第7話 この世界は初版のようだ

さて、勉強はこんなものか。


地理、歴史、物価について大体理解した。


概ねはファンタジー的な物価をしていたが、貴金属や宝石の類は、貨幣やアクセサリーの他にも魔術などの触媒やマジックアイテムの材料になるそうで、値段は高価なようだ。但し、レアメタルの埋蔵量は地球よりも多いと魔法で知れた。


俺達、『深淵のアルギュロス』のプレイヤーこと探索者は、貴金属や宝石は消費アイテムとしてガンガン使うし作り出せるのでそこは驚いた。


『深淵のアルギュロス』の世界観だと、貴金属や宝石の価値は例えるならタバコくらいのもの。


俺が先日、宿屋の主人であるジムに100ctのサファイアをごろっと出したのは、ニュアンス的には「おうおっさん、タバコ一本やるよ!」くらいのものだった。


まあもちろん、『深淵のアルギュロス』は基本的に現代の地球が舞台なので、あくまでもタバコ感覚で貴金属や宝石を使い潰せるのは一流の探索者のみであるとは注釈を入れておくが。


価値観の相違、だな。


他にも驚いたことは、ゴブリンやオークなどは、正確にはモンスターではないらしい。


あいつらはそう言う種族なんだとさ。


だが、生まれつきに嘘つきで、他人を痛めつけることに快楽を感じ、殺戮に罪悪感を覚えない種族なんだとか。


文字は持たないが独自言語を持ち、生贄や共食いなどの独自の文化もあるとのこと。


そして、悪魔(デーモン)は確実に人類種の敵対者で、黒森人(ダークエルフ)は半々くらいの確率で敵。こう言った敵対的な種族を、『蛮族』と呼称するのが決まりなんだとさ。


ついでに言えば、魔法を使う獣を『魔物(モンスター)』と呼称する……、らしいのだが、その辺の区別は曖昧で、魔力を持たない害獣などもモンスター扱いされて駆除されたりするみたいだな。狼やら熊以外にも、スミロドン……、所謂サーベルタイガーや、恐竜の類などもこの世界に普通に存在しているそうだ。まあ、TRPGだからなあ……。


人種については、森人(エルフ)や鉱人(ドワーフ)、獣人(ワービースト)などがいるが、多いのはやはり人間(ヒューマン)だそうだ。


レアだが龍人(ドラゴニュート)などもいるとかなんだとか。


また、被差別階級だが、蛮族とのハーフの人間……、例えば半鬼人(ハーフオーガ)だとかそんなのもいるそうだな。他にも、妖精の悪戯の被害を受けた子供である取り替え子(チェンジリング)なども差別の対象だそうで、小さな街だと石持て追われる……、なんてこともあるんだとか。


基本的にTRPGファンタジーかな?とは思ったのだが、リアルの中近世にも割と近い感じだな。被差別階級がどうとかそういう話は、あまり明るいファンタジーではやらない傾向があるもんな。むしろ、古いファンタジーTRPGに近いかな?その辺を言えば、コボルトも犬人間ではなく蜥蜴小人らしいし、西洋のTRPGっぽいのかもしれん。


魔術師も、伝説に出てくるような強い魔術師で、精々嵐を引き起こしたり、隕石を落としたりするくらいのもの。


アストラル界に転移したり、アストラル物質による魂への直接攻撃したり、エーテル界から無限の魔力を引き出したりとか、なんかそういうのはないんだと。その辺は……、なんだろうか、まだ設定が語られきっていない初版の世界ということなのだろうか?


白い箱にルールブック入ってる感じ?ソードじゃなくてスォード?


まあなんにせよ……、この世界では、あくまでも魔術は、物理的に可能な程度の現象しか引き起こせないんだとさ。


例えば、火を出すとか、光を操作して幻影を見せるとか、そんなもん。


俺のように、魂を物質化したり、並行世界に移動したり、時空間を超越したり、複雑な元素を創り出したりすることは「できない」か、「知られていない秘術」かってこと、だそうだ。


とは言え、術そのもののバリエーションはかなり豊富で、魔術のページだけでルールブックが数十ページは分厚くなるようだ。


うん、大体分かった。




この一週間で勉強を済ませたのだが、やはり街に行かないとどうしようもないと理解した。


一週間もあったので色々考えたさ。


それで、少なくとも、俺の左腕に封じられているアルギュロスは、俺がこんな田舎町でのんびり暮らしているのなんて許さないだろうということはすぐに思い至った。


そうじゃなくても、俺もずっとここにいるつもりはなかった。


俺は、田舎でスローライフみたいな、去勢された豚みたいなことを言う愚鈍な人間ではないからだ。


大体にしてスローライフの何が楽しいんだ?土に塗れて、家畜の糞の臭いを纏い、日がな一日土に鍬を振り下ろすだけの人生のどこに快楽がある?


なんかこういうことを言うと職業差別だなんだみたいな話になりそうだが……、好き好んで農業をやりたいか?気持ちよくモンスターをなぎ倒せる力があるのに?国一つを変えられる先進的な知識を持つのに?態々農業をやりたいのか?俺はやりたくない。


気に食わない奴をぶちのめし、他の奴に働かせて上前をはねて、美味いものを食って良い女を抱く。それが一番楽しいに決まっているだろうが。


それをできる力があるのにやらないのは、力に対する冒涜とすら思うね。


だから俺は街へ行く。


冒険者になって、偉くなり、思うままに生活しよう。


俺は、冒険者として、プレイヤーとして、英雄として……。それ相応のロールプレイをする。


俺は、『混沌にして中立(カオティック・ニュートラル)』だ。




さて、そんな訳で。


街に行きたい……、のだが。


「資本がない」


金がないのだ。


ちょこちょこ獣を狩って、それを売って金にしているのだが、中々貯まるもんじゃない。


大体にして、この小さな村には、金がそもそもないのだ。基本的に物々交換でなんとかしてるらしく……、村中の金銭を集めても金貨数十枚にしかならないと推測できる。


そしてついでに、道がわからない。


闇雲に進んでもどうにかできる自信はあるがね。


そんなことを宿屋のジムに相談すると……。


「それなら、近い内に娘のノースが街へ行くから、それに同行すれば良いだろう」


と言われた。


そう言えば、ノースは街で神官になるための修行を始めるとか。


なるほど、それについて行けば良いのか。


じゃあ、それまでに色々と仕込んでおくか。


……と言っても、わざわざ仕込みをするほどの何かはないんだが。


精々、今までのように小銭稼ぎくらいのものだ。


食料はどうにかできるし、家も「持っている」から、その辺は心配ない。


さて、じゃあそろそろ移動かな。


そう思って待機していると……。


街まで運んでくれる予定だった行商人が、這々の体で村に現れた。


なんでも、道中で緑小鬼……ゴブリン族の群れに襲われたらしい。


これじゃあ安全が確保されない限り、移動はできない、と。


「困ったな……」


「はい……」


俺とノースは普通に困った。


「なあ、こういうのって、衛兵や冒険者を派遣してもらえないのか?」


「してもらえると思いますけど、今のところ大きな被害も出ていませんし、街から冒険者が派遣されるのは早くて二週間後くらいになると思います……」


とノース。


その辺の情報伝達の遅さが実に中世ファンタジー。


だがまあ、もちろん、そんなに待ってられねえんだよな。


「よし、じゃあ、俺がゴブリン族を退治してきてやるよ」


と、俺は言った。

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