頼りない創造主たち
「……おい富士ィ! なんだこのシナリオ!」
「んー? なんすかセンパイ、なんか文句あるんすか?」
「いや、まずどっからツッコんだらいいか質問をさせてくれ!」
広島市の中心部の高校、魁星学園の部室棟。その一室で俺たちは声をぶつけあうような言い合いをしていた。
この高校の二階からは、遠くに広島港と島々が見える。多島美と呼ばれる瀬戸内海の島の秀麗さも俺たちには見慣れたもの。その美しさに目を奪われることもなくただ意見を押し付け合うだけだ。
大量の本と無造作に置かれたパソコンが、この部屋の主たちの不真面目さを表しているようだった。
「今頃の流行りを取り入れた良シナリオじゃないっすか。パッと書いたやつっすからちゃんと最初に注意書きしたっすよ?」
「ああ、だから誤字多いのな。……ってそれどころの問題じゃねえ。すでに冒頭からヒロインの名前間違えてるし」
持った紙束に書いてある文字列により頭痛を感じている俺はその原因、富士蓮水に不満を漏らした。
ここはゲーム研究会。現在部員は二人――すなわち二年の俺「大山海太」と一年の「富士蓮水」だけで構成される、弱小部活だ。
この学校では部活を存続させるために一年に一度、ある程度の実績を提出しなければならない。ということで俺たちは二人だけでゲームを作ることになり、富士がシナリオ担当になったのだが――
「設定と主要人物は悪くない。感情移入できるし、なろうとかカクヨムで読まれそうな設定だし……二人の恋愛描写とかは正直まあまあ面白い。なのにこれから書くであろうシナリオがしっちゃかめっちゃかなんだよ!!」
ゲームの中の世界だと分かった少年が、少女の未来を守るために、魔王を倒しに行く。そこにまつわる陰謀や思い。そこに関して文句はない。
だがしかし、ツッコミどころが多すぎるのだ。
俺は頭を掻いてから前にもらっていたプロットに改善点を添削した物を渡す。
「このプロット、『この物語について』の時点でお察しだったが……。タイトルも『思いだした』じゃなくて『思い出した』にしとけ。あと女の子がシチューになるのかと空目したわ。そこまでやってボツだ。そっからやり直し」
肝心の内容はこれから決めるの一文という、プロットというか怪文書だったが。
こいつ、よくこれでコミカライズ1000万部発行されると思ったな。てかなんだよ「ドヤ!」って。ちょっとかわいいなとか思っちゃったじゃん。
「ああ、シチューでいいんすよ。魔王の野菜炒めと一緒に食べる予定っすから」
「お前ん家の今日の夕食みたいに言うな、怖いわ! どこのゲームでヒロインを食べる主人公がおるか!!」
「えっちなゲームとかそれが目的じゃないっすか? 先輩やってるからわかるっすよね?」
「やっ……とらんし、意味が違う!」
「はーい、そういうことにしとくっす~」
優しい目をしてこちらを見る富士から目を外す。話を逸らすために言ったと分かっていてもバツが悪い。
してないったらしてないからな。……完全クリアは。
まああれは、社会経験だから。まかないしかもらえないバイトみたいなもん。もう労働の義務だよ。
あとは、えっと、ええっと……うん、シチューはうまいよね。
さて。
自分の中で結論を出してから、改めて紙束に書いてある物を見つめる。
どうにかしてこの夏休み消滅魔法の詠唱文……すなわち怒涛の超展開シナリオを同人ゲームに変換可能にせねば。
「ううむ……」
読み返してみれば、多少アラが目立つ。
恋愛部分はとてもうまく描けているが、それ以外の序盤などは雑な表現が多く見受けられる。言葉が思いつかなかったのだろうが、美しさを表すのに「とてもキレイだ」はないだろう。
まあここら辺はゲームには関係ないところ、実際に表示することになってもすぐに変えられる部分だ。
他にも、謁見の間に居たはずなのに急にタイカの部屋にいたりする。一見した時はみんなの前で裏切り者がいるって言ったのかと思った。
まあやりたいことは分かったから、ここもいいだろう。それを反映させるのは俺の仕事だからな。分かればいい。
とはいえ、そうだとしても改善しないといけないことは多い。
「最後の箇条書きの所が、明らかに問題だ」
「だから書きかけって言ってるっすよ。『何が起きるんだろう』って思わせる良展開じゃないっすか?」
「この超展開には放り投げという名前がつけられている。なんだよ魔王キャベツって。お前思いついた時絶対この〇ば見てたろ。ネタをパクるな」
俺も帰ったらこのす〇一期から一気見するけどな。
言いたいことはまだある。俺は口を開いた。
「それに名前が適当すぎる」
「世界観にあったヨーロッパっぽい名前にしてるじゃないすか」
「ラルシュ以外の四人の候補が聞いたことある名前なんだよ。フェリペって名前見たとき腰抜かしたわ。ボツな」
まさか富士の脳のネームバリエーションにスペイン帝国皇帝がいるとは思ってなかった。さらにフリードリヒとカールとルイ。世界史好きには激アツ展開じゃん。
あ、まさか「私の心は太陽のように沈まない」って、「太陽の沈まない国からか……なるほど、ボツだ。
俺はため息をつきながら最後に富士が勘違いしているだろうことを教えておく。
「あと富士、そもそもシナリオは小説風に書かなくていいんだぞ……」
「え、そうなんすか?」
「そうだ。こんなうまくタイカの心情を書いてもらっておいて悪いが、こんな恋愛描写はどうあっても俺らのゲームでは表せられないから……」
「そんなー」
俺の言葉を聞いて意気消沈する富士。ああ、恋愛パートだけ本当に誤字脱字すらなかったからもったいないの一言だよ。
「ま、まあ。最低限の読者には読ませられたんでいいっすけど」
「なんで俺に恋愛描写読ませたらそれでオッケーなんだよ」
よくわからないことを言って自分を納得させようとしている富士にため息をつく。
このままいけば夏休みはずっとこいつと一緒にゲームつくりすることになりそうだ。
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