな?盗んだりはしないから」


「分かった……」


えーと……、銀貨が80枚、か。


これは王国銀貨じゃない鐚銭だけど、1枚につき3オシラくらいの価値はあるね。確か……、3オシラ商業銭とか言ったっけ。


合計240オシラかあ。


「ティナちゃんは持ってないの?」


「あっ、持ってるよ。私はちょっと数を数えられるんだー。えーと、銀貨を70枚!」


ってことは、この二人は240+210=450オシラを持っているんだ。


うーん、それなら、冒険者用の鉄板入りブーツは無理だけど、それなりの服と靴くらいは買えるかな。


「まずは買い物に行こうね。革製品のお店に行くよ」


「分かった……」「うん」

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