第7話 嘘

 未だ暗闇の中にある室内へ、一筋の光が差し込む。そしてその光は広がり、部屋全体を照らしだしたかと思うと、再び収束して消えてなくなる。


光明ライト


 俺は静かに扉を閉めてから詠唱し、小さな光源を生み出した。明るくなりすぎて、誰かを起こしてしまうことがないよう、慎重に魔力を加える。そのまま部屋の奥まで進みつつ、彼女が眠っているベッドを忍び足で探した。


「……広いな」


 ラプラス王国の冒険者ギルド王都本部。その近くでギルドと提携して営まれている王都一と名高い病院の一室。そこは事前に知らされていた情報通りの広い部屋であった。


「チッ、眩しいんだよボケ」


「……すいません」


 柄の悪そうな冒険者らしき人物に舌打ちとともに注意されたので、光源をできるだけ床に近づけておく。騒ぎになったら一大事だ。なんせ、今の俺は文字通りお忍びである。もし営業前の病院に侵入していることが知れてしまえば、どんな罰則があるかわからない。しかし、プリムの様子がどうしても気になってしまった俺は、その欲に負けてこうして侵入してしまった訳だ。


「……いた」


 苦労の末、俺はようやくプリムの名札を見つけた。光源を少し持ち上げ、彼女の顔を見ようとして――プリムと、目が合った。


「うぉ!」


「うるせーんだよ、ボケ!」


 驚いて大声を出してしまうと、また先ほどの輩に叱られてしまった。


「プリム、起きてるのか?」


 これ以上ないぐらい声量を落として、仰向けになっているプリムに声をかける。


「うん、さっき部屋に光が入ってきたときに起きちゃって……ここ、どこなの?」


「ここは病院だ」


「え、なんで病院?」


 心当たりがなく、意味がわからないといった様子でプリムは聞き返してくる。


「すごい怪我してたからだよ」


「え、私そんな怪我するようなことあったっけ?」


 もしかして、一昨日の出来事を覚えていないのか?


「プリム、その、どこまで覚えてる?」


「えっと……」


 プリムは、ゆっくりと自分の記憶を拾い上げていく。俺が村を訪れて人間の馬車の存在を報告したこと。俺に手料理を振舞ったこと。村に魔王軍がやってきたこと。そして――


「お姉ちゃんが、勇者に殺されたって」


 それを思い出して、プリムがひっそり泣き出したのがわかった。声を噛み殺し、周りに気づかれないようにしているつもりみたいだが、バレバレだった。


不可侵領域パーフェクトゾーン


 温かい光が俺とプリムを包む。


「これは……」


「もう周りに俺たちの姿は見えないし聞こえない。その、泣いても大丈夫だ」


 プリムは俺に飛びついてきて、大声で泣き出した。生まれて初めて泣いたときみたいに鼻水と涙で顔がぐしゃぐしゃになり、枯れそうなほど大きな声だった。飛びついてきた彼女に俺はどう反応すればよいかわからず、しばらく両手を遊ばせていたが、最後は彼女に求められている気がして、その頭を撫でた。ひとしきり泣いたあと、彼女が落ち着いたタイミングを見計らって俺は問いかける。


「それで、その続きは覚えてるか?」


「ひぐっ……う、ううん。そこからは、覚えてない」


 俺のことを気にして答えたわけではなく、本当に何も覚えていないようだった。俺は彼女に、自分が勇者であることを伝えるべきかどうか悩んだ。


 今、彼女が再び心を壊してしまい、あの日のように暴走してしまえば、それこそ一巻の終わりである。まず、プリムの体がまずいことになる。彼女はこの場所で最低でも一週間は安静にしておけと、元Aランク冒険者のヒーラーらしい医者に言われたばかりである。そんな体であの力を引き出してしまえば、彼女の体がもたないだろう。

 そして、俺が止められるかどうかも怪しい。彼女の体に負担をかけないため、攻撃魔法を無暗に使うことはできない。それに俺は、イグリムたちとの戦闘、プリムとの戦闘、半日ほどにも渡る飛行魔法の使用により、未だ魔力が回復していない。俺自身も、想像以上に体に負担をかけていたようだ。そのせいか、体の調子もすこぶる悪い。

 しかし、だからといって彼女に真実を知らせないわけにもいかない。悩んだ末、それとなく勇者のことを話題にしようとして――


「その、勇者のことなんだが」


「そうだね。勇者は殺さなきゃいけない」


 プリムは、底の見えない闇を瞳に落として呟いた。彼女の憎しみが、肌にひりつくように突き刺さる。あの一戦で大気を震わせた彼女の魔力。その一端を彼女はその身に宿したようだった。俗っぽく言えば覚醒だろうか。なんにせよ、彼女は一皮も二皮も一気に剥けて、強くなったということだ。


「お兄さんも、協力してくれる?」


 再び彼女を見ると、そこには俺を見つめ、期待するかのように光を反射し、爛々とした瞳があった。先ほどのアレは気のせいだったのだろうか? しかし、有無を言わせぬような圧力を感じて、


「ああ、もちろん」


 俺は協力すると意思表示してしまった。それは、紛れもない嘘であった。自分を殺すことに協力なんてできるはずがない。誰だって、死ぬことは怖いのだから。

 嘘は、いつか必ず明らかにされてしまう。だから俺はそうなる前に、いつか自分の口から告げなければならないと、強く思った。


「ありがとう、お兄さん」


 切なげに微笑む彼女は、俺の首に腕を回しこんでくる。不意をつかれた俺は、うっかり魔法の制御を誤ってしまった。


「あ」


「眩しいって言ってんだろこの野郎!」


 領域を解除してしまい、中を照らしていた明るい光は一気に室内全体を照らし出した。慌てて光を消す俺だったが、時すでに遅し。先ほどの冒険者の怒鳴り声が再び聞こえてきたと思ったら、室内のあちこちからうめき声のようなものが上がりだして――


「アルさん、これはどういう了見ですか?」


「あの、本当に申し訳ないと思ってます」


 騒ぎを聞きつけてきた職員の女性に、俺は職員の待機室まで連れてこられ、こっぴどく叱られる羽目となった。


「仲間の状態が気になる気持ちはわかります。あなたとそちらの彼女が特別な関係であることも、承知しているつもりです。でも、今何時だと思ってるんですか?」


「朝の三時です」


 俺は部屋についてある時計を確認しながら言った。今までの人生で散々修羅場を経験してきたおかげか、俺は冷静であった。


「それから、俺と彼女は特殊な関係ではありますが、職員さんのいうところの特別な関係ではありません」


 ついでに、あらぬ誤解を与えないように俺はプリムとの関係について訂正しておく。プリムの足が俺にぶつかったが、偶然だと思うのでスルーしておいた。


「時間を聞いたわけじゃありません! 人の気持ちをもっと察してください! 今回の件も、人の気持ちを察していれば、こんな行動には出なかったはずです!」


 職員さんは徐々に口調が激しくなっていく。そんな彼女を見て、俺の中に無邪気ないたずら心が芽生えた。


「お言葉ですが、私は人の気持ちを察することが得意ですよ。職員さんは今怒ってますよね? 申し訳ないです」


「それ、私のこと、バカにしてますよね!? やっぱり、人の気持ちがわかってないと思います!」


 職員さんは顔を真っ赤にしてぷんすかと怒った。俺は、気持ちが乗って楽しくなってきていた。


「いや、本当によくわかってますよ。 なぁ、プリム」


「ううん。お兄さんは人の気持ち、ぜーんぜんわかってないと思う」


 プリムはそっぽを向いて、俺を非難するかのように言った。身内に匿ってもらおう作戦が失敗に終わると、俺は急速に頭が冷えてきた。


「ほら、私の言った通りじゃないですか!!」


 職員さんは、口の端を歪めて勝ち誇った。


「本当に申し訳ありません。つい、からかいたくなっちゃっただけなんです。私の負けです」


「えぇ、あぁ、とにかく、今後はこんなことがないようにしてくださいね!」


 俺の温度変化に戸惑う職員さんだったが、すぐにいつも通りに戻って俺に忠告だけして、快く部屋から送り出してくれる。罰則がなかったのは幸いだった。


「はい、本当にお世話になりました」


「私も、お世話になりました」


 俺とプリム、二人で感謝申し上げてから部屋を出る。笑顔で手を振ってくれていた職員さんだったが、俺たちが施設を出ようとしたところで慌てた表情で追いついてきて、俺たちの前に回り込んだ。彼女は膝に手をつき、息を整えている。彼女を無視して歩き出そうとすると、彼女は右腕で俺たちの行く手を阻む。そして、息を整え終わってから告げた。


「プリムさん。あなたは、まだ一週間ほどここにいてもらいます」


「えっ?」


 心底驚いた様子のプリム。


「えっ? じゃありません。あなた、自分がどれだけ危ない状態だったか覚えてないんですか?」


「覚えてないです」


 プリムは小首を傾げながら可愛らしく否定した。


「いや、確かにそれは仕方ないか……でも、アルさん、あなたは覚えているはずですよね?」


 確かにプリムの怪我が酷かったのはその通りだ。しかし今、彼女は元気に覚醒し、心の状態も良好だと思う。どの道、病院に預けていても、大した治療をするわけではないのだから、宿で安静にしておいても同じだろう。万が一何かあった場合には、俺がすぐさま病院まで運んでくればいいだけのこと。


「それはもちろんですが、俺、今金が……」


 そう、金がない。本当に、金がない。プリムを治療してもらうために払った分だけでもかなりの痛手であった。


「稼いでください」


「……」


「稼いでください。腰の剣、なかなかの業物とお見受けします。あなた、冒険者ですよね?」


 彼女の顔はいたって真剣だ。王都一の病院の職員として、譲れない何かがあるのか、それとも金の亡者なのか。


「はい、わかりました……あの、料金は後払いでも大丈夫ですか?」


「構いませんよ」


 彼女は澄ました顔でそう言うと、プリムを連れて歩き出す。プリムはその手を引き留めつつ、俺を見つめる。


「お兄さん、ごめんね。入院終わったら、ダンジョン行くよ。自分の分は、きっちり自分で稼ぐから。なんなら、お兄さんの分だって稼ぐから。だから、お金のことは心配しないで」


 そう言い残してから、プリムは手を引かれ、施設の奥へと姿を消した。日が昇りつつあり、明るさと暗さの狭間にある朝。俺は一人宿へ帰り、もうひと眠りすることにした。

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