第41話 葛藤

 サバナによって仕切り直された作戦会議はあれよあれよという間に進んだ。

 彼女はあれだけぶつかりあっていた速攻派と慎重派の意見をあっさりとりまとめ、速攻派の意見を採用した。そこからは作戦の詳細を計画し、1時間も経たずして解散。即断即決という言葉を体現したような人物であった。


「はぁ……」


 割り当てられた自室に戻ろうとするも落ち着かず、俺は屋敷の大浴場へとやってきていた。風呂に浸かっているというのに、これほど緊張が解けないのは初めてかもしれない。


「戦争か……」


 ローレイン王国奪還作戦という耳触りの良い言葉で誤魔化されている。規模は小さい。しかし、これは紛れもない内戦だ。

 王宮は王都の住宅街と十分な距離があるため、その中で決着をつけられれば民衆への被害は考えられない。もとより短期決戦が狙いのこの作戦であれば、実現できる可能性は高い。

 しかし、戦が長引いたり、想定外の敵がいたりすればどうだろう。敵が、他にも拠点を持っていたら? 戦乱の火種が広がれば、やがては国中を巻き込むことになる。そうなった時、一体俺はどうすれば良い。そうならないためにも、今回の作戦で人間を殺めるのが正しい選択なのか?

 うまく考えをまとめられなくなり、俺は早々に風呂を出ることにした。


「不安そうだな?」


「公爵……」


 風呂上りの俺を迎えたのはサバナだった。タイミング的に、出待ちでもしていたのだろう。


「何か用ですか?」


「あぁ、世間話でもして、うちの大将と親睦を深めようと思ってな」


「大将って……俺は、積極的に関わろうなんて思ってませんよ」


「まぁそうつれないことを言うな」


 サバナは適当な部屋の扉を開け、中へと招き入れる。


「なかなか良い部屋だろう?」


 俺の返答を待たず、サバナは椅子へと腰掛けた。俺も、彼女の向かいへと着席しようとする。


「君なら座ると思っていたよ」


「……」


「そんなに、ムキにならなくても良いんじゃないか?」


 座りかけた腰を直前で浮かし、空気椅子状態になった俺にサバナは着席を促した。仕方なく腰を下ろすと、サバナは話し始める。


「すまない、巻き込んでしまって」


 彼女の一言目は謝罪だった。思いもよらない言葉に、目を瞬かせる。


「別に、仕方ないですよ」


「しかし、君は勇者を降りようとしていたと聞いた。そんな君に頼ってしまうのは、心苦しいところがある」


「なら、そうしなければ良かったのに。何が言いたいのかわかりません。誠実さをアピールして、俺の気を惹こうとしてるなら無駄ですよ」


 つい熱く言い返してしまい、やってしまったと思ってサバナの顔を窺う。彼女は、力なく笑っていた。


「別に、そんなつもりはないさ。必要だから力は借りる。申し訳と思うから謝る。それだけだよ」


「……すみません、ちょっと気が立ってただけです。俺は、レイモンドに恨みがあるから参加する。でも、知らない人間を殺す気はないからそれ以上はしない」


 あの場で取り決めた通り、俺はレイモンドを潰すだけだ。いくら王国のためとはいえ、知らない人間を何人も虐殺してしまうのは俺の心がもたない。


「そうか。しかし、君にはもう一つやってほしいことがあるんだ。勇者として、最後に引き受けてはくれないだろうか?」


 サバナの真剣な眼差しを受け、僅かに身を固くする。これが本題という訳か。


「……聞くだけは聞きます」


「ミル王女の話によると、王宮内に至高の九人が一人、紛れ込んでいるそうだ。そしてその者が、今回の騒ぎを起こした首謀者の一人」


 サバナは机を跨いで顔を寄せ、俺の右手を両手で包み込む。


「どうか、その者の相手を任せたい」


 なるほど、確かに勇者の仕事だ。

 そして、思い出した。おそらく、レイモンドと共に行動した二人のうちどちらかだ。


「わかりました。引き受けます」


 此度の戦は今後の王国がどうなるかの分水嶺となる。自分のできる範囲でなら、協力は惜しまない。虐殺は心が痛むが、レイモンドを始めとした悪の権化が相手ならば、割り切れるだけの正当性がある。


「助かるよ。何せ、戦の指揮なんて初めてなんだ。数じゃどうにもならないような障害を排除する戦力がいるのは心強い」


 サバナはどこか弱弱しく呟いた。そのまま窓の外へと目をやり、小さく嘆息する。つられて俺もそちらへ目を向けると、花々が魔鉱石由来の光に照らされて、夜の庭園を鮮やかに彩っていた。


「綺麗な庭ですね」


 忖度などない、素直な感想が思わずこぼれた。


「あぁ、そうだろう? 私の自慢の庭だからな。もっとも、私自身が手入れしたことなんて片手で数えられるぐらいしかないがな」


「意外ですね」


「それは良い意味で捉えてもいいのかな?」


「公爵は時間ありそうなのに意外と庭の手入れをしないんだな、という意味で言いました。良い意味です」


「そう嫌味なことを言うな。こう見えても、そこそこに忙しいんだ。父が頑張ってきたおかげで、私が引き継がないといけない仕事がたくさんあったからな」


 疲れの色は見えるが、その言葉に悪感情は含まれていなかった。


「じゃあ、こうして俺に会いに来てる時間も貴重なんじゃ?」


「そうだな。まぁ、今はとりわけ忙しいというべきだが……全く、大変なことになったものだ」


 ため息をついて、サバナは俺の方へ向き直る。


「今回の件、協力に感謝する。君がいなければ、きっと誰も作戦を決行する勇気が出なかった」


「そんなことは……」


「遠慮する必要はないだろう。事実なのだから」


 サバナはそう言うが、俺にはそう思えなかった。先ほどの会議前の言い争いを見るに、騎士たちの士気は非常に高いものであったからだ。

 それに近衛騎士団と聖騎士団では、場数の違いがある分平均的な実力は聖騎士団が高いと思う。故に、彼らは勇者がいるかどうかで判断を迷う必要がないはずなのだ。


「少なくとも私は、君がいなければ作戦を決行しなかった」


「え?」


「だから、私の感謝ぐらい素直に受け取れ」


 そう言って彼女は懐から何かを取り出し、俺の方へと投げつけてくる。右手で受け取り、その包みを丁寧に開くと、中にはぎっしりと金貨が詰まっていた。


「私の気持ちだ。深く考えず受け取れ。それから、他言はしないように」


「……そういうことなら、素直に受け取ります」


「それでいい」


 サバナは満足げに頷き、席を立ちあがる。


「それから、もう一つ」


 そのまま部屋を出てしまう前に、彼女はこちらを振り返った。


「今回の作戦では、様々な例外に見舞われることだろう。その時は、なるべくその金貨のことを思い出して、王国にとってより良い選択をしてほしいと思う」


「……さっきのは依頼料ということですか?」


「そんなつもりはない。が、そのような考えがないとも言い切れない。すべてはその場にいる君の判断に任せる。どのような結果になったとて、君の判断を恨むようなことはしないとも」


 まぁ、普通に考えればそうだ。レイモンドに行きつく前に、大量の敵と相対することになるのは当然。

 情報が完全に把握できていない以上、思いもよらぬ難敵が現れることも十分考えられる。真っ先に、あの剣聖の顔が頭に浮かんだ。


「……わかりました」


 それでも、引き返す訳にはいかない。無理矢理感が否めない因縁付けだが、俺のレイモンドへの復讐を邪魔するならば、それを防ぐために力を振るうのは仕方がないことだ。


「助かる。大の大人が寄ってたかって君に負担をかけて申し訳ないな」


「まぁ、今更ですよ」


 俺の嫌味がうけたのか、サバナは高笑いした。


「君のような若者は珍しい。作戦が終わった後、君とはぜひ一度ゆっくり話をしてみたいものだ。

 決行の日まで、大いに体を休めてくれ。それでは失礼する」


 そのままサバナは俺を置いて、部屋を後にした。

 残された俺は机に突っ伏して、大きくため息を吐いた。結局サバナは言いたいことを言って、頼みたいことを頼んだだけだ。俺の不安は、依然として存在する。

 ――本当に、人を殺すのか?


 今まで、散々魔族を、魔獣を殺してきた。それが正しいことだと言われたから。

 でも、人が相手となれば話は別。正しいかどうか以前の問題だと思う。

 俺が恨む人間は現状レイモンド以外におらず、彼以外は全て何の関係もない人たちだ。


「でも、やるしかない」


 今何もしなければ戦火は広がり、より多くの命が失われる世になってしまう。

 それを食い止めるためだと自分に言い聞かせながら、俺は窓の外をぼんやり眺めながらなかなか眠れない夜を過ごした。

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