第3話 少女

 魔導車の窓から外を眺めて過ごしていると、昼頃になって見覚えのある景色が見えてきた。昨日の夕方頃に通った場所だ。記憶が正しければ、前方に薄っすら見える巨大な山を左側から迂回して王都を目指すことになるだろう。諸事情で、俺は己の足であの山を突っ切る羽目になったのだが。


 それはさておき、目の前を左から右へ流れてゆく、だだっ広い平原を見ながら思う――昨日は我ながらよくやったと。


 第一陣――俺と聖騎士・冒険者のうちの精鋭たちは、今丁度通っているこの辺りで馬車を降り、先回りして強力な魔族を討伐。そして第二陣――馬車に残った聖騎士・冒険者たちがその残党を処理しつつ馬車を進める。なんとも単純な作戦だが、結果は人類にとって大いなる前進となった。


 至高の九人に関しては俺に一任するという形になっていたため、俺が潰れると後続が全滅しかねないというプレッシャーに押し潰されそうではあったが、想像していたよりすんなり討伐を進めることができた。それにしても、国王の期待が重すぎて辛い。 

 

 もし仮に作戦通りに事が進んでいた場合、事前情報にあった至高の九人をもう二人討伐しに行き、そこでしっかりと休息をとってから魔王の住処を調査して帰ることになっていた。やってほしいことをあるだけ詰め込んだかのような、やる側としては過酷な労働である。


「あの、バーンロードさん。少しいいですか?」


 一人物思いにふけていると、向かいに座っている冒険者――先ほど俺の体の状態を確認してくれたヒーラーに声をかけられた。そちらへ顔を向けると、何やら俺の方へ視線が集まっているようだった。見ず知らずのパーティーの談笑に入っていける気はしないので、出来れば放っておいて欲しかったのだが。


「何か御用ですか?」


「いえ、用と言うほどではないのですが……せっかくの機会なので、勇者様ともお話したいと思いまして……」


「そうそう、あの勇者と話せる機会なんて中々ないからね〜。色々話を聞いてみたいわけよ」


 ヒーラーの隣にいた冒険者も身を乗り出してきて会話に加わってくる。


「俺も聞きてぇ!」


「僕も聞きたいです」


 すると、周りに座っていた冒険者たちも、次々二人に続いて名乗りをあげた。


「構いませんよ」


「「「うぉぉぉぉ!!」」」


 俺が了承すると、冒険者たちの質問攻めが始まった。いつ頃から修練を始めたのか、どのような修練をすればそこまで強くなれるのか、勇者になるための試験はどんなものだったのか、なぜ聖剣を使わないのか、等々。

 正直なところ、初めは質問を捌くのが大変だなんて思っていたのだが、自分の記憶の片隅にあったものが拾い上げられていく感覚がして、しばらくするとむしろ俺のほうが乗り気になって話をしていた。


 しかし、あらかた『勇者』に対する質問が尽きると、今度は彼女はいないのかだの、好きな人はいないのかだの、『アルフレイ・バーンロード』個人を興味の対象とした質問が始まり、俺は今度こそ嫌気が差した。


「そういえば、勇者様って、勇者をされる以前は冒険者として活動していたんですよね?」


 目の前に座っていたヒーラー――ミリスと名乗った彼女が問いかけてくる。


「俺、知ってるぜ。確か名前は『仲良し会』だったか。俺が昔王都に住んでた時、ガキ共で構成されたバカみてぇな名前のパーティーができたんだ。学園の生徒が、冒険者業をナメてパーティーを作って挫折するってことはよくあったんだが、『仲良し会』は異質でな。ものの数か月でAランクまで上がりやがったんだ。正直耳を疑ったぜ」


 すると、俺の代わりに男冒険者がイキイキしながら語り始めたので、俺は口を噤んでおいた。


「ガイゼル、お前の語りは求めてねーよ」


「ワハハ、すまんすまん」


 いつものことのようで、仲間の一人が男冒険者――ガイゼルを𠮟りつけた。それをガイゼルは笑って受け流し、周りの冒険者たちにどっと笑いが巻き起こる。

 全く気に留めていないガイゼルに、彼を叱った女冒険者が日頃の愚痴を続けざまに吐き出し始めると、ますます場が盛り上がった。いつの間にか俺は置いてけぼりになり、周りは和気あいあいと談笑を続けている。


 そんな光景を見て、俺は懐かしく思うと同時に、彼らが羨ましく感じた。ああやって仲間と笑いあい、代わり映えしないがそこそこ充実した日々を送っていける。それより幸せなことなんてないと思う。日常にありふれた幸せは、失って初めて幸せであったことに気づくことばかりだ。だから、彼らがその幸せに気づいてしまうことがないように、自分たちが王国を守っていかねばならないと思う。

 

 先の戦いで再び考え始めた魔族殺しについては、未だ悪だとも善だとも結論付けることはできない。しかし、彼らの日々がそれによって成り立っているとするならば、俺は今まで通り、魔族やを排除する人生を選んでもいいと思う。きっと、ウェルドさんだってこんなことがあってその人生を選んだのだ。


「……勇者様」


 いつの間にか隣に来ていたミリスが、俺に耳打ちしてきた。彼女はしきりに窓の外を確認して、不安そうに眉を顰めていた。


「どうかされましたか?」


「その、魔導車が山に入っていくみたいで……」


 窓際に身を寄せ、彼女の視線の先を俺も追いかけると、確かに魔導車が山に突入していた。山と自分のいる車両との距離から考えると、行列の半分ほどは、既に山へ入ってしまっている。


「本当だ。確かに、山の中は危険ですね。魔族の住処だってある――かもしれません」


 断言しかけて、俺は慌てて付け足した。行き掛かりにあの山で、魔族の少女をひっそり救い、彼女の住む村へ送り届けていた。そのことが人々の耳へ入れば、俺が反逆罪で牢に幽閉――運が悪ければ打ち首になってしまうかもしれないからだ。それほどまでに、ローレイン王国は魔族との軋轢がある。


「はい、私もあると思います。それに害獣も――運が悪ければ、魔獣にすら遭遇する可能性すらあります」


 ミリスは神妙な顔つきで同意した。魔獣がいる可能性があるかもしれないと彼女は言ったが、経験者である俺にしてみれば、あの山は魔獣だらけと言っていいものだった。獣がいれば、それは八割方魔獣で間違いない。


「俺、ちょっと外に出て、指揮官に話を聞いてきます。ミリスさんはここで待っていてください」


「でも、勇者様。おひとりで大丈夫でしょうか? 山の中は平地や先の城のように動きやすいわけでもありませんし、いくら勇者様でも危険がないとは言えません。それに、先の戦いで受けた呪いについても、まだ何もわかっていないのに……」


「大丈夫です。多少呪いに足を引っ張られたとしても、魔獣相手には遅れをとりませんよ。13歳の頃から相手にしてるやつらですから」


「そう、ですか。では、お待ちしていますね」


 彼女に送り出され、俺は魔導車を降りる。後ろを振り返ると、ミリスは不安そうな瞳で窓からこちらを覗いていた。だから、全力の笑顔で手を振っておいてから、俺は走り出す。姿勢を低くし、砂埃が巻き上がらない程度の速度で走ることにより、周りの魔導車から存在を視認されないようにする。

 そして行列の先頭へ行き、指揮官に事の次第を尋ねる――より前に、俺は昨日の昼間出会った少女が住む、魔族の集落――リアレス村を目指す。


 山へ入ってからは、生い茂った木々に身を隠しつつ、馬車の真上を魔法で飛翔し、記憶を頼りに村を探す。どこでこの道を知ったのかはわからないが、魔導車は意外にも道らしい道を走っており、指揮官が血迷ったなんてことはなさそうだった。飛翔魔法と鬱蒼と魔導車を覆う木々により、速度をあまり気にしなくてもよくなる。そこから俺はさらに加速し、魔導車の行列をぐんぐん抜き去り、村を目指す。


 先頭を追い越してから10分ほどで目標の村を発見したので、俺は速度を急速に落として、村の中で一際大きな屋敷――その玄関前へふわりと着地する。

 それとほぼ同時に、屋敷の中からどたどたと足音が聞こえ、扉が勢いよく開かれる。


「鳥のお兄さんじゃん! どうかしたんですか?」


 中からひょいと顔を覗かせたのは、雪のような白い肌に、かつての仲間の思わせる真っ赤な髪を靡かせ、大きな青い瞳が特徴的な少女。プリムと名乗った彼女は、魔族の特徴であるねじり曲がった角が生えておらず、一目では可愛らしい人間の少女としか思えない容姿である。

 ちなみに、鳥のお兄さんというのは言わずもがな俺のことだ。魔獣に襲われそうになっていた彼女を救出したとき、空を飛んで現れたから鳥のお兄さんらしい。


「いや、今日も散歩ならぬ散飛行をしててな。たまたまこの村の近くを通りそうな人間が乗った魔導車の行列を見つけたから、急いで知らせに来たんだよ」


「あ、それはそれはありがとうございます。すぐにここまでやってきそうですか?」


「いや、だいぶ飛ばしてきたからな。早くてもあと半日はかかると思う。夜は休息をとることも考えると、到着は明日の昼頃じゃないか?」


「なるほど、さすが鳥のお兄さんですね。人間とは思えない飛行力」


 プリムは外へ出てくると、すたすたと歩きだした。俺はどこで待っているべきか迷い、おろおろしていると、彼女は振り返って手招きした。


「お兄さんなんで立ち止まってるんですか。一緒に行きますよ」


「あ、ああ。悪いな」


 呆れた顔でこちらを見つめる彼女の元へ駆け足で追いつき、二人並んで歩く。


「また会えて嬉しいです。あの時は、お礼する前に立ち去ってしまったから」


 腕を後ろで組み、気恥ずかしそうに俯いて歩くプリムに、少しドキリとしてしまう。勇者になってから修練ばかりで女絡みが減ってしまい、こういった雰囲気への耐性を失ってしまったのだろうか。

 この村は過疎と言っていいほど家も人も少ないため、本当に二人きりのような感覚に陥る。


「あ、ああ。別に気にしなくていいよ。それより、今どこに向かってるんだ?」


 そわそわしている自分を見抜かれないため、俺は話題を少し強引に戻す。


「村長の家です。みんなに伝えるならそれが一番早いので。にしても、この山を突っ切ろうとする人間なんて珍しいですね。珍しいというか、私が経験した限りでは初めてです」


「そうなのか?」


「えぇ、なにせこの広さですから。道がちゃんと続いているかもわからないのに、通ろうとするなんて変でしょう? あの道なんて、この村の人か、周辺に住んでる魔族の人しか通らないですよ」


「確かに……」


 あどけない見た目に反して、聡明でしっかりしている。あの屋敷に小さい頃から一人で住んでいるという話も納得がいくものだ。


「着きました」


 プリムは小さな一軒家の前で足を止めると、戸を叩いて中に入り、村長へ事の次第を報告するのだった。

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