第22話 小さな剣士ヴィクトリアの冒険 その1
私、ヴィクトリア・ローゼスが師匠であるシバ様に師事してから、半年の時が過ぎた。
貴族だったあの頃よりも更に背は高くなり、筋肉をつけた。
修行の途中で折れた骨は何度も強制的に再生されて、堅牢な骨格に作り替えられた。
何度も、何度も、死ぬような思いをして力と技を身につけた。
5.4feetにもなる、女としてはかなり大柄なこの身体を、師匠からもらったスタデッドハードレザーアーマーで包む。更にその上から、鋼の胸当てとガントレットと、鉄板を仕込んだブーツ、そして脚絆を装備。鉢金と厚手のフード付き外套も。
鋼鉄のショートソードとダガーを腰に佩き、お金やポーションの入ったポーチを腰の反対側に巻き付ける。
これから私は、冒険者としての活動を始める……。
「すみません、冒険者になりたいのですが」
酒の香りと喧騒に包まれている冒険者ギルド。
中に入って、受付の中年に声をかける。
「良いだろう、身分を保障するものは?」
その言葉を聞いて、懐から取り出したのは、師匠からもらった推薦状。
それを見た受付は……。
「……なるほど、『銀の流星』の直弟子か」
と呟いた。
銀の流星とは、師匠の異名だ。
凄まじい速さで戦場を駆け抜ける銀の長髪は、まさに流星の如く。
もしくは、凄まじく速い剣速が、空で尾を引く流星の軌跡にしか見えないから。
とにかく、そういう訳で、銀の流星と呼ばれているみたい。
師匠が高名であることは誇るべきことだけど、その分、私も師匠の名を落とさないようにしなきゃならないから、身が引き締まる。
師匠は気にするなとは言ってくれていたけど……、やっぱり、気になるよ。
「この街を救った『銀の流星』の弟子と言うなら、ギルド側も配慮しよう。とりあえず、九級冒険者として登録しておく。ほら、これが登録票だ」
そう言って手渡されたのが、金属製のプレート。
私の名前と、九級冒険者であることが刻まれている。
「あ、登録料……」
「いらんいらん、『銀の流星』には何度も助けられているんだ。登録料くらいはまけておいてやる」
「えっと、ありがとうございます」
「冒険者についての説明はいるか?」
「一応、お願いします」
師匠に聞いたけど、一応聞いておきたい。
師匠は……、なんていうか、その辺がかなり適当だから……。
「まず、冒険者ってのは、昼間っから酒場で飲んだくれているゴロツキ共に、酒場の店主がお遣いを頼んだのが始まりだ」
それは聞いたことがある。
昼間の酒場で休憩している旅人、無頼漢、傭兵などの武力を持った存在に、酒場の主人がお遣いを頼み、その報酬として金銭を渡す制度がいつの間にやら、何処かから生まれたのが始まりだとか。
「まあ、歴史についてはどうでも良いとして、利点と欠点について話しておくか。まず、利点として、ギルドに所属することで、冒険者は守られるんだ」
「守られる?」
「おう。ギルドがある程度、依頼人側とあらかじめ話し合ってある。だから、依頼料が上がることはあれど下がることはない。更に言えば、あからさまに怪しい依頼はこちら側で弾けるってこともある」
「なるほど……」
それは確かに良いことだ。
私はまあ、元貴族だからある程度は大丈夫だけど、冒険者になるような人は大抵、計算とかもできないだろうし。
そうなると、安いお金で大変な仕事をさせられるかもしれない。
「だが、欠点として、『共同体の危機』の時は強制的に参戦する義務を負う」
「『共同体の危機』ってことは……、半年前のような、盗賊団の襲撃とかですか?」
「そうだ。その他にも、モンスターの大発生(スタンピード)や、災害、蛮族の襲撃なんかの時には、逃げる事は許されない」
「戦争とかはどうなんですか?」
「人間同士の戦争は、冒険者ギルドは関係ない。参戦したけりゃ好きにしろよ」
なるほど。
人間同士の争いには不干渉、と。
戦争なんて個人的にはしたくないけれど、北西にあるディオス帝国という国はかなりの侵略国家らしいし、もし、近くまで攻めてきたら戦うことになるかもしれない……。
……でも、なるべく人は斬りたくないなあ。
師匠と散々斬り合っておいてなんだけどね。
まあ実際は、武力を持っている冒険者は、戦争ともなれば確実に巻き込まれるだろうけど。
「……それで、だ。冒険者は、本人の実力と周りの信用によって、等級分けされている」
「はい、存じています。ですが、具体的に、等級が高いとどうなるんですか?」
師匠は、「適当に敵斬ってりゃ偉くなってチヤホヤされるんじゃないの?知らねーわ」とか言ってたから、高くなるとどうなるかは私は知らないのだ。
「まず、十級。これは、見習いだ。流れ者がどうしても公に使える身分が欲しい、なんて時によく使われる。実際、十級でも、冒険者なら街の入門料金が割引されるからな」
へえ、そうなんだ。
私も、流れ者だった頃は色々苦労したし……、身分があるって事は大事なことなんだね。
「次に九級、これが本当の見習いだ。八級で一般ってところか」
「なるほど」
「八級になって初めて、胸を張って冒険者と言えるだろうな。一生を八級で終える奴も少なくない」
「八級なら、冒険者として生活していけるってことですか?」
「ああ。八級ともなれば、街の警邏や、護衛、運び人などの仕事も任されるようになる」
確かに、信用のない冒険者に、街の警邏のようなことをやらせる訳にはいかないね。
泥棒に衛兵と同じ仕事をさせるなんて、タチの悪い冗談だよ。
「大体、八級くらいから、経済面が楽になるぞ。家族も持てるはずだ」
なるほど、八級からは家族が持てる、と。
ローゼスの名を残したいから、結婚相手は欲しいな。
師匠……、師匠は頼めば結婚してくれそう。
だけど、師匠に養ってくださいなんて情けないことは言えない!とりあえず、自分で生活できるくらいにはならなきゃ!
「そして七級。これはベテランって領域だ。『銀の流星』も七級だな。近いうちに六級になるそうだが……」
「その、師匠って、本来ならもっと等級が高くていいんじゃないかと思うんですけど……」
「あー……、確かにアイツは、少なくとも三級は確実だ。だが、この田舎街のギルドでは、高等級を与えられるほどの裁量がないんだよ」
なるほど。
「話を続けるぞ。五級にもなると、この街のような辺境では、街の英雄だ。俺も昔は冒険者で、五級だったんだぜ」
「へえ、そうなんですか」
「三級ともなれば、地方では英雄だ。吟遊詩人の歌にされ、国にも目をかけられるだろうな。望めば貴族にだってなれる」
貴族……!
三級、頑張って目指そう。
名義だけでも、貴族になりたい。
ローゼスの名を残したい。それが、家族への手向けになると思うから……。
「実際、『銀の流星』の相棒になった『嵐の女王(ストームルーラー)』……、森人(エルフ)の女は、三級だ」
『嵐の女王』……、師匠の相棒のアデリーンさんのこと。
風と雷の魔術に、エストックも自在に操る凄い人。
そっか、そう言えば、あの人は三級だったっけ。
「基本的に、三級以上は、国の専属冒険者みたいな扱いになる。『嵐の女王』みたいに、自由にその辺をふらついている奴は稀だ」
そうなんだ。
確かに、アデリーンさんみたいな強い人が、その辺をふらついているのは、国からすれば怖いかもしれない。
「そして……、世界の英雄たる一級冒険者を超える、神話の英雄。それが特級冒険者だ」
神話、か……。
「特級冒険者って、何人いるんですか?」
「歴史に残っているので、十八人ってところか。生きている特級は、世界に六人しかいない」
特級、か。
きっと、とてつもなく強いんだろうな。
私は多分、特級までにはなれないと思う。
でも、師匠は絶対に特級になるだろうなあ……。
なんかよく分からないけど、殺した私を何度も蘇生したり、めちゃくちゃにした修行場所の森を、時間を巻き戻して再生したりしてたもん……。
「さて、話はこんなもんだ。依頼を受けていくか?」
「あ、はい、お願いします」
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