第3話 技能 サーベル:99%

改めまして、持ち物検査から始めていきましょう。


「Ανοίξτε το σεντούκι του θησαυρού……」


俺の口から、とてもじゃないが人間の声とは違う、地の果てから響くような呻き声が出る。


これは、呪文だ。


『深淵のアルギュロス』には、キャラクターは特定の条件を満たすことにより、魔法が使えるようになる。


もちろん、榛葉にもそれができた。


今唱えた呪文は、《ボルボロスの宝物庫》という。


ぶっちゃけるとアイテムボックスだ。


とは言え、空間系の魔法は難易度が高く、榛葉の魔力でも家一つ二つ分くらいの空間しか確保できない。半神になった榛葉はもっとできるだろうが……。


なろう系主人公さんのような、超巨大アイテムボックスで楽々生活!とかは無理です。


さて、宝物庫の中身は……。


・ヒュドラルギュロスの無形剣

・アダマースの護りの鎧

・アルギュロスの万能杖

・クリューソスの黒金の護符

・プラティナの空飛靴

・魔導書多数

・今までのストーリーで手にしたアーティファクトの山

・榛葉が手慰みに作ったマジックアイテムの山

・戸上探偵事務所にあったもの全て


うーん!


……これ、どれか一つでも出るところに出せば国を丸ごと買えるくらいの額で売れる超一級のアーティファクトじゃーん!


どないしよ。




すごくおちついた。


とりあえず、三級アーティファクトの『灼熱の刃』というショートソードを腰に佩く。


これ、現代シナリオが基本の『深淵のアルギュロス』の世界では、銃刀法的に持ち歩けないから無用の長物だったんだが、この世界では役立つ……、かな?


そもそも、この世界がどんな世界なのか分からないんだけどさ。


でも……。


「こんなのがいるってことは、帯刀しててもオーケーだよなあ」


俺は振り向きざまに飛んできた石礫を剣で弾いた。


『ギィッ?!!』


『ギィ!ギィッ!』


『ギシャッ!』


醜い猫背に蟹股の、緑色の肌をした小人。否、餓鬼と言うべきか。


見たところ、ゴブリンってところか。


なるほど?そういう感じの世界ね。


ああ、やはり榛葉の肉体は最高だな。


一般通過日本人の俺の肉体では、後ろから迫るゴブリン達の鳴き声や足音に反応できなかっただろうし、投石の風切音も聞こえていなかったはずだ。


一応、TRPGのロールプレイに説得力を持たせるために、様々な本を読んだり、武術を齧ってみたりしたが、人間の身じゃそんなに強くなれないんだと気づいただけで終わったもんなあ。


地球での最後の時も、反撃して殺し返せたのが奇跡なくらいだ。


普通、人間はどんなに鍛えても、いきなり後ろから刃物で刺されたら死ぬ程度でしかないんだよな。


こんな風に、気配がどうこう、風切音がどうこうとか言って即座に対応できるのは、その道の伝説的な達人でもない限り無理だろう。


さて、初戦闘か。


軽くやってみようか。


「っは!ははは!」


うは、なんだこりゃ?


馬鹿みたいに身体が軽いぞ。


頭もスッキリ冴えている。


一応、榛葉は設定では天然理心流の達人ということになっていたので、俺も天然理心流をやっていたのだが、術理への理解度がまるで違うな!


若く丈夫な、力溢れる肉体で、俺が今までやってきた剣術の最高の動きを遥か遠くに置き去りにするほどの正確さで、凄まじい踏み込みができた。


身体の方も、半分勝手に動く。


まさに、「身体が覚えている」というやつだ。


大地を踏み締めた力は、足先から腰、腰から腕へと素早く伝搬され、煌めく剣閃はまさに閃き、閃光と言っていいほどの速さ。


一呼吸、いや、半呼吸の間にゴブリン一体の首を刎ね、返す刀で二体目を斬りつける。


それと同時に……。


「Κάψτε με κάψιμο!」


《灼熱》の呪文を唱えて、三体目のゴブリンにダメージを与える。


魔法なんて当然、俺は使えないはずなのだが、榛葉はできるし、自然にやる。


そして、《灼熱》の効果で肉体を焼かれたゴブリンにトドメを刺した。


ああ、《灼熱》は呪いの魔法で、指を指した対象が焼けたかのように傷むって感じだ。


傷むってのがミソで、火そのものが出る訳じゃなく、灼熱の炎に焼かれたという結果……、すなわち、水分がなくなり、組織が破壊されるという結果のみをもたらすんだよ。


無音で、MPの消費も少なく、その癖与えるダメージは大きめという便利魔法だな。


即効性は低いのだが、この魔法を食らえばまともな生き物なら痛みで悶絶するから、怯ませる魔法として使える。


逆に、痛みとか一切感じない系の神話獣には、もっと強力な物理破壊をもたらす魔法を使わざるを得ないが。


だが、痛覚があるらしいゴブリンには効果覿面だった。


榛葉の基本戦術は、剣をメインウェポンに使い、魔法は相手の動きを制限するのに使う……、と言うもの。


もちろん、魔法じゃないと対抗できない相手には、魔法をメインにして剣術をサブにするが。


そんな感じで榛葉は、探索型TRPGではあり得ない魔法剣士だった。


このTRPGは、キャラクターが生還すると『技能点』というポイントが割り振られる。


それは、スキルの熟練度に変えられるので、俺はそれを使って多くの技能を修めたのだ。


また、半身にアルギュロスを封印した影響で、アルギュロスの力を得てしまい、人間の限界を遥かに超えたステータスになってしまっている。


だからこそPCとしては使えなくなってしまったんだが……、まあそれは良いとして。


実際問題、ゴブリンは非常に弱かった。


軽く踏み込んだだけなのに、漫画のように縦半分に両断されていた。


ゴブリンも脊椎動物の一種であるようで、人間に近い骨格をしている。


ああ、死体は殺しても消えないタイプだな。倒すとドロップアイテムを落とすだとかそんなことはなく、糞と未消化物が混じった血塗れの臓物がでろりとはみ出る惨殺死体が残る感じ。


にしても、人間と同等の堅牢さの骨格……。それを両断するには、頭蓋をかち割り、脊椎を縦に割り、肋骨を破りながら股関節を砕く必要がある。


言っておくが、このゴブリン程度なら、俺が剣を持ち、ヨーイドン形式の殺し合いだと言うのなら、榛葉の身体になる前の一般通過本屋店長の俺の肉体でも勝利できたとは思う。


だがしかし、人間に近い生き物を縦に両断するほどの壮絶な技量と豪腕は当然、持ち合わせていなかった。


全ては榛葉の力だ。


心の中で榛葉に礼を言い、剣の血を払ってから腰に戻して、俺は歩き出す……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る