第6話 食事に対してお礼をしますか?

ジムが持ってきた料理は、実にファンタジー的だった。


芽キャベツとニンジン、タマネギ、そしてベーコンの少し入ったシチュー。


拳大の黒パン。


グリルしたヤムイモ。


そして、二番絞りの安物赤ワイン。


ワインが出るとなると、ここは比較的南の方だろうなと推測できる。あまりにも寒いと、ぶどうは育たないからな。


とは言え、俺が全く知らないぶどうっぽい何かを、この世界の人が勝手にぶどうと定義しているかもしれないので、なんとも言えないが……。


食事の味は、日本の品種改良を繰り返された芸術品のような食材たちと比べると天と地程の差があるが、それでも、天然素材による食事は『健康的』な味をしていた。


塩気が少ないのが残念だな。塩は内地では高価ということか?


だが、シチューは丁寧に灰汁を除いているのであろう、優しい、丸い味。


俺は若いのでわからないのだが、昭和の頃の野菜ってこんな感じだったんだろうなと言うのは理解できた。


芋がまずいとか、ニンジンやピーマンが苦いとか、現代人には理解できないだろう?


品種改良がされていない野菜はこんな味なのか……。


「ごちそうさま、美味かったよ」


美味くはなかった。


黒パンは酸っぱくてモソモソ。


ワインは半分くらい酢。


野菜のシチューは、丁寧な灰汁取りで食える味ではあったが、間違っても美味くはない。


だが、それをあえて言う意味はないからな。


シバは上品ではないが、仁義は通すキャラ。悪戯に無礼はしないだろう。


「そうか、ありがとな。そう言ってもらえると嬉しいよ」


さて、それで、だ。


「どうやら俺は、かなり遠くから来たみたいだ。この地方について詳しい話をしてくれる人はいるか?」


と、俺が訊ねると。


「それなら、村の大地母神の小神殿に勤める神官長様だな。とは言え、礼儀としていくらか寄進すべきだろうが……」


「そうなのか。俺は金は持っていないし……、そうだ」


俺は、こっそり《ボルボロスの宝物庫》を唱えて、懐から低級のマジックアイテムを取り出す。


その名も、『警戒のアミュレット』だ。


単純に、敵意があるものが近付くと大きな音が鳴るというだけのものだ。


神々の作りし秘宝であるアーティファクトとは比べ物にならないほど低級で、俺でも、端材があれば同じものをすぐに作れる程度のもの。


形は、黄金でできた三日月を象った首飾りだな。


「こ、これは……?」


ジムが目を白黒させながらそう言った。


どうやら、高価そうな見た目に驚いているようだ。


「これは、警戒のアミュレットというマジックアイテムだ。これを売ろうと思う。その金で寄進とやらを……」


「悪い事は言わない、やめておけ!」


俺の言葉を遮ったジム。


どうしたんだろうか?


「そんな高価そうなマジックアイテム、この村の金をかき集めても買い取れないぞ?!それに、マジックアイテムなら普通は家宝として取っておくものだ」


「いや、これは価値が低いものなんだ」


「価値が低いマジックアイテムなんて存在しない!本当に遠くから来たんだな、あんたは……。この国なら、マジックアイテムは最低でも金貨百枚から取引されるんだ」


ははあ、なるほどね。


いにしえの、古い時代のファンタジーTRPGみたいに、マジックアイテムは超希少な設定なのか。


最新の版では出るようになっているが、この世界は初版なのだろう。


となると……。


「それじゃあ、あとは、こんな感じのちょっとした宝石くらいしか……」


俺は、宝物庫から魔力保存器である宝石を取り出す。


100ctほどの大きいサファイアだ。


俺のような『深淵のアルギュロス』の世界の探索者のうち、魔法をよく使う奴は大抵、《宝石の創造》という魔法で宝石を作り、そこに魔力を封じ込めて魔力電池としている。


じゃあ金持ちじゃんスゲー!みたいに思われるかもしれないが、ツテのない一般人が質屋に100ctもの宝石を持ち込めばお縄頂戴だぞ!


まあ、宝石会社の幹部が魔法使いで、宝石を魔法で作って荒稼ぎしていた……、みたいなストーリーもあったが。


とは言え、この世界はどうやらファンタジー。


俺がよくやっていたファンタジーTRPGのマジックアンドソードズと言うシリーズでは、宝石は高価だがそこまで高価でもなかった。


マジックアンドソードズでも、魔法の触媒として宝石を使用する設定だったから、100ctくらいのものなら街の道具屋でも一つくらいは置いてある設定。ほら、宝石は魔術の触媒にする!みたいな設定だよ。あるあるでしょ?


そもそも、リアル中世の価値観なら、銀貨何千枚が金貨一枚とかの単位になるし、ダイアモンドは価値ない感じだぞ。


さっき、マジックアイテムは金貨百枚とか言ってたから、地球の中世よりかは金が豊富なんだな。中世レベルの経済で金貨を百枚も、こんな小さな村の一か所に集めたら、経済がヤバい。


「……冗談はやめろ!そんな大粒の宝石、マジックアイテム並みの値段がするに決まってるだろ!」


ああ、宝石も高価なのか。


うーん、この反応を見るに、宝石も高価で、一般には出回らないんだな。


ノースも、かなり小綺麗にしているけど、手首に質の悪い銀の腕輪をはめているくらいで、あまり着飾ってないからな……。


「すまないが、簡単なマジックアイテムと宝石以外は、財産と呼べるようなものは殆ど持っていないんだ。どうすればいい?」


「本当に何も知らないのか?全く、どこから来たんだよ、あんたは……。まあ良いさ、緑小鬼(ゴブリン)を倒せるんだったな?」


呆れた様子のジムは、俺にそう聞いてきた。


俺がそれを肯定すると、続けてこう言った。


「なら、その辺の森に入って、ウサギやアナグマを仕留めてこればいい。そのくらいなら村でも買い取れる」


なるほどね?


「分かった。仕留めちゃならない生き物はいるか?」


鹿とかさ。


ハンティングは高等な遊戯だろ?と、聞いてみたが……。


「人間以外ならなんでも良い。但し、食えるやつにしろ。緑小鬼(ゴブリン)の生首なんて抱えてきたら、追い出すからな?」


なるほど、そういう決まりはないのか。


まあファンタジーだもんな、分かった分かった、了解した。




「とりあえず、なんかデカくて強そうなやつ(熊)いたから狩ってきたぞ」


「あのよぉ……」


いやそんなん言われましても。


「こりゃあ、殺人熊(マーダーベア)じゃないか!」


「すまないが、モンスターの種類は分からない。ただ、大きいから食い出があるだろうと思ってな。問題あるか?」


「いや……、だが、こんなにたくさんの肉は買い取れないかもな」


「なら、売れなかった分はあんたにやるよ」


「そりゃ駄目だ、タダでなんて……」


「なあに、しばらくこの村に滞在するんだから、その滞在費だ」


「……分かった、それなら受け取るよ」


と、まあ、こんなやりとりをして……。


俺は、村の神官長に寄進して、この世界の知識を得た。

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