第2話 本シナリオ初のSAN値チェック

チチチ、と。


鳥が囀る音で目を覚ました。


聞こえるのは、木の葉が揺れる音。それと、地面の草花が揺れる音。


小動物の足音と、虫の羽音。


排ガスで汚れきった東京とは違う、純粋な森の緑の匂い。雑多な生き物の匂いを感じつつ、俺は起き上がった。


「ここ、は?」


声は俺のものだが、なんとなく違う気がする。


顔に手を触れる。


……別人か、これは?


いや、これは……!


左腕に、黒を基調に金糸で紋章を描かれたグローブと、黒い包帯のようなものが巻かれている。


無地の赤いシャツに、黒いジャケット、そしてスラックスにブーツ。


凡そ、俺がやらないような派手な格好だ。


それだけじゃない。


頭の中に、夥しい量の存在しない記憶が……!


まさか、まさか、まさか!


俺は、ちょうど近くの水溜りに顔を映す。


すると……。


「おいおいおい!これって……!」


戸上榛葉じゃねーか!




俺は混乱しそうになったが、肉体があの戸上榛葉だからなのか、すぐに落ち着いた。


とりあえず、俺は……、いや、俺は俺じゃないんだが、便宜上俺と言っている。


俺はまず、一番初めに確認すべきことを確かめる。


そう、左手。


「おい、起きろ、『アルギュロス』!」


『何ダ?倉井克馬(くらいかつま)ヨ……。イヤ、戸上榛葉ト呼ブベキカ?』


この、赤黒い線が走る銀色の左腕は、TRPG本編内に存在する先史文明の古代神話の主神『アルギュロス』の分霊を封じた証である。


因みに、倉井克馬は俺の本名だ。


まあ、そんな訳なので、話しかけると反応する。


「これはどういうことなんだ?」


『簡単ナコトヨ……。戸上榛葉ガ、貴様ノ死ニ納得デキズ、肉体ヲ渡シテ別世界デ蘇ラセタノダ』


そもそも、TRPGのキャラクターが実在しているのかとかそういうのは置いといて、だ。


「俺、あいつにそんなに感謝されてたのか?」


マジ?愛され系お兄さん名乗っちゃう?


『知ラヌワ。タダ、奴ノ性格カラシテ、ツマラヌ理不尽ハ許サヌハズダ』


まあ……、そうだな。


戸上榛葉は、己の遊びのために人々を苦しめる邪神が気に食わない訳じゃないが、自分好みの美女や、気に入った奴を殺させないためになら何でもやる奴という設定だった。


職業は私立探偵で、物語が進むにつれてかなり話題のカリスマ探偵になったのだが……。


気に食わない奴の依頼は何億円積まれても受けないくせに、気に入った奴の依頼は、ガキの貯金箱に入ってる程度の小銭でも受けるというふざけた野郎だった。


榛葉からすれば、プレイヤーである俺があんなクソみたいな死に方するのが許せなかったんだろうな。


『トハイエ、榛葉本体ハ《神人》ヘト至リ、全テヲ超越シタガ故ニ、不要ニナッタ自ラノ肉体ト知識ノ複製ト、コノ我ヲ押シツケテキタダケダガナ』


おっと……、そう来る?


「えっ、神になったのアイツ?」


『ウム……、我ト同ジ《座》ヘト至ッタヨウダナ。ダガ、コレホドノ肉体ヲ譲リ渡ストイウノハ相当ダゾ?』


まあ確かにそうだな……。


うーん……。


いや、そもそも、TRPGの話のはずなんだが……。


この論調だと、TRPGの世界が別にあったってことなんだろうな。


三次元が二次元を自由に観測するように、俺が遊んでいたTRPGは、一つ下の位階の世界であったのかもしれない。


となると、この俺も、上位世界の何者からか操られている?


ええい、統合失調症でもあるまいし、そんなことを考え出したらキリがない。


とにかく、俺は榛葉を操作している存在で、榛葉は俺のプレイングに満足して感謝しているのは確かだそうだ。


左腕マンに確認すると、『ソウダ』と返されたし。


それに、地球に思い残すことはそう多くはないんだよな。


別に子供もいないし、扶養家族もいないし。


実家は激太な名家で、土地転がしで生活できてる一家の生まれである俺は、趣味で本屋を経営していただけの存在。弟もいるし、お家は平気。両親もピンピンしなさってる。


強いて言えば、同棲しているセフレ女に多大な迷惑をかけてしまったことと、TRPGのシナリオが作りきれなかったことだけが未練かね?


だが……。


「お前はそれで良いのか、アルギュロス?」


お前が認めた『ヒトの極地』である戸上榛葉ではなく、平々凡々なTRPG大好きおじさんである俺がこの体を使って生きていくだなんて、それで良いのか?


『構ワン、我ノ《本体》ハ榛葉ト共ニアル。ソレニ……』


「それに?」


『貴様モ榛葉ノ一部ダカラナ』


なるほどね。


そりゃそうだ。


俺がロールプレイしていたのが榛葉なんだからな。


色々突っ込みたいところはあれど、アルギュロスは俺の質問になんでも答えてくれる訳じゃない。


一応こいつも神王だからな。矮小な人間風情になんでも答えてくれたりはしないだろう。


「ただ、一つ確認させろ。俺は騙されてないよな?」


『ククク……、ソレハモチロンダ。安心シロ。後々ニ身体ヲ回収サレタリ、実ハ夢デアッタナドトイウ興醒メナ結果デモナイ』


なるほどね。


はい、『心理学』!なんてな。神に心理学は無効なんだよな。逆にSAN値チェック入るわ。


……直感だが、この神は、俺がつまらんことをやらない限りは手出ししないと思う。


つまらんこととは例えば、臆して逃げ出すとか、無様を晒すとかな。その無様の基準がファジーだから困るんだがな!!!


だがまあ基本方針は、いつものように、気に入った人間を助け、気に入らんやつをぶっ潰し、好きなことをやればいい。


TRPGプレイヤーとして、理想の俺である戸上榛葉を『ロールプレイ』すりゃいい。


それだけだ。

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