第2話 きみ、Vtuberになってみない?
「あの時はありがとう、君のおかげで私だけでなく家の従業員まで助かりました。
本当にありがとう」
そう言って頭を下げてくる中年男性に困惑しながら俺は奢ってもらった珈琲を啜る。
この状況になった経緯は街中でぶらぶらと物見遊山していた時のことだ。
どうも自分は顔が良いらしい。
やれアイドルに興味はないか、やれ芸能人、モデルに興味はないか…。
とにかくしつこく付き纏われて辟易しながらもジャンクフードを食べようと財布を眺めながら歩き出す。
「しかし、あと1045円か。
何か仕事でも探さないといけないんだが…」
無戸籍、無資格、無職歴ーーー誰がこれで雇ってくれるのか。
履歴書も正直書きたくないが背に腹は代えられない…。
こんな世界まで来てせせこましく物乞いやスリなんか小悪党みたいな事するわけにもいかないし。
(いや、マジでどうする? 金だって刻印がないと換金出来ないって聞いたし、裏社会と繋がるのも…)
回復魔法を使って闇医者でもしようか、なんて思案していたら妙に息を切らした中年男性に呼び止められた。
「き、きみ! ちょっとお茶でもしながら話しをしないか!?」
「すみません、自分ノーマルなんで崇高な愛とかナンパはお断りしてます」
「いや、そう言うんじゃなくて!!」
そう言って焦りながら懐から名刺を取り出し、紹介を始めた。
「私は本田正弘、とある会社を経営してる者なんだ」
そんな台詞と共に汗で額を光らせながら彼は続けて言った。
「君さえ良ければ私達と一緒に働いてみないか?」
と。
渡りに船だけどこの3Mで働けるのだろうか?
不安に包まれながらも話を聞くとどうもこの人は
配信タレントを使ったVtuberプロダクション、バーチャルとリアルに関する仕事を行っているという話らしい。
ちなみに話の腰を折るようで悪いが、自分の顔が知られた原因はどうもこの人によるカメラアプリでの撮影があった為らしい。
何かあったら困るからと映像を確認していて居なかったはずの自分が堂々と映り込んだばかりか撃退したとこまで完璧に残っていたそうだ。
ついでに言えば自分の顔は一度見たら忘れられない程らしく、此処ら辺でとにかく出会えないかと張っていたらしい。
何か執着が強くて嫌だな、なんて考えていると彼は遂には身を乗り出して此方に語り掛けてくる。
「きみが誰か、何者かなんて関係ない。
でも、きみとならきっと何か起こるんじゃないか?
そんな予感がして堪らないんだ!」
そんな力強い目と異様な好奇心にどこか面白いものを感じた自分はこの提案を受ける事にした。
どうせろくな宛はないのだし、ここでやってみるのも一興だから。
「分かりました、お引き受けしましょうというのも変な話ではありますが、まぁ宜しくお願いします」
そうそう、自分はこういう者です。
そう告げて目の前で魔法を使って即興の名刺を創り上げる。
異世界転移者の
▼▼▼
最初に彼を発見したのは皮肉にも巻き込まれていた我が社のタレントと共に警察に相談しようとスマホのカメラアプリでの映像を確認していた時だった。
我が社はその職務上、どうしても秘匿性が高くなってしまう。
Vtuber、つまりバーチャルとリアルは切っても切り離せない要素とそのキャラクター性による設定を維持する為に守秘義務が存在してしまう。
ましてやそれがそのVtuberを演じるタレントその中身であるなら尚更だ。
絡まれていた彼女は何よりも我が社始まって以来の付き合いである1期生だ、ようやく登録者数も100万を超え、その記念ライブが無事終わりを迎えたといった矢先の不幸だった。
たまたま会社の近くだから歩いて行きたいと言う彼女に賛同し、徒歩で移動している途中で柄の良くない連中に絡まれ、少しの間に人気のない場所に連れ去られてしまった。
どうしてこうなったのか、感動で泣いていた彼女がどうしてこんな目に遭わなければならないのか。
悔しさと怒りが込み上げるのを感じながら私は会社に連絡し、このことを伝えると直ぐ様後を追った。
この時にカメラアプリを起動し、証拠を押さえると同時に彼女を助けようと大声を上げたのだが奴等は何度もこういった事をしてきたのだろう。
この場所は反響や風の音、騒音もあり人通りまで声が届かず掻き消され、薄暗さもあって人が寄りつかないようだった。
自分が何とか彼女を逃さなければ、そう思って交渉するが全く意に返していない。
それどころか彼女の同期とマネージャーがこちらを見つけて合流して来てしまった。
警察には連絡したらしいが場所がわからないままだったので彼女の携帯のGPSで場所を特定して知らせた後、そのまま来てしまったらしい。
心配なのは分かる、しかし、今は大人しく待っていて欲しかった。
このままでは被害者が増えるだけだ。
案の定、奴等は楽しみが増えたとばかりにニヤニヤしながらこちらに近づいてくる。
こうなれば学生時代に慣らしたラグビー仕込のタックルで何としてでも逃がしてやらねばと覚悟を決めた時にそれは起こった。
奴等が奇妙な異音とともに吹き飛んだのだ。
あまりの事に呆然としてしまった私達は慌てて絡まれていた彼女を見るとその怪奇現象にもう意識が持たなかったのか失神してしまっていた。
そんないきなりの現象に私達も恐怖しながら慌てて彼女を保護すると急いで会社へと引き返した。
後々に聞いた話だがあのあと彼等は警察に確認された時には各所の骨が砕けて突き刺さっていたらしく、更には後遺症でもはやまともに生活できないほど酷い有り様だったらしい。
何とも自業自得な話だが他の人が同じようなことにならないと言うだけ救いなのか。
とにかく、それで警察に証拠として出そうとした映像を確認していたらこの青年を見つけてしまったと言う訳だ。
何故、こんな堂々と居たのに私達は気づかなかったのか?
何故こんな力を持っているのか?
見たことのない非現実が今、私の目の前に現れている。
私は経営者失格だ、この映像は警察に提出してこちらに非がないことをハッキリとさせるべきだがそうすればこの青年はどうなる?
だから私は言い訳がましく彼女に話を振った。
怖い思いをし、今は事務所にいるマネージャーところに泊まりながらも頑張る彼女に都合良く事情を話してこの話を内々に処理する事にした。
私は最低だ、だが同時に彼に感謝している。
彼女もこの青年には感謝しているからかこの映像を少しカットして絡まれていた彼女の部分のみを証拠として提出するのを了承してくれた。
後は彼、青年に会うだけだ。
とにかく接触出来ればいい。
そう思い、ひたすら仕事の合間に彼を探した。
この予感は絶対に間違いなんかじゃない!
もしかしたら何処か別の所に移動したのかも知れない、そんな可能性があるにも関わらず私は捜索を続けた。
何せ彼にはそれなりに目撃情報もあって、その中でもジャンクフード店でここ最近見かけているといった話がよくあったからだ。
そして数日の捜索で彼を発見した。
私のこの予感はやはり間違えていなかった。
スカウトした矢先の店内で彼の魔法を見た時私はそれを確信したのだった。
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