第8話 金策

 日差しがじりじりと照り付ける炎天下。劣悪な環境だというのに、昼間の露店街はそれでも人でごった返すほど大盛況であった。露店が作る日陰に人々が集中し、日当たりの良い道の真ん中は綺麗なほどスペースが空いていた。

 そんな通りの片隅に、涼し気な顔で客を捌く青年がいた。


「お姉さん、こっちのミュウラも一緒にどうですか? これ、最近俺もよく食べてるんすけど、めちゃくちゃ美味いっすよ! ちょっと独特の風味もあるんすけど、この街の名物です!」


 俺は見慣れない顔の女冒険者に声をかけ、人気がなく在庫があまりに余りまくっている激渋野菜を売りつける。


「お、それなら一つもらおうかな!」


 予想通り何も知らなかった彼女は、まんまと俺の口車に乗った。最近王都にやってきた冒険者で間違いないだろう。


「三つ一緒に買ってくれたら一つオマケしちゃうんだけどなー」


 いけそうだと思ったので、俺はさらに強気な賭けに出る。


「じゃあ三つもらうよ!」


「ありがとう! 銅貨4枚ね」


 俺は彼女から代金を受け取ると、ミュウラを4つ手渡し、時計を確認する。俺の担当時間が終了しかけていたので、店の奥へ声をかけた。


「ライザさん! そろそろ時間です」


「おお、もうそんな時間か」


 のっそりと、店の奥から体つきの良い老人が姿を現す。


「じゃあこれ、今日の分な。……お、なんだ。ミュウラが売れてるじゃねぇか。30は売ったのか?」


 老人は俺に給料を渡そうとして、ミュウラの数が減っていることに気が付いて驚いた。――ミュウラを売れたらその数に応じて特別報酬をやる。その言葉を聞いて、俺は新顔の冒険者や旅行客を見つけては、この渋い野菜を名物と謳い売り捌いているのであった。

 そもそもなんでこんな野菜を仕入れたんだと言いたくなるが、彼は今年お店を始めたばかりの初心者らしく、自分の育てた野菜を中心に売り出しているため、彼の好物であるミュウラはこんなにも多いらしい。その体躯には確かな凄味を感じるが、経営者としてはポンコツもいいところである。


「32です、ライザさん」


 びた一文まけるわけにはいかないので、訂正しておいた。


「おお、そうかい。なんだ、ほんとに売っちまうとはな。お前さん、悪いことしてねぇだろうな?」


 ぎろりと、その双眸が俺を射抜いた。犯罪をした覚えはないので、「そんなわけないじゃないですか!」と正当な反発をかましておく。


「まあいい。ほら、オマケの銀貨1枚だ」


「……ありがとうございます」


 ……多分、売れたのが30でも32でも銀貨一枚だったんだろうな。ガサツな老人は、その二つの違いなんて気にするわけがないのだ。下手したら20でも銀貨一枚だったかもしれない。釈然としない感覚を覚えながらも、俺は給料と特別報酬を受け取ってから、ライザに挨拶し、プリムの入院している病院へと向かう。今日は彼女の退院日だった。


「にしても、大変だったな……」


 俺はこの一週間のことを思い出しながら歩いた。まず初日、誰でも入れるというダンジョンに挑戦したら、俺の魔法が危険だと認定されて即日出禁になってしまったのだ。出力は十分抑えたはずだったが、俺の魔法はダンジョンの岩壁を貫き、その向こうにいた冒険者に命中しかけたのである。出禁の理由が正当すぎてぐうの音も出ない。

 その出来事を反省し、より高レベルなダンジョンへ入ろうともしたが、そのためには冒険者として徐々にランクを上げ、Bランク以上になる必要があると言われた。この王国でランクをあげるには、地道にクエストをこなす方法と、何かしら実力を保証できるものを提示する方法の二つがある。勇者であることを晒すわけにはいかないので、俺はそれにかかる時間と稼げるお金を天秤に乗せ、せっせと日雇い労働することを選んだのだった。


 一週間で稼いだお金は、銀貨にしておよそ15枚ほど。俺の寝泊りしている宿が一泊あたり銀貨1枚弱なので、なかなか稼いでいるほうではないかと思う。なので、プリムの入院費用を稼ぐにはまだしばらく時間がかかりそうだ。


「鳥のお兄さん!」


「鳥……?」


 病院に到着すると、その入り口でプリムと、その付き添いでこの間の職員さんが待ち受けていた。俺のあだ名に首を傾げる職員さんに、軽く挨拶してからおそるおそる話を切り出した。


「それで、料金なんですけど……」


「ああ」


 職員さんが差し出した手のひらに、俺は銀貨を数枚、ぱらぱらと落とす。


「全然、足りてませんよ?」


 早く払えと言わんばかりにその手のひらは差し出したまま、彼女の強気な瞳が俺を射抜いた。


「……すみません、もう少し待ってもらえますか? ダンジョンを初日出禁になってしまって、思うように稼げなかったんです」


 俺が自分の無力を嘆くように膝から崩れ落ちてみると、職員さんは目に見えておろおろしだした。


「あの、申し訳ありません。ほんとにお金大変だったんですね。良い武器を持っていらっしゃるので、懐に余裕のある方だとばかり……というか出禁って、なにがあったんですか……」


「お兄さん、大丈夫。私が稼ぎにいくよ。こう見えて私、結構戦えるんだから! 戦闘は任せて!」


 プリムは健気にも責任を背負おうとする。しかし、年下の女の子に一人労働させるわけにはいかない。加えて、汚い輩に絡まれる危険性を鑑みると、猶更彼女一人でダンジョンに行かせるわけにはいかなかった。


「ダメだ。君を一人で行かせるわけにはいかない。ダンジョン危ないから」


「えっ……」


 プリムがほんのり赤く頬を染める。そのまま思考停止して別の世界へ旅立ってしまった彼女を放っておき、俺は職員さんに約束する。


「一か月待ってください。必ず支払います」


「えと、よろしくお願いします。なんというか、頑張ってください」


 苦笑する職員さんに見送られながら、俺はその場を後にした。






 その日の夜、俺とプリムは冒険者ギルドへ出向いていた。


「お兄さん、ギルドって意外と狭いんだね」


 プリムの何気ない一言に、周辺に座っていた冒険者たちの視線が刺さる。


「そんなことないぞ! 王都一のギルドだからな!」


 俺がしっかりフォローしておくと、その視線は空気に溶け込むように消えていった。

 ラプラス王国王都の冒険者たちは、冒険者であることに誇りを持っている人が多い。彼らにとって、冒険者というのは誰にでもなれるが、誰にでもなれるわけではない。何が言いたいのかよくわからなかったが、とにかく憧れの職業であるらしい。故に、王都の外からもこの場所を求めてやってくる冒険者は、後を絶たないようだった。

 そんな彼らの家ともいえるギルドを小馬鹿にしようものなら、容赦なく拳が飛んできても不思議ではない。


「すみません、私とこっちの女の子二人なんですが、登録をお願いできますか?」


「承知しました。少々お待ちください」


 受付嬢の指示に従い、俺とプリムは無事登録を終えた。この王国では、レベルを採用していないらしく、固くて小さな素材に、いくつかの個人情報を記載するだけという、簡易的な証明書を発行してもらうだけで登録は完了した。後は、事前に立てておいた計画を実行するだけだ。ちなみに発案者はプリム。


「プリム、後ろに隠れててくれ」


「うん」


 彼女の美貌を無為に晒し、冒険者たちの下心から面倒事に巻き込まれたくなかったので、プリムを後ろに隠しておく。そのつもりが、プリムの両腕は俺の腹部にまとわりついてきた。


「男避けなら、こっちのほうが良いんじゃない?」


「いや、これじゃ無理だろ。普通に後ろをついてきてくれ」


「はーい!」


 確かに正論だと思ったが、背中に柔らかい物が触れて気恥ずかしかったので俺はプリムに離れるようお願いする。その元気な返事を聞いてから、俺はプリムを引き連れてギルドの中を歩いた。狙いは、Bランク以上の冒険者だ。彼らにパーティーを臨時で組んでもらい、ダンジョンへ潜入する。


「すみません」


 俺は近くにいた、身なりの良い冒険者に声をかける。


「あなたのランクをお尋ねしてもよいですか?」


「Cですけど……」


 俺は感謝を述べてから、180度方向転換し、次の相手を探す。そうすることおよそ一時間。


「いない……Bランク、全然いない……」


「もう、二人でこっそり潜っちゃわない?」


「それはダメだ!」


 変に目立って俺の正体が露呈するのはまずい。そう思って、反射的に大声でプリムの案を否定してしまった。周りから好奇の視線が突き刺さる。俺はその場を離れてから、しょんぼり肩を落としているプリムにあれこれ言い訳する。しながら、俺は考えた。


――俺は、今ローレイン王国でどのような扱いなのだろうか。ラプラス王国に来てからというもの、意識的に頭から排除していた話題だ。戦死したという扱いなのか、それとも捜索中なのか。プリムが暴走してから早くも10日が過ぎており、勇者部隊は問題なければ王国に帰還しているはず。もうしばらくすれば、情報がこの場所にも回ってくると思う。

 なんにせよ、ここでの暮らしは気楽だ。一人孤独に修練する必要はないし、魔族や害獣を殺しまわる必要もない。あれだけ殺めてきた俺が、こんな暮らしをしてもいいのかと贅沢に思うほどである。


 傍らで俺を見つめるプリムを見つめ返す。彼女は嬉しそうにはにかみ、くっついてくる。「暑いから」と言って、プリムを引きはがしつつ、彼女をどうするべきなのか俺は思案に暮れた。


 それから、イグリムから受けた呪いについてもだ。現状、俺は馬車でヒーラーたちに診てもらっただけであり、その道の専門家から診察を受けられていない。幸いにも体調は回復したようだが、どのような症状が出るか、まだ油断はできなかった。


「あ、お兄さんあれって」


 プリムの声で現実へ引き戻されると、彼女の指さす方向へ視線を向ける――そこには、昼間の職員さんがいた。しかし、服装が……まるでこれからダンジョンに潜入するかのような軽鎧に身を包んだ彼女は、受付で何か話をしていた。


「こんばんは、お姉さん。これからどこいくの?」


「そういうの興味ないのでお引き取り――って、アルさん?」


 彼女が受付で話し終えたところへ、ナンパのような切り出し方をした俺。嫌な顔で振り向いた彼女は、俺の姿を見て目を丸くした。


「こんばんは、職員さん。突然ですが、ランク何?」


「Bです!」


 自慢げに胸を張りながら答える彼女に、「こりゃ、確かにBだな……」とその胸を見て呟いたら頭を叩かれた。他意はなかったのに。彼女は胸を両腕で隠しながらこちらを睨みつけてくる。脇にいたプリムに視線で助けを求めるが、プリムは腕を組み、顔を背けてしまった。


「用はそれだけですか?」


「いや、むしろこっからが本題!」


 今にも去ってしまいそうな彼女を必死に引き留めながら、俺は告げた。


「今から、一緒にダンジョン潜らない?」


 俺は先ほど発行されたばかりの冒険者証を見せながら笑いかける。職員さんは俺の冒険者証を確認し――その左上に大きく表記されたEという文字を見て、笑いを必死に堪える。それを見たプリムが腹を立て、飛びかかろうとするのを宥めながら、俺はなんとか同行してもらえるよう、食い下がるのだった。

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