第1話「"順天の中立教区"マカロ・ニアラ、『メイド館』の籠城戦」

 1 巨岩の街道、美少女教の巡礼行者たち




 奇怪な形をした巨岩が点々と並んでいる。


 それらを指して、あれは"美少女の横顔"だとか、"ベールをまとったシスター"なんスよとか、まるで雲を指さし空想する子どものようなことを語る声。


 そんな真偽のほども定かでない解説は、馬車の御者台の方から聞こえる。そちらに背を向ける格好で荷台の後ろに座っているテオドアがその"岩"を目にする頃には、また別の岩の話に移っていた。そのためどれがそうなのかテオドアにはよく分からなかったのだが、なんにしても、


「すごいっスよねー、まさに人面岩」


「……俺にはどれも、同じに見えるが」


 どれもこれも、ただデカいだけの岩だ。それがどのように見えようと別になんでも良かったのだが、退屈な風景が続く中、目的地までまだ距離がある。雇い主の気がまぎれるのであれば、雑談に付き合うくらいはいいだろう。どうせ、ヒマなのだ。


「見てくださいよ、これぞ絶景、自然の神秘、まさしく神の芸術作品。いやぁ、こんなクソデカい大岩、いったいどこから来たんでしょうねぇ」


「降ってきたんじゃないのか」


 上から、と視線を上げる。どこまでも晴れ渡る、青い空。巨大な岩塊が視界の隅に映る。考えなしに口にしてみたが、思えば不思議な話、どこから降ってきたのだろう、こんな巨大な岩が、いくつも。

 まあ別に、どこからだろうとどうでもいいが。

 岩は岩だ。雲の形と違って移り変わるものではないが、岩以外の何かに見えることはないし、見えたところでなんだというのか。


「あんた……その見た目の割に、ほんっと……信仰心の欠片もないんスね」


商人金の亡者に言われたくないが」


 今も、振り返れば荷台に積まれた金属の塊がある。少女の顔が彫られた、盾だ。美術品というよりも、兵器。戦争の道具といっても差し支えない代物である。


「商人でも信心くらいはあるっスよ。というか、それとこれとはまた別の話っス。これはロマンの話でしょう。誰が手を加えた訳でもなく、まるで美少女の横顔に見える、巨大な岩。そこにロマンを感じる訳っすよ」


「そう思うから、そう見えるだけなんじゃないのか」


 思ってみたところで、どれがその岩なのかいまいちピンとこないのだが。


「芸術っていうのはそういうものっスよ。そう思うからそう見えるものなんス。そう見える心が大事な訳で」


「……なるほど。よく分からんが、要するに『裸の王様』みたいな理屈か」


「要らん寓話だけは知ってんスね……」


「? ……あぁ、あれは悪徳商人の話だったな」


「いちいち嫌味な人だなぁ……! ……まったく。まあ話してて飽きないのはいいことっスよ。しかし、あんたそれで、何が楽しくて生きてるんスか?」


「…………、そっちは、何が楽しくて生きてるんだ?」


「そりゃあ……、金を稼いで、それで美味いものを食って――」


「俺もだいたいそんな感じだ。稼ぐためにこうしているし、生きるために食ってる」


「あー……。まあ、そっスねぇ……。でも、あーしはこうして、旅の道中でいろいろ見て、こういう訳の分からん風景に想いを馳せたりして、仕事とはいえ、何かと楽しんでるんスけどねぇ。ほぼほぼ経費で観光旅行、まさに贅沢」


 結局何が言いたいんだ、と思ったが、口にはしないでおく。


 見渡す限り岩しかない、面白味のない平原であることに変わりはないが――それまで空と一体化した単なる背景であったそれらが、今はテオドアの視界の中で大きな存在感を持ってそこにある。


「この一帯は『美少女の玩具箱』とか『美少女の遊び場』と言われてましてねぇ……昔は採石場、石切り場としてつかわれて、石材の名産地だったんスけど、教会に聖地認定されちゃったもんでねぇ……」


「…………」


 そうか、あの巨岩も商品だったのだな。あれらが加工され建材になれば、いったいどれだけの建物が出来ることだろう。そう換算すると、確かにあれはただの岩ではない。大きな損失に見えるのだった。


「ん?」


 緩やかな傾斜を上り終えたところで、不意に馬車が止まった。


「どうした」


「いや、なんかゴタついてるみたいっスねぇ」


 テオドアは脇に置いてあった鞘を手に取り、荷台から腰を上げる。馬車の前に移動すると、十数m先に黒い集団が見えた。


 黒衣を身にまとった、大小さまざまなシルエット――修道服。シスターか。身の丈2mを超える巨人種アーリアンやその半分もない小人種アイシッドなど、実に様々な人種がいるようだ。


 その集団の行く手を遮るように、馬に乗った男たちの姿がある。長銃や剣を手にして、明らかに堅気でない雰囲気を醸している。

 検問サツか、群盗ゾクか。街からはまだ距離があるから、検問の線は薄い。恐らくは後者だが、どちらにしても道を塞ぐなら邪魔なだけだ。


「どうしますかね? 街道から外れて迂回するって手も……」


「いや、雑魚だろう。片付けてくる」


「雑魚って、それなりに数が……、あっ、ちょっと!」


 商人の声に振り返ることなく、テオドアはすたすたとシスターの集団の方へと歩を進める。

 近付くと、見上げるほどの背丈がある巨人種の存在感が際立っていた。遠くにある巨岩より、こちらの方がよっぽどテオドアには"巨大"に感じたが、どうやら女性のようだし、武装もしていない。軽く押しのけ、集団のあいだに分け入って、その先頭に出る。


「なァ、あんたらみたいなのにはちょうど良いだろう? 安くしとくぜ――」


 集団の先頭には、帯剣した髭面の男と、リーダーらしき瞑目した女性が向かい合っていた。


「お? お前がこいつらのリーダーか?」


 シスターの集団から現れた、美貌の持ち主。腰まである長い金髪に、整った顔立ち。シスターの修道着とコントラストを成すような白い長衣姿。見ようによっては確かに、この集団の長に相応しい。


「いや、無関係だが」


 言いながら、テオドアは左手に握った鞘に、右手を伸ばした。


「良い女じゃァねえか! なんだったら、この女と交換で……――ひぃっ!?」


「ん――」


 テオドアの剣は空を切った。


「こ、こ、こいつ……っ!?」


「喉笛を掻っ切るつもりだったんだが。……反射か?」


 ごく自然に何気なく近づいてきた金髪の青年の一閃は、かろうじて髭面の男の喉をかすめていた。喉仏を剣先が過ぎる感覚に、男は戦慄する。気付けば彼は、その場で腰を抜かしていた。


「なんにしても、


 言いながら、テオドアは右手で剣を振り上げる。首を落とすには位置が悪い、袈裟に切り裂くとしよう――


「こいつっ、正気じゃない……!?」


 男と目が合った。


「いたって平静だが?」


 恐ろしく無感情に剣を振り下ろそうとした時、テオドアの左肩を衝撃が襲った。軽く小突かれたような感覚。目をやると、近くにいた馬上の男が銃をこちらに向けている。硝煙が上がっていたが、その男は自分の行動がまるで信じられないとばかりに驚愕の表情を浮かべていた。


……"聖騎士"だ!」


「そんな大層なものじゃないが」


 我に返ったように、馬上の男たちがさらに数発、弾丸を放つ。それらはテオドアの身体に命中こそするが、傷を与えることは出来ない。


 ――完聖かんせいされた美しさの前に、鉄学てつがくは及ばない。


 美しさとは、そのもの生物的強さに匹敵するのである。


「さて――」


 彼らの長銃は一発ごとに弾を込めなおす必要があり、再装填リロードに手間がかかるものだ。どうやら反射的に発砲したようで、すぐには弾を込めなおす動作モーションに移らない。

 脅威にはならないが、わずらわしい。先に始末すべきか。

 テオドアがそちらに目を向けてようやく、男たちは我に返ったように腰のホルダーから弾丸を取り出そうとするが、


「ひっ、退くぞ……! この野郎、目が普通じゃない……! 狂ってやがる!」


「それは違うだろう、ひとを撃っておいて。失礼なヤツだ」


 足元の髭面の男が怒鳴り、地を掻くようにしながら近くの馬に這いよった。その背は、少し踏み込めば切り裂ける絶好の位置にあったが、テオドアは思いとどまった。男たちが逃げるに任せる。消えるというなら、わざわざ殲滅する手間も省けるという訳だ。


「ん」


 ふと、気付く。男たちの去っていく騒音など既に意識になく、テオドアは身をかがめ、足元に落ちていたものに手を伸ばした。先の髭面の男の落とし物ドロップアイテムだ。


 それはカードのようなものだった。二枚ある。名刺だろうか、人名らしきものが刻印されている。


「まあ、もらっておくか」


 先ほど、髭面の男がシスターらに「売りつけようとしていた物」だろう。遠慮なく、頂いておくことにする。


「旅の方でしょうか」


 と、望外の拾い物に満足していたテオドアに、声がかかった。


 振り返り、彼はここにきて初めて、そのシスター集団を正面から確認する。


 大小さまざまな人種がいることは分かっていたが、その多様性は予想以上だった。


 白い肌の者もいれば、褐色の肌のものも、黄色系のものもいる。金髪もいれば、黒髪も、長く伸ばしているものもいれば、短く切り揃えたものもいる――


「珍しい組み合わせだな」


「ええ、ここはそういう道ですので」


 瞑目のまま、その黒髪の女性は微笑んだ。


「? ……まあ、街までもうすぐだ。俺たちもついていこう」


「ありがとうございます、おやさしい方」


 単なる気まぐれで、他意はなかった。どうせ同じ道を行くのだから。




 追いついてきた馬車と共に街道を進み、シスターたちとは街の入口で別れた。

 その際、


「何か、わたくしどもにお返しできることはありますでしょうか」


「いや――……いや、そうだな。"リムベル・プロテアゼ"を知っているか」


「ええ、それはもちろん――有名な方ですから。ただ、居場所を知っているかという問いでしたら、お力にはなれません。残念ながら」


「そうか。別に構わない」


「代わりにといってはなんですが……少しではありますが、お受け取りください。わたくしどもの感謝の印です。大したものではありませんが」


「……これは、塩引えんいんか?」


 塩との引き換えが出来る紙幣である。


「はい。わたくしどもは"婦女子"ですので。少量の塩さえあれば生きていけます」


「? まあ、もらえるものはもらっておこう」


 シスターの言うことはいまいち理解できなかったが、詳しく訊ねる必要も感じなかった。


「では、あなたに良いご縁がありますように」


 シスターたちは街の中へ、人込みの中へと去っていった。


「いやぁ、さすが"聖騎士"さまは徳がお高くいらっしゃるっスねぇ」


「あの連中シスターはなんだったんだ?」


 街中へと入っていく馬車の横を歩きながら、なんとなしに訊ねる。


「何って、あんた。そりゃあ、聖地巡礼でしょう。ここは"美少女教"の聖地なんですよ? シスターの一人や一個中隊くらい居ますって」


「そういうものか」


「それに、ほら、そろそろ教会の"総会議"も近いっスからねぇ。その関係者かもしれないっスよ」


「?」


「はあ……。そんなナリして、ほんっと不信心なんスから」


「信心に知識の量は関係ないだろう。しかし、やたらと詳しいな。銀を崇拝する商人の割に」


「あんたも大概でしょうよ。はあ……そりゃね、気にもなりますよ。なんたって、"総会議"の次第によっちゃ、これまで見向きもされなかった品が値打ち物に化けるんだもの。その逆もあると来たら、そりゃ全商人の注目の的っスよ」


「そういうものか」


「はあ……。――それで? あんたさんはどうします? あーしはその"総会議"の速報も知りたいんで、しばらくこの街に滞在するつもりっスけど。なんなら、商工会ギルドの宿舎に……」


「そうだな――」


「そういえば、さっき受け取ってたヤツっすけど――」


 特に目的もなかったが――


「少し、観光でもしていくかな」


「へえ? とりあえずじゃあ、残りの報酬は約束通りに。――また、縁があったらよろしくどうぞー」


「ああ」


 かくして、美貌の傭兵テオドアは"順天の中立教区"マカロ・ニアラを訪れたのである。



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