第6話 選択
迫りくる太陽に、俺はすぐさま障壁を展開する。
「……ッ!」
しかしその大質量の火球は見た目通りとてつもない威力を持っていた。俺は崩れかけている障壁に思いきり魔力をねじ込み、強引に太陽を消失させる。そして消失で発生した衝撃波の勢いを活かし、俺はプリムから大きく距離を取った。
「……」
「プリム……」
追撃は来ない。魔法を放った彼女の左腕は痙攣し、体の限界だと警鐘を鳴らしているようだった。
俺は、すぐに決めなくてはならない。彼女を生かすのか、それとも殺すのか。悩んでいる時間はない。あの様子じゃ、すぐに死んでしまう。
俺は別に魔族が嫌いなわけじゃない。ただ予定されたとおりに、機械的に殺していただけだ。そこに個人的感情はない。
なら、プリムの場合はどうなるんだ? 彼女はあのイグリムの妹だ。今生かせば、いつかイグリムを超える脅威になるかもしれない。その時、俺が生きているかは、そしてまだ戦えるのかはわからない。末恐ろしい芽は、早いうちに摘み取らなければならない。『勇者』として、今までどれだけの命を滅ぼしてきたと思っている。20年生きてきた王国と目の前の少女の命。冷静に考えれば、どちらが大事なのかは明白であった。
「『魔力砲』」
無詠唱で発動される俺の常套魔法。そこそこ魔力を持っていかれる感覚はあるが、生み出される超高火力の極光は、あらゆる生物を――龍をも一撃で沈めた。聖剣を使わない俺にとって、この神々しい白光は『勇者』のシンボルでもある。
その熱線は辺りを昼間のように明るく照らす。そしてその拍子に暗くてよく見えなかったプリムの顔が遠目に、くっきりと見える。目元を真っ赤に泣き腫らしたプリムと、目が合った気がした――
「
瞬間、俺と彼女の距離は消滅し、今まさに彼女に直撃しようとしていた白光を殴り飛ばすと同時に、未だ迫りくる白光に向けて障壁を展開していた。普段使わない魔法を使ったせいか、体が重い。『魔力砲』の熱さを、食い止めている障壁越しに感じる。今すぐこの場から逃げ出したくなるほどの熱さだった。それに耐え、なんとか全て受け止めきってから俺は、振り返って彼女の顔を見――
「
当然プリムが俺を見逃すはずもなく、俺は振り返ろうとした無防備な背中に、真っ赤な火の玉をくらう。先ほどのそれとは比べ物にならないほど小さかったが、それでもその痛みと熱に倒れこんでしまうほど、強い衝撃だった。
――一瞬、意識が飛んでいたようだ。なんとか体を起こそうと試みる。そんな俺のうなじに、ぽつぽつと、水滴が落ちてくる。水魔法かと思った俺は、慌てて飛び上がってその人影を見る。
「……プリム」
「……お兄さん」
プリムはなんとか正気を取り戻したようだった。満身創痍といった様子の彼女は、その場にへたり込んでしまう。だから俺もその場に座り込んで、プリムと目線を合わせた。
「
「これは……」
急速に拡大する半球状の領域。その壁は障壁ほど耐久力はないが、周囲から完璧に姿を隠すことができる。そして領域内をほんのり明るく照らす光源。途端に彼女の全身がハッキリ見えて――俺の魔法により服を貫通し、火傷を負っている彼女の腹を見て、罪悪感が芽生えた。ほんの少し間に合っていなかったのだ。
しかしなんにせよ、これでお互いの顔がよく見える。俺たちは、腹を割って話さなければならない気がした。
「周りに邪魔されないようにしただけだ」
「そう、ですか。あの……」
プリムは暗くて固い顔をして、おずおずと口を開く。しかし、一歩踏み出せないのか、言い淀んでいる。俺は真剣な顔を崩さないまま、彼女が紡ぐ言葉を待った。
「姉は、何か言ってませんでしたか?」
「……ごめん。君たちのことは、何も……」
「そう、ですか……」
訪れる静寂。
「俺、後悔してるんだ」
「はい」
プリムは眉一つ動かさず答えた。俺は、本当に後悔している。もしイグリムがプリムの姉だと知っていれば、彼女を殺さなかったかもしれないほどに。それぐらい、プリムは俺の中で大きな存在になっていた。
ローレイン王国の人々は、俺を勇者として慕ってくれているかもしれない。でもそれは、勇者という偶像だと思う。仮にそうじゃなくとも、事実として、俺は勇者となってからは親しい誰かというものがいなかった。だから俺を勇者という偶像ではなく、ただの俺として認識してくれて、身近で接してくれるプリムの存在を殺すなんてことは到底できないと思った。あの魔力砲の光に照らされ、儚げに存在していた彼女を見て、失いたくないと思ってしまった。
「でも、それと同時に……これは君の前で言うべきではないけど、正しいことをしたと思ってる。君のお姉さんも、散々人を殺してきてたわけで、人類の脅威だったわけだから」
「……」
「ごめん、言い訳なんてするべきじゃなかったよな、ほんとに……こういうの苦手なんだ、俺」
プリムは俺が話すのを待っている。
「俺は、君を殺したくない」
この選択が、たとえ今まで積み上げてきたものを壊すことになるとしても。
「……姉は、あなたに何か言いましたか?」
「苦しんで死ね、とだけ。とっておきの呪いと一緒に」
プリムは驚いた顔をして、俺の体を見た。それから淡い緑の光が彼女の手から溢れだして、俺はそれを黙って受け入れた。
「……これは」
その光は優しく俺の体を包み、腹部と背中に感じていた、強い痛みが安らいでいくのを感じた。ひとしきりその光を受け入れると、彼女は地面に倒れこもうとして――倒れこんでしまう前に、俺は両腕で彼女の頭を抱えた。
「あなたは、今死んではいけません」
「……」
「あなたは必ず殺します。でも、それは今すぐではありません。姉の――母の、望みですから」
「……そうか」
明確な殺意が込められた視線を受けて、俺は何を言えばよいかわからなかった。
「もし……」
プリムは何かを言いかけて――言葉が出てくる前に、気を失ってしまった。あれだけ体に負担をかけていたのだから、無理もないことだった。彼女に布を被せ、両腕で抱えて立ち上がってから、俺は、魔法を解除する。
そこへ雪崩れ込んできた魔王軍たちが、俺とプリムの姿を捉えることはなかった。慌てふためく彼らを上空から見下ろしてから、俺は眠る少女の顔を見つめた。
「今やるべきことは……」
魔王軍と、王国側で臨時編成された勇者部隊の衝突。プリムの怪我の治療。この両方を上手く解決できるように立ち回らなければならない。
「
俺の治癒魔法では気休め程度にしかならない。こんなことがあるなら、治癒魔法も習得しておくべきだった。腕の立つヒーラーの元に彼女を連れていく必要がある。それも、なるべく早く。
加えて、ローレイン王国は当然魔族との仲が極めて悪い。まず間違いなく治療は受け入れてもらえないだろう。プリムは見た目こそ人間であるが、中身はれっきとした魔族である。何がきっかけとなって魔族であることが露呈するかはわからない。となると、更に国を二つほど跨ぎ、ラプラス王国まで行くのが最も確実だ。あの国は魔族と直接接触する機会もなく、魔族への憎しみは薄いと聞いたことがある。
プリムの怪我をどうするかは決まった。後は――
「おい、勇者がいたぞ!」
俺は魔王軍の前へわざと姿を晒してから、村からできるだけ離れて立ち止まる。俺を追いかけてきた軍隊はすぐに俺の周りを取り囲むが、警戒してなかなか攻撃してこなかった。先ほどの魔法を見て、指揮官もどう指示すべきか迷っているのだろう。所々、部屋着で俺を取り囲んでいるものもいる。リアレス村の勇敢な住人だろう。彼らには、本当に申し訳ないと思う。
十分に魔王軍が集まったところで、俺は突然空へ飛び出し、
「『魔力砲』」
「な……ッ!」
先ほどのそれとは比べ物にならない太さの極光が、辺りを覆いつくして、範囲内の命を蒸発させる。地面に残されたのは、一つの村がすっぽり覆い隠せそうなほど大きな穴だけであった。
「後は、ウェルドさんたちに任せよう」
村にやってきた魔王軍は今のでほとんど全てであるはずだ。残党と援軍はウェルドさんたちに任せ、俺はプリムを治療するため、ラプラス王国を目指し、全速力で飛び出した。
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