アルテ・レ・コンキスタ ~旅する絵描きのキャンバスから~

人生

プロローグ-before-「象牙の島/カスティアーラ古戦場跡」

『戦争』/L.戦場の魔法使い




 戦火の気配が迫っている。それも、着実に。


 遠からず、この島にもその手は伸びる。


「分かるでしょう、議長。この島も無関係ではいられない。

 大陸を手中に収めんとする今、その支配欲を満たした帝国が次に欲するのは、芸術。贅の限りを尽くそうとすれば、自ずとそうなるのは歴史が証明している」


 ――10年前、『象牙の島』にて。


 島を預かる壮年の男に対し、一人の若者が静かに、しかし力強く訴えていた。


「……今の我々は、帝国に対してあまりにも無力です。食糧品などの物資を外部との交易に頼っている我々は、補給を絶たれればおしまいです。いや、それ以前の問題だ」


「…………」


「……貴方なら、分かるでしょう。島でつくられる作品を外部との交易に用い、それまで閉じられていたこの島に新たな活気を生み出した、貴方なら」


「行動が、変化が必要なのは頷ける。しかし、生き残るためとはいえ――」


「分かっています。国に奉仕する芸術……そうした形式ばった宮廷芸術を嫌い、大陸を離れた者たちがこの島を興した。芸術家による、芸術家のための楽園。それがこの島の起源である以上、今ここに集う者たちも同様でしょう」


「……まあ、新たな刺激にはなりえるだろうが。流行とは、そういうものだ。しかし、そうさな、独立を訴えた先達たちの顔に泥を塗ることになる」


「しかし、誰かが泥を被らねばならない。そしてそれは、我々であるべきです。議長……義父殿」


「……私に、何をしろと」


「たった一言。いつものように、ただ提示していただければ」


 ――『象牙の島』には月の初めに、島に住まう芸術家たちに"今月のテーマ"が出される。芸術家たちはそのお題に応えるかたちで、作品を制作する――


「『戦争』、と」


 それから、数年。大陸を支配せんとしていた帝国は、大陸南端に位置する孤島からもたらされた"作品"によって蹂躙された。




   ◆




 四角に切り取られた戦場の中、人型の器械たちがぶつかり合っている。


 ――自動人形オートマタ。木あるいは石から彫り出され組み立てられた、動く彫像。

 少女を模しつつ、さながら盤上遊戯の駒のように変形デフォルメされた人型の集団。


「目当ては、こいつらじゃなかったのか」


量産品大人のおもちゃなんかに興味はないよ。見たかったのは、この戦場跡」


 かつて本物にんげんの兵士たちが実際に戦い血を流し骸を晒していた戦場跡で、そうした玩具のような兵隊たちが鎬を削っている。

 戦場の端と端で軍隊を指揮しているのは、人間の指揮官たちだが、彼らが傷を負い屍になるようなことはない。


「ここでは昔、大きな戦いがあった」


「『古戦場跡』なんだから、そうだろう。言われなくても分かる」


「……あのね? ……まあいいや」


 それがなんのために行われているのかは分からない。本物の戦争かもしれないし、貴族同士の小競り合いけんかかもしれないし、大がかりな盤上遊戯ゲームなのかもしれない。

 いずれにしても、その戦闘によってそのための道具が損耗する事実は変わりなく、その勝敗によって誰かが何かを失うことに変わりない。その点、いくらかたちが変わっても、本質的な意味では"戦争"ではあるのだろう。


 しかし――


 近くに街があるためか、戦場の周囲には見物客の姿がちらほらとある。目当ては指揮者の華麗なる部隊運用か、小綺麗につくられた自動人形か。なんにせよ、今や戦争とは、そうした見世物エンターテイメントの一種と化している。


 そして、ここにも。


 平原にちらほらとかつての遺構が残るカスティアーラ古戦場跡、その全景を見下ろせる小高い丘の上に、二人。


 一人は陽射しを浴びきらめく金髪をかきあげる、美女――のように見える、青年と、


 キャンバスを前にペンを執る、一人の少女魔法使い


 まるでこの戦闘を指揮しているかのように、彼女の動きに合わせて戦況が動く。

 その手によって描かれるのは、眼下で繰り広げられる戦闘の映し。量産品には興味ないと言いつつ、その四角に切り取られた戦場スケッチにはしっかりと人形の姿が描き込まれている。


「量産品、か」


 青年――セオドアは腰に下げた鞘から、剣を抜く。それをなんとなしに、陽射しにかざす。

 この剣も、量産品だ。適当に選んだ、商売道具。自衛の手段。それ以上でもそれ以下でもない。


 刀身についた傷のような刻印から、軽く隣に目を移す。


 少女の描くスケッチもそうだ。現実に起きている光景の、その模倣に過ぎない――


「……ヘタくそ」


「あ? 貴様、今の見た目ビジュアルはじゅうぶん絵になってたクセに、美的センスの欠片もないな……! 風景を模写するだけなら誰でもできる、私が描こうとしているのは――……びゃっ!?」


 無視していると、カエルが潰されたかのような奇声が上がった。


 見れば、少女の眼前に金属が突き出している。矢だ。キャンバスから矢が生えているのだ。……と思えば、さらに一本、キャンバスに矢が突き刺さった。


 地上から放たれているのだ。


「射ってきたな――」


 セオドアは前に出て、都合よく手にしていた剣で第三矢を切り払った。地上からそれなりに距離があるから、矢の速度も目で追える程度。しかしこのままでは恰好の的だ。


「おい、さっさと片付けろ。逃げるぞ」


 どうして攻撃されているのかは知らないが、とりあえず撤退すべきだとセオドアは判断。そのための時間を稼ごうとしたのだが、


「量産品風情が、おのれ……今まさにここで世界に一つだけの芸術が――……燃やす」


「……おい」


 少女は怒っていた。その怒りが空気を熱し、さながら湯気でも上がっているかのように彼女の周囲の空気が歪んでいた。色の薄い青色の髪が、風もないのになびきはじめる。


 右手は器用にもペンを挟んだまま、親指と人差し指を伸ばしてLの字をつくり、同じようにした左手と合わせて、指のあいだに出来た長方形の空間に、眼下の戦場を収めるフォーカス


 照準固定セット拡大フレームアップ――そして、虚空にペンを振るう。


 その青い瞳に映るのは、燃え盛る戦場。


業火絢爛ファイアワークス


 現実の戦場を舞台キャンバスに、鮮烈な赤をぶちまける。


「ふはははははは……! 量産品なんて虚無ヴァニタスにくれてやる! 真なる芸術の炎にくべてやるわ……! 燃えろ燃えろ! はははははは!!」



「きゃああああああ!?」


「急に爆発が!」


「あ、あれを見ろ! あのシルエットは、まさか……! DV野郎だ……!」


「ま、まさか『破壊の魔女とその手下たちデストラクション・ヴァニッシャー』!?」


「あ、あの……!? 自由と平等などクソ喰らえとばかりに『自由の美少女めがみ』を破壊した……!?」


「『荒野の神殿』とその都市を瓦礫の山に変えたという……!? に、逃げろ、爆殺ころされる……!」


「いや、捕まえれば金になる! あいつらは賞金首テロリストだ!」


「そうだ、あいつらは芸術の敵……! 捕らえろ! 捕まえたヤツには金を出す!」



 …………。


「おい、逃げるぞ」


「あ、あぁ、そうだな……。いや待て! 何か飛んで……!?」


 地上から、今度は矢以外のものが飛んできた。


 人形である。大きな盾を持ち、それを以て地上から突貫してきたのだ。


「投石器を使って飛ばしてきたみたいだ。とっさにしては良く考える」


 言いながら、セオドアは剣を振るった。叩き落とすつもりだったが、剣が盾に食い込んだ。そのまま地上まで道連れにされそうだったため、仕方なく柄から手を放す。


「回収してくるか」


「量産品など虚無ヴァニタスにくれてやれ! 新しいのを買えばいいだろう!? そこが量産品のいいところだ! 今はそんなことより、とにもかくにも逃げるぞ……!」


「経費で落とせるんだろうな」


 セオドアは矢の突き刺さったキャンバスを盾代わりに、人形と共に落ちていった剣を一瞥する。


「あぁ分かったから……! これだから貧乏性は! そうだ、次は鍛冶師で有名な街に行こう! この私がお前に最高の装備を見繕ってやる!」


「要らん。どうせ華美な装飾品だろう」


「お前はいつから自然主義者ナチュラリストになった!」


「実用性の問題だ」


 かくして、二人は逃亡する。新たな悪評を後にして。



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